第37話 流れ人

新都市ローグは日進月歩の勢いで大きくなっている。

街が大きくなるにつれて問題も浮上してくる。人口が多くなるにつれて犯罪件数も増加してくるのだ。これは犯罪率が同じ場合、人が増えれば件数も比例して増えるので、ある程度は仕方ないのだ。


リュウは犯罪率自体を減らしたかった。魔物との戦いを前にして人間同士で揉め事を起こしている場合ではないのだ。


人間が生活する上でどうしても起こる犯罪の元となるのが、性欲や飢えなど貧困からくるものだ。


新都市では住民のフラストレーションを解放するために歓楽街も国としてルールを取り決め、認めることとした。 風俗は届け出管理を厳密に行い、定期的な健康診断の受診報告や接客の際は必ず避妊具の装着を義務付けさせた。

避妊具はこの国では存在しなかったが、リュウがゴムを薄く伸ばしたものを成形して試作を繰り返して完成させたのだ。

ゴムの木は天然のものがあったのでこれを栽培してゴムラテックスの樹液を抽出した後に成分合成を行い成形をしたのだ。

リュウはまさかこんな物までこちらの世界で作る羽目になるとは思わなかった。 

この避妊具は『モノローグ』ブランドとして販売されたのだが、娼館だけでなく、一般家庭にも浸透し、装着されるようになってきた。 リュウは薬局の前に置いてあった自動販売機の”明るい家族計画”というキャッチを思い出した。


避妊だけでなく、女性に対して客や従業員からの暴力も厳しく取り締まり、媚薬なども国の認可品以外は使用を禁じた。


従来の娼館といえば、薄暗くて不衛生なイメージだったが、新都市ではサロンと名称を変え、国の認証を得た店では明るく清潔なイメージを保つ様にしている。 その甲斐あってか利用客もガラの悪い男ばかりでなく一般市民も気軽に通える様になり、 性的サービスのない会話がメインのサロンも出て来るようになった。これはリュウのいた世界のキャバクラと同じような物だ。


リュウは娼婦達の環境改善の立役者として、この一帯でもかなりの人気だった。 様子を見るために顔を覗かせると、そこらじゅうから娼婦がやってきて揉みくちゃにされるのだ。


そんな経緯もあり、リュウがこの地域に来る際は、隠蔽の指輪で別人の普通にどこにでもいる男性に扮している。


通りでは無理な引き込みや勧誘、不当な料金請求は厳しく罰せられるため、問題なく歩くことができる。


この日、リュウはある女性を探していた。

その女性とは、数日前にくのいち隊”紅”の隊長であるユリンのもとに副官のアカネという女性が訪問しに来た時のことだ。


アカネという名前は恐らく日本の名前に違いないと思い、リュウはアカネにその事を尋ねると、どうやら彼女の母親が流れ人だったらしい。

次の日にアカネの家にいる母親のところをリュウは訪ねた。

母親の名前は”サツキ”といい、やはり流れ人だった。 世界を確認したところ、リュウの居た”レイム”とは別のパラレルワールドで”キセア”だった。 このキセアにはリュウは軍の任務で何度か行ったことがあるのだが、彼女の居た時代はどうやら並行世界が通じる50年くらい前、つまりリュウの居た時代の80年前から来た様だ。

今のキセアの状況をリュウから聞くとサツキは非常に懐かしそうにしていた。


サツキの話によると、自分と同じ様に日本の名前の女性がいるとの事で、その情報を頼りにリュウは風俗街に足を踏み入れていたのだ。

その女性の名前は”ヤヨイ”という結構人気のある娼婦のようだ。


ヤヨイは一帯の中で一番高い高級サロンにいることがわかった。

一回の料金で通常の市民の給料で換算すると二か月分とかだ。高級サロンらしく、入館時に厳重なセキュリティチェックと所持金の確認と料金の半分の前払いを言われた。 もちろん、リュウなら顔パスどころかタダでいいと言われただろうが、そういう訳にもいかないのでお忍びの変装で来て正解だった。


