第15話 ハンター志願
領主であるマグワイヤー邸での晩餐は歓談をはさみながら和やかな雰囲気で進められていた。
やはりお金持ちの家の料理は材料も高価な高級な料理なのだが、どれも大味なのが残念だ。
『領主様、この国の料理は味付けが殆ど塩と胡椒なのは何故なのでしょう? ソースとかの類は見かけたことがありません』
『どうやらリュウ君の口にはこの国の料理は合わないみたいだね? 私はなかなか他の国の料理を食する機会がないので今ひとつピンとこないのだが』
リョウは領主に味付けの重要性を力を込めて説明する。
今開発しようとしている調味料が完成したらリョウが作った料理を披露する約束を果たした。
これで認められればこの国の食文化が大きく変わるであろうとリョウはニヤリと企みの笑顔で笑った。
そんな中、一人の発言でその場の空気が変わった。
『お父様。お願いがあります』
『その話は駄目だと言っただろう。いい加減諦めなさい』
『いいえ、皆さんにも私の想いを聞いてもらいたいのです』
『それはリュウ君への想いではないのかね』
『おと・・なっ・・・・・』
お父様何を言っているのですか!と言いたかったのだろう。父と娘でなにやら揉めているらしいが、原因はともかく、どうやらリュウにも関係があることらしい。
『騒がせてすまないね。娘がハンターになりたいって突然言い出して利かないんだよ』
『私は本気です!思いつきなんかじゃありません!今回の件で感じたのです。いつまでも守られてばかりではいけないと。 いざとなったら自分のことくらい自分で守らないと』
なるほど。少女なりに考えての事だったのだろう。それにしても貴族の娘がいきなりハンターだなんて普通、当然反対するわな。 年頃の娘は貴族への嫁ぎ先を決めて子孫繁栄に尽くすというところだろう。リュウはこの世界でも貴族社会はそういんもんだろうと想像した。
『ハンターがどれだけ危険なのか判っているのか?常に死と隣り合わせなんだぞ』
いやいや、どんな依頼を請けるかだろう。常に死と隣り合わせなら命がいくらあっても足りない。と、リュウが頭の中で独りツッコミを入れる。
まあ、でも、父親にとっては大切な娘を危険な目に遭わせたくないのもわからないでもない。
『だからこそ、リュウ様に弟子入りして強くなる様、鍛えていただきたいのです』
なるほど、そこで俺が登場した訳か。リュウは先程の自分が出てきた部分の意味を理解した。
『そんな、生半可なことで強くなれる訳がないだろう。諦めて良い縁談話をまとめて父さんを安心させてくれ』
もし俺が父親だったらきっと同じ気持ちなんだろうなとリュウは領主が気の毒に思えた。
『いいえ、私の決意は固いのです。どうか認めて下さい』
どうやらこの話は平行線で終わりがないらしい。
『えっと、それじゃ、口をはさんで申し訳ありませんが、お嬢様には少しの間、ハンター見習いとして体験してもらうというのはどうですか?実際に体験して今後のことを決めても遅くないかと思います』
『リュウ君、助け船を出してくれて済まない。こんなに頑固なクリスを見るとは思わなかった。それでは1カ月。1カ月の間だけ見習い期間としてリュウ君の弟子になって鍛えてもらうというのであれば許そう』
Aランクハンターの俺の傍にいれば危険はないと判断したのだろう。そして1カ月も経たずに現実の厳しさを知って戻ってくるだろうとも。
『ありがとうございます!お父様。立派なハンターになって戻ってまいります』
どうやら娘の方はこの一カ月で一人前のハンターになるつもりでいるらしい。
『どうですか?ギルド長さん。娘を一カ月だけ、ギルドで面倒見てもらえますか?』
『はい、私は構いませんよ。リュウさんが全てを引き受けてくれるらしいですから』
ニヤリと笑いリュウの方を見るナターシャであった。
『わかりました。それでは俺の方で責任もって面倒を見させてもらいます。但し、生兵法は怪我の元と言います。中途半端では余計に怪我とかさせる恐れがあるので徹底的に鍛えて差し上げます。それでよろしいでしょうか?』
『うむ、もちろんだ。面倒を掛けてすまない』
こうしてクリスティーヌは1カ月間、リョウの弟子となることとなった。
明日から共に行動することにしてリョウとナターシャは領主の館を後にするのであった。
『やれやれ、また面倒を引き受けてしまった』
どうしてこうなった。と言いたいが如くリュウが嘆いた。
『ガンバレ青年。まあ、鍛えるのはいいけど、お手付きは禁止よ』
好き好んで領主の娘に手を出す程リョウは馬鹿ではない。
ただでさえ、二人の淫魔が身近にいるというのに。
『今、失礼な事考えていたでしょう?』
無駄にカンが鋭いな。占い師が見たらリョウの女難の相は色濃くなっているのが見えていたであろう。
翌朝、朝食を済ませて宿舎のロビーに降りると、そこには既にクリスティーヌの姿があった。
今日はクリスティーヌのハンター登録を行ったあとで、リュウのマンツマンの特訓がはじまるのだ。
『おはようございます。リュウ様。よろしくお願いします』
『おはよう。クリスティーヌさん』
『リュウ様。私はリュウ様の弟子です。なのでクリスとお呼び下さい』
『わかった。ではクリス、今日からビシビシいくから覚悟してくれ』
『はい、リュウ様。覚悟はできております。煮るなり焼くなりして下さい』
いやいや、別に取って食べる訳ではないんだから煮たり焼いたりしては駄目だろう?しかも何故に頬を赤く染めている?
