第16話 リュウの弟子

クリスは領主の長女で小さい頃から上流階級の教育として学問や作法などの習い事を受けていたが、体を動かすようなもの、増してや武術などとは縁のない育ち方をした。


それなのに、今の彼女は天性の才能があるかの如く、動きにキレがあり、カンも鋭い。 今までの彼女しか知らない者から見ればまるで別人の様に思うだろう。 それ程までにリュウとの修行では劇的な変化を遂げていた。


修行開始から3週間目にようやく武器を与えられ、これから本格的に戦闘の訓練がはじまる。

最初はリュウと打ち合いの練習だ。彼女は自分の武器を使い、リュウは刃のないただの棒切れを使っている。手加減するとはいえ、乙女の腕や足を切り落としてしまうといくら後で再生できるとはいえ寝覚めが悪くなってしまうからだ。


『どんどん掛かってこい!脇が甘いぞ。顎を引け!』


『はい!』


脇が甘いと動作が緩慢になる。疲れると顎が上がってくる。

戦いの基本は軽い前傾姿勢が理想なのだ。


『連続突きはキレを持たせろ!目線を相手から逸らすな!』


リュウはアドバイスをしながらもクリスに攻撃を仕掛け、その攻撃は尽くクリスにヒットしている。 これが真剣ならクリスは何十回いや何百回死んでいたことだろう。


『よし、少し休憩にする。どうだ、初めて戦ってみた感想は』


『まったく話になりません。気持ちは動いているのですが、体が付いてきません』


『まあ最初はそんなもんだ。俺は物心ついた頃から剣を振っていたからな。まあ、戦うしか能がなかったんだけどな』


『リュウ様のご両親は戦うことには賛同されていたのですか?』


『俺は小さいころに両親を事故で失って施設に預けられていたんだ。施設には道場という武道を習う所があったのでそれがきっかけになったんだ。そこで戦うことの才能を認められて軍に入隊することになった。 軍では戦闘だけでなくあらゆる知識が手にはいった。我ながら運がよかったと思っている』


『そうだったのですね。小さい頃からご苦労されていたのですね。それに比べると私はなんて甘いのかと思ってしまいます』


『そんなことはないと思うぞ。貴族の娘として楽をして生きていけるのに、あえて厳しい道を選択するというのは並大抵の決意では出来ん。口だけで実が伴っていないのを大言壮語というが、クリスの様に口に出した事を実現するのは有言実行という』


『私がハンターになりたいって決めたのは盗賊とリュウ様の戦闘を見てからです。戦うというより舞踏に思える華麗な動きをみて感動をして涙を流してしまいました』


クリスは照れながら自分の体験を告白した。


『所詮は人殺し。そんなに綺麗なもんじゃないんだけどな』


二人は休憩時間を終え、再び訓練を再開した。


午前中に比べ、午後は見違えるように剣筋にキレが出ている。

初日よりも二日目は更にと成長の度合いが異常なまでに早かった。


4週目に入る頃にはリュウとまともに打ち合いが出来るレベルまでになっていた。もちろんリュウは加減をしての話であるが。


『よし、それでは次の段階に移る。武器を振るだけでは同じレベルの相手に勝つ事が出来ない。持てる力を全て使うことで自分の限界を高めるんだ。 まあ、言葉で言ってもなかなか伝わらないだろうから、これを見てみろ』


デモンストレーションとばかりにリュウは刃先のついてない棒切れを前方の木に向かって突いた。木は5メートル程先にある。棒切れはリュウの背丈より少し低い程度なので木との距離は3メートル以上はある計算だ。 なのにリュウが突きを入れると同時に大きな音が炸裂し、木には穴が開いていた。


『人には闘志があり、それを気と呼んでいる。この気を自分の攻撃に乗せることによって通常の攻撃以上の威力を出すことができるんだ』


『リュウ様、すごいです!これって私にも出来る様になるんでしょうか?』


『もちろんそのつもりだ。だが、気を放つには今までと違った練習方法が必要だ。俺は大きな岩山を動かすことで修行を行い、使いこなせる様になるまで3年の月日を費やした。残念ながら今は時間がない。同じ修行をしていては間に合わないので荒療治になるが短期間で習得できる方法を試してみる』


