第19話 特訓の成果
クリスがBランクにアップして二日が経った。
今日は領主にクリスの1カ月の成果を報告する日だ。
いろんな意味でリュウは憂鬱だった。
『リュウよ、何浮かぬ顔をしておるんじゃ? 妾が慰めてやろうか?』
鈴鳴が悩ましいポーズでリュウを挑発してくる。
『頼むからこれ以上話をややこしくしないでくれ!』
そう言いつつリュウはクリスとの間に起こった出来事を鈴鳴に話した。
『おお!リュウもやはり男じゃったか!妾に全く手を出す気配がないから不能か男色の毛があるのかと心配しとったぞ』
『んな訳あるか!っていうか、お前に手を出すのは決定事項なのか?』
『妾の方があの小娘より早く其方と知りおうておるから、妾の方が順番が先じゃろうに』
一体何の順番なのやら・・・ リュウは頭が痛くなってきた。
”やっぱり、話す相手を間違えた。 話す相手といえばもう一人のハーフエルフにも言わない方がいいな、絶対に”
リュウは言わないつもりだったのだが、事件はギルド内で起こったのだ。
ギルド長の彼女の耳に入っていない訳がなかったのだ。
今日は昼過ぎに領主の館に行く予定なので、午前中の間は時間を持て余しているのでリュウは気晴らしに出かけることにした。
やってきた場所は商業区の外側にある工房などが集まった一角だった。
リュウは鍛冶職人のところを訪ねた。 この国の製鉄などのレベルを確認したかったのだ。 鉄を叩いて伸ばして焼入れ焼きなましを行うといった極普通の方法だった。 リュウはアルミニウムのインゴットを
取り出して、職人にこれの精製方法を教えた。
職人の名前はジャンといい、いかにも職人といった感じで背は低いが力はある筋肉質な身体つきだった。
『旦那、こんな金属見たことないが、こんなのどこで手に入れるんだい』
『これはこの近辺でも採れるものです。これからこの国の主要採掘品になると思いますよ』
『そりゃあすごい!俺らはこれの加工が出来る様にならないとな』
『はい、この金属は溶ける温度が低いので溶かして型に流し込めばいろんな形のものが造れます』
リュウは鋳造について教えた。砂型での製法について今後習得してもらうつもりだ。
『それと、この材料はガラスというものですが、溶けた金属の上に流し込んで薄い平板状にして冷やすとガラス板という透明の壁の様なものが出来るんです』
『おお!こっちもすごいな!』
『これもこの近辺で採掘できる物です。ガラス細工はこの国の名産品にすると交易とか活気がでますよ』
『旦那は天才か!?こりゃあ俺だけでは駄目だな。職人仲間を集めるから皆に教えてもらえないだろうか?』
『もちろん、構いませんよ。量産するには多くの職人が必要ですし、加工を含めると仕事の需要が増えるからこの街の人口も急激に増えていきます。親方の工房も拡大間違いなしですよ』
リュウはすっかり職人をその気にさせてしまったみたいだ。
何れにしても取り纏めをする人材は必要だったから、ジャンには頑張ってもらわないといけないのだ。
まだ道のりは長いが産業の柱を作る計画は始まった。
一旦宿舎に戻り、シャワーを浴びて服を着替えてから領主の館へと向かった。 ナターシャはギルドから直接向かうとの事だったので、今回はリュウ一人で馬車に乗った。
リュウはこの先の事を考えると億劫で仕方なかった。クリスの件はサラっと流して他の懸案事項の話で誤魔化そう。 そう思うのであった。
屋敷について玄関に入ると、領主をはじめ面子が全てそこに居た。
『リュウ君、ご足労済まない。それと1カ月間娘が世話になった。礼を言わせてもうらおう』
『お父様。私は約束通りハンターとして一人前になりました。もちろん、このままハンターでいることを認めていただけますよね?』
『クリス、お前は井の中の蛙なんだ。世の中いくらでも強い奴はいる。その慢心が取返しのつかないことになりかねないんだ』
領主の言葉にリュウが返す間もなく親子間の会話へと突入してしまった。
クリスは父親になかなか認められずに歯がゆい思いをしているのが伝わってくる。
『それでは、領主様の家臣の手練れのどなたかがクリスと試合をしてその実力を確かめるというのはどうでしょう?』
仕方ないのでリュウが助け舟を出すことにした。
