第14話 領主接見

リュウは商業区を見て周り、昼過ぎに宿舎に戻った。フロントには既にギルドから礼服一式が届いていた。非情に素早い対応だ。担当の職員や携わってくれた人達にあとでお礼を言っておこう。


部屋に戻ると鈴鳴はクロの姿で寝ていた。


起こすことなく、仕立てあがったばかりの礼服に袖を通した。 鏡がないので光反射の魔法で鏡モドキを

用意し、全身鏡の様に全面に配置させた。


『うん、なかなかいい感じだ。流石フルオーダー品だ』

元の世界では既成服しか着なかったリュウは服のフィット感に満足していた。


どうやら領主の館には迎えの馬車が来るそうなので呼ばれたらギルド長と一緒にロビーに降りることに

なっている。すぐに出れる様に礼服は着たままだが、せっかく仕立てたばかりなのに皺になってはいけないので上着だけは脱いで椅子に掛けてある。


ソファーに座て寛いでいたが、次第に眠気がやってきてウトウトしだした。 どれくらい経っただろうか、ドアをノックする音が聞こえて起きた。どうやらボーイが知らせに来てくれたらしい。


ドアを開けると、そこにはボーイではなくドレスで着飾ったナターシャが立っていた。 深紅の体に密着したパーティドレスだった。スカートの深い横スリットと背中に深い切り込みは下品となるギリギリの境目で大人の魅惑を演出している。


『ふふふ、どう?惚れ直した?』


いや、最初から惚れていませんし、というツッコミをしなかったのはリュウの優しさだった。


『ギルド長が呼びに来てくれるとは思いませんでした』


あえて触れずに話題を変えたことにナターシャは少し不満げだった。


この世界には電気がないのでエレベーターという存在もない。

但し、魔法はあるので階層の移動は浮遊石で搬送する。

この浮遊石が使われている所は国中でもそうそうにあるわけではない。賢者の石に魔力蓄積する必要があり、購入するのも維持するのも非常にお金が掛かる代物だからだ。


一階に着いた二人はフロントに外出を告げると玄関前に待機していた馬車に乗り込んだ。


流石に領主所有の馬車である。四頭の馬でけん引され、居室部は高そうな木材で装飾がされていた。

振動がかなりあるので乗り心地は悪そうなのだが、ソファーの様な柔らかいクッションのシートのお蔭で

振動はあまり体に伝わらない様だ。


この世界の馬車は車体に車輪を直付けしている所謂リジットマウントと呼ぶものだ。板バネを数枚重ねて

その上に車軸を通すようにすればバネが衝撃を吸収してくれるのになとリュウは自分が自動車の設計技術者なので構造についてあれこれ考えていた。

リュウの考えていたのはリーフスプリングというサスペンションの方式で現在でもトラックなどの貨物などに用いられているシンプルな構造だ。昔は乗用車にもよく使われていた。


馬車で約15分くらい走ったところで一本道が走っている両側に並木が整然と並んでいて、その奥に屋敷が見えてきた。屋敷は洋風の館だった。


門に憲兵が立っていた。馬車が一旦停止すると問題ないのか中を確認することもなく門が開き、屋敷の中へと入っていった。 恐らくこの馬車が領主所有のものだから賓客に無粋なところを見せたくなかったのだろう。来客の馬車なら念入りなチェックがされていたに違いない。