『はい!よろしくお願いします!』


クリスはあの技が自分のものになるのを想像し、目を輝かせていた。


リュウが考えたのは自らが気を放出するまでにはかなりの時間を要するが、一番時間の掛かるのは気の流れを作り出す気口を開くことだ。

この気口を開く作業をリュウの気の流れで助けてやればいいと考えた。

但し、その方法に問題があった。彼女と同じ動作をして同じ気の流れを全身に伝える必要があり、その為には体を近付けるというよりも密着させる必要がある。もちろん着衣の有無は関係ないので服を着たままでいいのだが。


『俺の気をクリスに送り、クリス自身の気としてコントロールする様にするんだ。そのために俺はクリスの背後から覆いかぶさる様になるが大丈夫か?』


例えるなら、かくし芸の二人羽織を想像すれば近い。問題なのは異性間で行うということだ。免疫のない乙女にこんなことしていいのかとリュウは役得というよりも背徳感の方が勝っていた。


『リュウ様、私は平気です。遠慮なくどんどんお願いします』


クリスの了解を得たのでリュウはクリスの背後から両手両足体を密着させた。クリスの髪の毛からはほんのりといい香りがする。リュウは煩悩を振り払い気を送ることに集中する。


一方、クリスは後ろからリュウに抱擁される様に密着され、顔と体全身が紅潮し、半ばパニックとなっていた。 しかし、真面目な彼女はこれは修練なんだと言い聞かせ、辛うじて我を保てていた。


リュウの掛け声とともにクリスが槍の突きを行う。 最初は動作を合わせるだけで精一杯だったが、次第にリズムも合う様になり、突きの形として見れる様になってきた。


『それじゃあ、突きのタイミングで気を流すぞ』


『はい!』


リュウは突きのタイミングに合わせてクリスの全身へと気を流していった。

気を受けたクリスは全身に電流を受けた様な衝撃が走った。

体の内側が熱くなるような感覚だ。 初めて感じる感覚に遂にクリスは立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。


『おい!大丈夫か!』


『は・はい、大丈夫です。申し訳ありません』


心配して声をかけるリュウにクリスはしゃがんだまま答える。

まだ体が小刻みに震えていた。


『気の流れが強すぎたみたいだ。無理そうなら中止するが』


『いえ、大丈夫です。続けて下さい。この程度で挫折していたら笑われてしまいます』


やはりクリスは負けず嫌いな様だ。次は気を半分に絞って流すことにする。


最初の衝撃が強すぎたため、それ以後は先程の様な失態を見せることなくクリスは修練を続けることができた。


効果的とはいえ、そう簡単に気を放つことは出来ない。だが、少しずつ手応えは感じるようになった。


気の修練を始めて3日目に変化は現れた。槍の先に気の収縮の光が見え始めたのだ。


『よし、もう気が放出できる頃かも知れん。次は少し強めにいくぞ』


『はい!お願いします!』


リュウは次で決めるつもりだった。通常より5割増しの気を流し込む。

最初の頃ならクリスが気絶しているか命にも関わる程の量だ。

この三日間でクリスの気を扱えるキャパシティは加速的に増えていた。


クリスが突きを繰り出した瞬間に気の波動が前方に放出される。

それと同時に全身にエクスタシーを感じた。最初の電流とは比較にならない快感だった。恐らく男性なら脳が破壊されていたに違いない女性は男性の何十倍もの耐性を生まれながらに持っているのだ。


我に返ったクリスは前方の木に穴が開いていることを確認した。


『リュウ様!ついにやりました!!』


『よくがんばったな。おめでとう』


喜びも束の間。クリスは自分の体の異変に気がついた。放出の際に快感とともに少し失禁をしていたのだ。何ともわからないもので下着がぐっしょり濡れていた。


モジモジしているクリスを見てなんとなく察したリュウはクリスに完全治癒を掛けた。


一瞬で元通りになったクリスは快感の余韻も全てなくなって少し残念に思っていた。


『あとは一人で繰り出せる様になる練習だ』


『それじゃあリュウ様は・・・』


『ああ、俺は気の配分がちゃんと成されているか横で見てるよ』


クリスは幸せだった密着の修練が終わってしまった事に落胆した。もう少し堪能しておけばと。 それと同時にこの気持ちがリュウに対する自分の想いなのだとも気付かされた。


『はい、頑張ります!』


クリスは気を取り直して自らの気の修練を続けた。



気を放つ事が出来る様になってからのクリスの修練は早かった。槍から気を放つだけでなく、斬撃に気を纏ったり、体に気を纏い防御に使ったりと多彩な技を使いこなせる様になった。


『うん、修練はこんなもんだろうな。あとはギルドに行って依頼をこなそう』


『はい!』


二人は修練を終了させギルドへと向かった。

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