『うちの手練れが相手だとクリスが危険だろう』
『いえ、真剣勝負という訳ではありませんので。あくまでも模擬戦です。刃のない武器での試合なのでご安心下さい。 それで歯が立たないと判ればクリスも諦めると思いますよ』
『うむ、そういうことなら・・・よかろう。騎士団の小隊長を呼んでくれ』
領主がリュウの提案を認めると執事に騎士団の小隊長を呼びに行かせた。
『それでは訓練場に移動しましょう』
この場の全員が中庭の訓練場に移動した。
リュウが用意した武器は小隊長用の木剣と、クリス用の刃の付いていない木製の槍の柄の部分だった。 これだとどちらも大きな怪我を負うことはないだろう。
しばらくして小隊長がやってきた。相手がお嬢様と知ってあまり乗り気ではないみたいだが、騎士としての誇りがあるので手を抜くことはないだろう。
『それでは審判は俺がやらせてもらいます。この試合は模擬戦なので相手を殺傷することは禁止します。 武器を手放すか降参、或いは戦闘不能と判断すれば負けとします。』
クリスと小隊長が互いに向かい合い武器を構える。
『用意はいいですね。それでは、はじめ!!』
すぐにケリがつくと思っていた小隊長だが、クリスの構えを見て動くことができなかった。何故なら隙が全くないからだ。 逆にこちらが動くと隙を狙われる恐れを感じたのだ。
試合開始後双方動きを見せなかったが、先に動きを見せたのはクリスだった。瞬歩で小隊長の背後に回り、視界からクリスを見失った小隊長に小手を決めて握っていた木剣を叩き落としたのだ。
『それまで!!勝者、クリス!』
いつの間にか集まっていた家臣や家人達からの驚きの声と拍手が沸き起こる。
『領主様、クリスはこの一カ月、血の滲む様な努力を続けてきました。その甲斐があって今の強さを手にいれたのです。私から見て慢心というものはなく、彼女は相手の力量を測ることができます』
リョウがこの1カ月のクリスについて領主に説明する。
『うむむ、いや、正直驚いた。あの小隊長相手にこれ程までとは・・・』
『お恥ずかしい限りですが、完敗でした。お嬢様の強さは本物です』
小隊長も負けた悔しさよりもクリスを心から褒め称えている。武人としての潔さを感じる。
『お父様、これからもハンターとして続けてもよろしいでしょうか?そして、リョウ様の弟子として一緒に・・・いえ、伴侶としていつまでもお傍に居たいのです』
”あちゃ~、遂に爆弾発言が出てしまった・・・領主の顔を見るのが怖い・・”
『おい!クリス!それはどういう事だ!私は何も聞いてないぞ?』
やはりお怒りの様だ・・・
『あなた、許してあげたらいいじゃありませんか、この子が自分から言い出すことなんてなかったことですよ。それに今のこの子を見てわかりませんか?私は母親としてすごく誇らしいですよ』
あまり話をする機会がなかったが、母親はクリスを大人っぽくした美人だった。
『・・・・そうだな。リュウ君が婿としてこの領地を継いでくれるのはすごく頼もしいことだ。
とはいえ、私もまだまだ現役を退くつもりはないので兵の増強や政について右腕として働いてもらうとするか』
どうやら領主様も尻に敷かれているのか奥さんの意見は絶対らしい。
”なんだ、この流れ、話がトントン拍子に勝手に進んでるぞ!!”
『あまり急な話なことですし、この話はまた後日ということで・・・』
リュウは一刻も早くここから逃げ出したかった。だがそうは問屋が卸さなかった。
『私、リュウ様と契りを交わしました。リュウ様が私の想いに応えてくれて本当にうれしかったです』
『まあ、そうなの!?それじゃ、お祝いしないといけませんね』
『婿殿、式はいつ頃がいいかのう』
リュウは完全に逃げ場を失ってしまった。
これがクリスの策略だとすれば恐るべし策士と言えよう。
その後、領主と部屋で話をしてこの国の兵力増強と産業や名産品の開発を最優先として、それらに目途がついた頃にクリスと婚姻するということで決着がついた。
期間とすれば2年くらいの猶予だろうか。その間に神との約束の仕事も果たさなければならない。いろいろと忙しい日々が続きそうだ・・・
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