門を入ってからもしばらく馬車は走っていることから屋敷の敷地は相当に広いらしい。


そしてようやく石畳のエントランスが見えてきた。


玄関の中央前に止まった馬車の扉を御者が開く。

ステップを降りた先には礼をした姿勢で執事と思われる人物が待っていた。


『ようこそお越し下さいました。ナターシャ様、リュウ様。旦那様がお待ちかねです。どうぞこちらに』


慇懃無礼とならない程度に丁寧な挨拶をする執事だ。

ギルド長とリュウは先導する執事の後を着いて行った。


大きな両開きの玄関扉が開かれると広いフロアがあり、正面には二階へ続く階段があり、左右の部屋へと続いている。

これは、化学汚染で人々がゾンビ化していったホラーアクションゲームの洋館にそっくりだ。 残念ながら、一階の階段横にはセーブ用のタイプライターは置いていなかった。


執事は通路の奥突き当りの部屋で立ち止まった。


『どうぞ、こちらで旦那様がお待ちかねです』


そう告げると扉を開き、無言で中へ入る様に促した。


部屋の中には今まで椅子に座っていただろう男性が立ち上がった。 見た目40代くらいで口ひげを生やし、オールバックの髪型がいかにも貴族といった感じだ。


『ようこそ、我が館へ。私がマキワ領主のケヴィン・マグワイヤーです。ナターシャさん、リュウ君、娘を助けてくれてありがとう。礼を言わせていただきたい』


『お久しぶりです。領主様。クリスティーヌ様を助けたのは隣にいるリュウとギルドパーティ碧き大海の二人の女性の三人です。私は特に何もしていませんよ』


『はじめまして。リュウです。ご招待いただきありがとうございます。ギルドのクエスト中に偶然お嬢様達に遭遇しました。偶然とは言え無事でなによりでした』


『うむ、何れにせよギルドメンバーの活躍によって娘は救われたのだ。ナターシャさんも関係者だよ』


領主は心から二人に感謝している様だった。


『立ち話もなんだ。先ずは掛けてから話をしましょう』


来客用の豪華なソファーにナターシャとリュウを勧めた。絶妙なタイミングでメイドがティーセットをワゴンで運び入れ、それぞれの前にティーカップを置き、紅茶を注いだ。


香りを楽しんだ後、領主が話をはじめた。


『ギルドから話を聞かせてもらったが、リュウ君一人で40人もの盗賊を屠ったらしいじゃないか。中にはAランク手配者もいたとか。全くもって信じられない話だ』


『はい、そのお蔭でAランクのハンターになることができました』


『娘が戻ってきてからずっと君の話をするもんで私の耳にタコができるくらいだったよ』


領主は迷惑そうに言いながらも娘の無事が余程うれしかったのだろう、顔は笑っていた。


『娘ももう一度君にお礼を言いたいらしい』


コンコンとドアの外からノックをする音が響いた。


『失礼します』


入って来たのは昨日助けたクリスティーヌだった。


『リュウ様、昨日は助けていただいてありがとうございました。本来なら私達三人の命はないところでした。 私は神に偶然を感謝しなくてはなりません。 そして貴方にも』


その神様があんな淫魔だと知ったら驚くだろうな・・・とリュウは知らぬが仏という言葉を思い出した。


『もうだいぶ落ち着いたみたいですね。多くの方が命を落としたのは残念ですが、お嬢様が救われたことで亡くなった方々も浮かばれると思います』


『クリスもこちらに来て座りなさい。そこに立っていたら話がし辛い』


クリスティーヌは領主の隣に座った。


『話は変わるが、リュウ君はこの国を見てどう思う』


『どう思うと唐突に言われましても何についてなのかによると思いますが・・・』


『例えば、昨日の娘が襲われた件にしても、きちんと護衛を付けていたにも関わらず、盗賊にいい様にやられている』


『戦力の話ですね。確かに武力としては寂しいものがありますね。まあ、兵士は鍛えればある程度は強くなりますが、装備はそういう訳にはいきません。逆に弱い兵士でも強い武器を持たせるとそこそこ戦えてしまいます』


『やはりそうなるな。残念ながらこの国には特徴ある産業がない故に資源や国力も大きくなく、他国や蛮族に対しても十分な防衛が出来ずにいるのだ』


領主はリュウにマキワの現在置かれた切実な状況を説明した。


『資源がないと仰られましたが、果たしてそうでしょうか?充分に鉱脈はあると思いますし、産業も発展させられる可能性はありますよ』


『国営の鉱山はほぼ掘り尽くしてしまって枯渇している状況なのだよ』


『鉱山というのは鉄ですよね?銅はどうです?金や銀は?他にも素材になる材料は沢山ありますよ』


『この国には山師がおらんのだよ。昔は優秀な山師がいたと聞くのだが・・・』


『では私がどの辺りで何が採れるのかお教えしましょう。 それと、産業についてですが、領主様はガラスという存在をご存じですか?』


『なんと、本当か!? もしそれで鉱脈が見つかるならこの国もまだ建て直す事ができそうだ。 ガラスとはどんなものだ?』


リュウは空間ポーチからガラスのポットを取り出し、領主に見せた。


『おお!見事な物だ!そういえば昔、南の国の旅人が持っているギヤマンというものを見たことがある』


『ええ、そのギヤマンとガラスは同じものの事です。 私が調べたところ、この地ではガラスの原料となる珪砂という材料が豊富に含まれていることがわかりました。精製してガラスの容器や皿を名産とすれば、交易も盛んになりこの国に来る商人や旅人も増えて活気が出ることだと思います』


『なるほど。驚くことばかりだ。其方は武に長けているだけでなく商売や政にも詳しいようだな。相談した甲斐があった』


『最初の兵力の問題ですが、戦闘力については訓練所を設けて専用の訓練を行うことで底上げができます。 装備については私に考えがあります』


『誠か!してどの様な手段をとるのだ』


領主が食い入るようにリュウとの話に夢中になっている。


『私が護衛長にお渡しした武器をご存じでしょうか?』


『おお!あの非常に軽くて強い盾のことだな。あれには驚いた』


『あれは防御に徹した特殊な武器ですが、一般兵にはもっと小型のバックラーを支給します。 鎧にも使えますし、刀で切れない特殊な繊維を作ることができます』


リュウはジュラルミンを用いた防具や防刃能力の高い特殊繊維でチェーンメイルに代わる軽量な服を作ることを思いついていた。


『聞けば聞くほど夢の様な話だな』


『お父様。お話に夢中になるのも良いですが、そろそろお客様をお食事にご案内なさっては如何でしょうか』


既に外は暗くなっており、食事をする時間には早くないくらいに時は過ぎていた。


『おお!そうであった。私としたことが。 大したもてなしは出来ませんが食事を召し上がっていってください』


案内に従い、食堂へと移動すると既に人数分の食事が置かれており、熱いスープも更に注がれていた。いやはや行き届いた家人達だ。


『どうぞ召し上がってください』


領主に勧められて食事をはじめた。

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