待合室で待つ事30分。礼儀正しく教育された店員に案内され、リュウはヤヨイの部屋へと案内された。

ヤヨイは年齢は20代前半、透き通る様な色白な肌と、頭にまとめて結っている黒髪が特徴の痩身の日本美人だった。


『お客さん、初会でありんす。 ヤヨイと申しんす。宜しくお願い致しんす』


リュウはヤヨイの話す言葉に面を喰らった。

日本語なのだが、方言ではないだろうニュアンスが特徴的だった。公家言葉に似た・・・・思い出した、花魁言葉だ。


『はじめまして。今日はあなたにお話しをしに来ました。この顔だと信じてもらえないでしょうから素顔をお見せします』


そう言うとリュウは指輪を外し、素顔をヤヨイに見せた。


『これは驚きんした。 若様ではないでありんすか。

どうしてこなところへ来られたでありんすかぇ?』


『ヤヨイさん、そろそろ普通の口調に変えてもらえませんか?調子が狂う』


『あら、普通にしゃべれるとわかったのね?流石若様といったところね。でも、今日はお話だけ?私にはいい思いさせてもらえないのかしら?』


『ある方からヤヨイさんの事を聞きましました。5年程前にこの世界に来たそうですね。5年間言葉では苦労されたでしょう。いつまでも来た時のままの話し方であるはずがないですからね』


『そうだったのね。私の事知ってる人がいるなんて。でも、異国情緒っぽいってことで花魁言葉がいいっていうお客さんも多いのよ?だから初見の場合はそうさせてもらってるの』



『実は俺も他の世界から飛ばされてきたんです。それで情報を集めるために流れ人を探して話を聞いているんです。ヤヨイさんはどの世界のどの時代から来たのか教えて下さい』


リュウはヤヨイからいろんな情報を得た。

まず、名前は弥生らしい、吉原の花魁で時代は安政との事。

老中の井伊 直弼が大老に就任した直後に飛ばされたということなので、安政5年(1858年)の4月か5月で間違いないだろう。安政の大獄が起こる直前だ。


リュウの居たレイムでは徳川幕府は鎖国をしておらず、幕末の騒動も起こっていなかったのだが、軍の任務で他の並行世界に行く場合のために、11の世界の歴史は頭に叩き込んであった。


その記憶の中で鎖国をして幕末に尊王派と尊王攘夷派とで黒船襲来後に争いを起こす歴史は3つの世界であった。

恐らく弥生はこの3つの世界のどれかだろう。


それにしても5年前に1858年からやって来たというのが時間軸の概念を全く無視している。 サツキさんの件もそうだ。

弥生よりも前に来ているサツキさんの方が元の世界では新しいのだ。


やはり白翁仙人の言う様に、この世界は時の狭間の世界で時間軸も並行世界と全く別の要素で繋がっているのだろう。

逆に考えれば、その概念さえつかめれば並行世界の狙った時代へ接続して帰還することも可能と思われる。


『・・・・若様!聞いてますか?もう、一人で考え込んで! こんな美人を前に放置してるなんて信じられないわ』


弥生の呼びかけに深く考え込んで返事すら返さないリュウに弥生はご立腹だった。


『ごめんごめん。向うの世界とこの世界を繋げることが可能な気がして考え込んでいたんだ』


『私はもうあの世界に戻る気はありませんよ。あれは見かけは華やかでしたが、決して人間扱いされない酷い世界でした。 

この世界の人は皆親切で感謝してるんです。それに若様がもっと住みやすくしてくれましたし文句を言うと罰が当たるというもんです』


『まだ戻れるってわかったわけではないし、戻るかどうかも本人次第だから、弥生はここで暮らすのがいいんじゃないか。でも、元が花魁でこちらでも娼婦をしなくてもいいんじゃないかとは思うけど』


『私は生まれてこのかた体を売ることしかしてません。読み書きも最近ようやく出来る様になった程度です。この先いつまでもという訳にはいきませんが、もうしばらくは続けて将来については改めて考えてみたいと思っています』


『やっぱり人それぞれだな。わかった。これも何かの縁だ。この商売辞めてなにかしたい事あったら俺に相談するといい』


『若様は頼もしいお人ですね。 でも、私をこのまま話だけで何もしないで終らすつもりではないですよね? 私も若様の質問に応えたのですから、今度は私に若様が応えてもらいますよ』


どうやら弥生はこのまま帰す気がないらしい。

クリスに今日ここへ来ることを伝えてあるし、そうなっても問題ないと了解はもらっているのだが、リュウはやはりクリスを裏切りたくないという気持ちが強かったのでいろいろと理由をつけてその場を退散した。


その代わりという訳ではないが、リュウの後押しもあり、弥生は高級サロンのオーナーとなることができた。それと同時に歓楽街の顔利きとして組合を設立し、情報統制や治安維持に努めるのであった。

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