第32話 グルメ食堂

新市街の建設も順調だった。リュウの屋敷の周りにも少しずつ建物が増えていった。

職人達の工房もほぼ新区画に移転が完了している。

新しい区画では大きな荷物が搬入しやすい様に大通りに面した場所に配置した。


リュウは着手しかけてそのままにしておいた食の改革もこの機会に進めることにした。


見込みのあるパン職人を見つけたので、彼女を改革の中心にしたいと思っている。

彼女の優れたところはパンのみでなく、それと付け合わせる料理も考えて店で売っていたことだ。 味も大味でなく、自分なりにアレンジしていたのだ。

たまたま入った店でパンと一緒に出てきたシチューを食べてリュウは驚いた。

これが作れるならとスカウトしたのだ。


実験工房はパン屋やカフェが並ぶ一角だ。工房で作った料理を店頭に並べて反応を確かめるというものだ。


リュウが最初に着手したのはスープのブイヨンだった。ブイヨンを元にスープを作れば簡単にコクのあるスープができる。 ブイヨンの次はブイヤベース、その次はデミグラスソースと少しずつレベルアップしていった。


店の方では煮込みハンバーグを販売した。これが大ヒットして今では行列が出来る程だ。

しかもこの料理の作り方はちゃんと特許申請してある。

是非作らせて欲しいという店が後を絶たず、技術ライセンス料も毎月かなり入ってくる様になった。


次は大味な肉類をなんとかしたかった。まずはソース作りだ。 野菜を熟成発酵させてソースとし、それに擦りおろした玉ねぎを入れた。 この玉ねぎソースをステーキにかけて食べたところ、今までの大味なステーキがお替わりしたい程のステーキになっていた。

このソースは大量生産して瓶詰めし、店頭販売の他、流通に乗せて全国販売を始めた。

噂が噂を呼び、問い合わせが殺到している。


『伯爵様、伯爵様の言われた通りに作ったハンバーグやソースが飛ぶように売れています。ほんとうに凄いです』


工房での流れ作業を見ながら元パン職人のパトリシアが話しかけてきた。


『いやいや、パティの努力のお蔭だよ。俺はヒントを言ったまでだからね。でも、この程度じゃまだ満足できないよ。もっと凄いのを考えているから』


パトリシアは次に何が出てくるのかワクワクしている。パトリシアは年齢は20歳だが、見た目はかなり幼く見えるので15歳くらいにしか見えない。背が145センチくらいなので余計にそう見えるのかも知れない。髪の毛を両側三つ編みのおさげにしているというのもある。


リュウは最近女性に囲まれて大変な目に遭う事が多いので、あまり異性を感じない妹の様な存在のパティと料理の話をしていると安心できるのだ。

今日も女難から回避すべくここへ逃げてきたのだ。


『次に作るのはこの国の代表料理になると思うよ』


『わあ~っ、ほんと楽しみですぅ。早く教えてくださいよ~』


パトリシアに急かされてリュウが作りだしたのはインド人もビックリのアレだ。

リュウの居た世界では国民食と言っていいほどの料理、カレーだった。

カレーを作るには沢山のスパイスを必要とする。 野菜工房での栽培にもスパイスを優先的にとりいれ、ようやく10種類程のスパイスが採れる様になったのだ。

スパイスを混ぜて煎りながらカレー粉にしていく。煮込んだ野菜にカレー粉と小麦粉を入れてトロ身を着ける。途中で炒めた肉を入れてトロ火でグツグツ煮込んで数時間。


『うわあ、この食欲をそそる匂いは何ですか!?』


『もうちょっと待って』


リュウが皿の上半分にご飯を入れ、もう半分にカレーのルーを入れる。


『はい、パティ。これがカレーライスだ』


パティに渡した後、自分の分も用意する。


『これ、辛いけど美味しい!しかも食べても食べてもやめられない!すごーーい』


あっという間にパティはカレーを平らげた。


『これは香辛料をたっぷり使っているので薬膳にもなるし、発汗効果もあるので新陳代謝にもいいんだ』


『正に至れり尽くせりですね!』


『問題は、これを料理として店で出すのはいいとして、家庭で食べてもらうのにどういう形で提供するかだな』


リュウは固形ルーにするか、レトルトにするか悩んでいた。

とりあえずは瓶詰めでもして反応を見てみることにした。


『そろそろ、ここの商品もブランドを用意しないといけないな』


『ブランドですか?』


『そう、看板みたいなもんだよ。このブランドが付いていればうちの商品ってわかる様にね』


『なるほど。で、もう名前は考えているんですか?』


『うん、グルメ食堂 ってどうだろう?』


『グルメってどういう意味ですか?はじめて聞く言葉です』


『俺の居た世界で 美食家 っていう意味だよ』


『そうなんですね、いいと思います!グルメ食堂』


こうしてグルメ食堂ブランドが生まれたのであった。

ソースや香辛料、カレーにケチャップ、マヨネーズ、グルメ食堂ブランドはこの国だけでなく全国の食卓へと運ばれるようになるには時間が掛からなかった。


新区画の工場エリアにはグルメ食堂の生産工場があった。 その生産数は一日に数万本規模と言われており、中は最新鋭の設備で生産させているのだが、企業秘密ということでこの中は誰にも見ることが出来なかったのだ。


パトリシアは若くして成功した女社長としてその名を轟かせることとなる。

その実はリュウが彼女を動かしていたことを知る人は少ない。


工場の生産状況をパトリシアから報告を受けて、順調に推移していることに安心するリュウだった。 また来るからと告げて工場を去ろうとするリュウに


『あのう、伯爵様。 今度は私の手料理を食べてくださいね』


頬を赤くしてパトリシアがそう言った。


まさか、パティが・・・ この先の展開に嫌な予感がしたが、気のせいにする事にした。

いやはや平常運転である。

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