第8話 辻斬りドウザ
リュウは一人マキワへと歩き始めた。
マキワの中心都市ローグはここから西南の位置にある。距離にして約100キロというところだろう。
この国の地形や生き物は千里眼や索敵でだいたい掌握している。今のところ魔物の気配も近くにはないので問題ない。
リュウは腹が減ったので養仙桃を空間ポーチから取り出してかじった。 いくら取っても翌日にすぐ実るこの桃は毎日リュウが一つ残らず採取して空間にストックしているのだ。 数にして数十年分なので数万個といったところか。 もちろんポーチには時間停止が掛けられているので腐ることはない。
この桃は非常食としても良いが、飽きることがない味がリュウのお気に入りだった。 この桃は瑞々しいので水分補給にも向いていた。
水分と言えば、魔の森に居た頃は自分で魔物の胃袋を水筒代わりに使っていたが、今は万物創生で作ったガラス製のポットをポーチに入れている。このポーチは水の専用ポーチで冷却魔法で常に内部温度を5度に維持している。 水も魔法で生成した蒸留水で美味しさは格別だった。
ガラス細工は検知スキルでこの地域にあるガラスの原材料である珪砂を素に作っている。 何故かこの地域の土には珪砂が大量に含まれているようなのでいくらでも作ることができる。
2時間くらい歩いただろうか。この辺りにくると人が通る道も出来ていて歩きやすくなっている。
リュウの進行方向1キロ先に悪意の検知が反応する。何か悪い事を考えていたり、人を殺したり盗みをしたりという罪深い者は脳内レーダーに赤く表示されるのだ。
木陰に隠れて何かを待ち構えているようだ。盗賊の類だろうか?
何もしてこないなら見なかったことにしておこう。 面倒なのでリュウは気付かぬフリをして通り過ぎることにした。
リュウが木陰を通りすぎるころ、男は強い殺気を纏っていた。どうやら死にたいらしい。
男は背後からリュウを袈裟斬りにかかる。リュウは半歩横にズレる。空振りした男がリュウの前に飛び出した。
目の前に現れた男は身長が180センチくらい、痩せ気味の薄気味悪い顔をしており、黒っぽい死装束の様な服を着ている。
『おっと、運のいい奴だ。俺様の刀を偶然とはいえ躱すとはな。でも喜べ、新調した俺様の刀の試し切りにさせてやるんだからな』
男の右手に持っているのは湾曲している変わった刀だった。
『シミターか。どうやら多くの血を流してきたみたいだな。まあ、貴様の様な不意打を得意とする輩は大したことないのが相場だ』
男が持っていたのはシミターや三日月刀と呼ばれる刀で山賊などが好んで使う武器だった。
『武器には詳しいようだな。いくら詳しくても素手じゃどうにもならんけどな。相手が悪かったと思ってあきらめろ。 冥土の土産に聞かせてやろう。俺様の名は千人斬りの辻斬りドウザだ。』
男は名前を名乗り終わると同時に今度は正面からリュウに斬りかかる。リュウにとってはその動作はあまりにも緩慢だった。 まるで止まっているような遅さだ。
リュウは今度は避けるでもなく振りかざした刀の刃を素手で掴んでとめる。刃を下から親指と人差し指で挟んで止めるというような感じだ。
力一杯振り下ろした筈なのに途中で刀を止められてピクリとも動けない状況に男は混乱した。
『なっ!!』
男は予想外のリュウの動きと自分の行動が止められたことに驚いて言葉にならない言葉を発した。
『自慢の刀は残念だったな』
リュウが親指と人差し指で軽く摘まんでいた刀を強く摘まみなおすと刀が折れるでなく粉々に粉砕された。
『もっとも、あの世に刀は持っていけないけどな』
リュウがそう言い終わると男はその場で地面に倒れこんだ。男には何が自分の身に起こったのかわからなかっただろう。リュウが男の心臓を空間転移させたのだ。 もちろん重要な臓器を欠損して生きていられるわけがない。 男は何も思う暇もなく即死だった。
今までの罪の償いとして苦しみながら殺してもよかったのだが、具体的にどの様な罪を犯しているのかをリュウは知らなかったのでさっさと片づけてしまいたかったのだ。
リュウは今まで数多くの敵を殺しているので人を殺すことに躊躇いはないが血を見るのはあまり好きではなかった。 苦手でなく見ずに済むなら済ませたいという程度のものである。
男の亡骸から識票を外しリュウは確認した。
名前:ドウザ
年齢:28
職業:盗賊
賞罰:Aランク犯罪者、処刑対象
『ロクでもない奴だったんだろうな。もう被害が出なければそれでいい』
リュウは男の亡骸を放置して再び街へを歩き出した。
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