何か特訓を勘違いしているようだ。 リョウはなんだか頭が痛くなってきた。
ギルドに着いてクリスを受付で紹介し、彼女の登録を済ませる。何故かギルド内の女性は皆笑顔なのだが目が笑っていない。
隣の女は誰よ?といった感じで嫉妬の眼差しが集中していたのだ。
なんだか痛い視線を感じつつ気のせいだと決めつけてリュウとクリスはギルドを後にした。
いきなり依頼を請けるということはしない。それ以前にクリスに必要なものを身に着けさせる必要があるからだ。
『それではクリス、質問だ。ハンターに必要なものは何だと思う?』
『やはりスキルではないでしょうか?』
『うむ、スキルも大切だが、それ以前に先ず必要なのは体力だ。体力がないと依頼の場所までの移動すらできない。ハンターの移動は歩いて行う事が多く、常に平坦な道ばかりとは限らない。
険しい山道を歩き続けるということもある。 もし体力がなくその場でへばってしまったら命取りだ』
『なるほど。理解しました』
『まずはクリスには十分な体力をつけてもらう。これが当面の訓練となる』
リュウが用意した訓練メニューは至ってシンプルだった。
近場の小山へのハイキングだ。 低い山とはいえ、アップダウンもあり、険しい道も適度にある。初心者だと結構キツイ。
一日掛けて戻って来られるコースにしてある。休憩は一時間毎に5分間と昼休みの休憩だけだ。
クリスはリュウの用意したメニューを文句も言わずこなしていく。
最初はギリギリ到達できるという感じだったが、一週間後にはいくら歩いても平気なくらいにまで成長していた。
その急激な成長はリュウが食事として与えていた養仙桃の影響が大きい。ある意味、リョウと同じ様なトレーニングをしていることになる。
ハイキングは一週間で終了することになった。
『この一週間で十分に足腰は鍛えられた。次に必要なのは瞬発力だ。力があっても動けなければ危険は回避されないからな』
クリスはリュウの言う事を素直に聞いている。
トレーニング内容は反復横飛びと紐でくくり付けられた小さな丸太を回避するものだった。 反復横飛びは1セット100回。100回が終わったら3分休憩でそれを午前中ずっと繰り返す。
午後からは丸太の回避だ。最初は1つの丸太、その後2つ、3つと徐々に数を増やしていく。 それに慣れたら今度は目隠しをして回避を行う。 気配を感じて回避するというものだ。
流石にこれはキツイ訓練だ。気持ちはあってもなかなか体で会得出来るものではない。 常に小傷が絶えないクリスだったが、その都度リュウが魔法回復させているので傷跡が残るようなことはない。
この練習も1週間続いた。 この2週間でクリスの運動能力は一流の戦士と比較しても勝るとも劣らないレベルになっていた。
流石に軍のエリートだったリュウの英才教育と養仙桃の効果だ。
『それでは今日から武器を使っての訓練だ。クリスはどんな武器が使いたい?』
『私は槍がよいかと思います。槍だとリーチが長いので攻撃に有利ですし、防御もしやすいので』
なかなか良く考えている。 女性には槍は相性の良い武器だ。基本両手で持つので疲れも少ない。
『ではこれをやろう』
リュウは空間ポーチから槍を取り出す。クリスが欲しいと思われるいくつかの種類の武器を予め作っておいたのだ。
槍の形状はシンプルな棒の片側に刃が付いているものだ。十文字とかもあるが、普段持ち歩く際に引っかかるのと、細かい隙間を狙うのが槍の骨頂なので余計なものが付いていない方が有利だというのがリュウの結論だ。 初めての武器なので様子を見て少しずつ変えていけばいいと思っていた。
『これはリュウ様の手作りですか?ありがとうございます!』
クリスは大切なものを貰ったように槍を抱きしめた。
『この槍はちょっと特殊に出来ている。見た目は単純な形をしているが、剣先の攻撃の他、柄の部分でも攻撃が出来るようになっている。
柄側には重りが入っていて強度も上げている。振り回して打撃で使えば、棍棒に匹敵するかなりの威力になる。 それと、真ん中を回すと槍の長さを変えることが出来る。 狭い場所での戦闘でも持て余すことがない』
この槍もアルミを素材としている。中空パイプなので木製よりもかなり軽くできる。 伸縮の機構は洗濯竿の原理と同じだ。
『リュウ様、すばらしいです!早くこの槍を使いこなせる様、精進します』
どうやら気に入ってくれたようだ。 リュウは少しホッとした。
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