第3話 一の試練

白翁仙人に開いてもらった仙界門を通ったリュウは目の前にある風景を呆然と眺めていた。 

そこには天高き続く延々の階段があったのだ。元の世界では神社の境内に続く石造りの低い階段と言うのが一番近しい存在だ。

しかし、ここの階段は御影石より更に輝いており、規則正しく切り揃え並べられているところからも格式の高さを醸し出していた。


リュウはこの階段にいくら掛かったのだろう?とか、職人さんも大変だっただろうなあと、古代エジプトのピラミッド建造の如く当時の状況を想い浮かべるのであった。


とはいえ、この雲か霞か判らないが頂上の見えない階段を登らないとはじまらないらしい。


一体どのくらい登ったのだろう?三時間くらい登り続けていると思うが、標高にすれば相当な高いところだろう。

三度目の休憩をしようと思ったところで先に頂上らしき鳥居が見えてきた。


『ふう、ようやく頂上みたいだな』


安堵するリュウだったが、これから始まると思われる試練を考えると楽観視はしていられない。


やっとの思いで登り詰めた最上部で見た光景は唯々広い土の広場とその真ん中に鎮座する二つの大きな岩山だった。

岩山の横に小さな木製の看板が立て掛けてあり、近づいて看板の内容を読んだ。


<修練 力>

”力ある者よ 二つの岩山を神の御許に掲げよ 

  さすれば新たな道が汝を導くであろう”


それが全文であった。


どうやらあの岩山を動かすらしい事は判った。 神の御許・・・

よくわからないが、広場の奥はまた険しい山の斜面となっているが、その麓の真ん中には2つの大きな窪みがある。

この窪みに岩を置くと何らかしらのギミックで道が出てくるんだろうな。リュウは二丁拳銃がトレードマークのトレジャーハントするタラコ唇の女冒険者で出てきたゲームの仕掛けを想像した。


『とにかく岩を押せばいいんだな・・・』


と岩を押すまでもなく、一周が十メートル、高さが5メートルくらいもある円錐型に近い岩を人が動かすなど常識で考えると無理な話だ。

何でも使って良いのであればピラミッド建設の様に丸太をたくさん並べて大勢で引けば良いのだ。 だが、ここにはそのどちらもない。しかも、ここは修練の場。楽していい筈もないのだ。


リュウは駄目とわかりつつも岩を押す。当然ビクともしない。実際に試してみるとわかるだが、重いもの動かす時に使う力は半端でなく体への疲労が蓄積される。

押し続けるとすぐに酸欠状態にもなった。ここは標高の高い場所なので高山病にならないまでも下界よりも酸素濃度は薄くすぐに息切れを起こしてしまうのであった。


5分やっては5分休み。適度に休憩を入れながら続けるのが一番効率がいいのに気付いたリュウはひたすらその作業を続けるのであった。

一体、どのくらいの月日が続いただろうか? 

まず、最初のひと月で呼吸の乱れも少なくなり、5分続けていた岩押しが10分続けられるようになった。3か月で10分、半年後には1時間、1年後にはひたすら押す事が可能となった。


リュウは自分の体が身体強化されていくのがわかった。岩山を全身で押す時に使う筋肉と、呼吸と気の流れ、岩を動かすという思念、その全てが繋がっていることを感じる。


食事は広場の周りに数本の桃の様な木があり、そこには万年果実が実っていたのでそれを白翁仙人の助言どおり、朝晩に1つずつ食べている。


不思議なのはこの果実、毎日食べ続けているというのに数が一向に減らない。確かに取って食べると実はなくなるのだが、翌日に見ると元の数に戻っている。 ひょっとして0時にリセットされているのか? そのタイミングを見てみたいもの。何度かそれを試みたが、一度も復元の瞬間は見れていない。 

毎日全力で試練を続けているので夜になると心地よい疲れと果実によるものなのか知らないが、導眠効果で熟睡してしまうのだった。


単調な試練であるが変化もあった。試練を続けて数カ月経った頃、いつしかリュウの試練風景を一匹の黒猫が見にくる様になった。

愛想があるわけでもなくリュウの試練岩の上で昼寝をしたり、欠伸をしながら木陰で眺めていたりするだけだが、誰とも一切話すことのないリュウにとっては猫が近くにいるとなんだか嬉しかったりした。 しかも、リュウは元来の猫好きで、過去にも何度か猫を飼っていたこともあるのだ。


『クロ、今日も来てくれたんだな』


リュウは黒猫を”クロ”と名付け、修練の合間にクロと会話をするのが日常となった。もちろんクロがそれに応えるわけもなくただ近くにいるだけだったが、リュウはそれだけで満足だった。


不思議に思えたのが、クロは腹を空かすこともなく、一体なにを食べて生きているのが?この修練場には他に生き物がいる様には見えなかった。

しかも、朝いつの間にか来て夕方になるといつの間にか消えている。巣穴かなんかの寝倉があるんだろう。リュウはそう考えることにした。


修練を始めて既に3年の月日が経過した。

この頃になるとリュウは単に力で押すだけでなく気を込めた波動で押す事が出来るようになり、あのビクともしなかった大岩が少しずつ地面を引きずりながら動くようになっていた。


この3年間でリュウは人間の数百倍の力と波動力を使いこなせる様になっていた。波動とは気の流れを操作して覇気を対象にぶつける事のできる技で人間で使えるのは過酷な修行をして悟りをひらいた一部の者だけで使える頃には老齢になっているのが通常で若くして使えるリュウは完全なイレギュラーとも呼ばれる存在だ。


『結構時間が掛かったけど、そろそろ仕上げといくか』


リュウは岩山を発砲スチロールで出来たと思わせるような軽い動作で動かし2つの窪みそれぞれに岩山を鎮座させる。

すると2つの岩山が同時に一段沈み込み、左右の岩山の真ん中に以前に見た仙界門と同じような門が出現した。


”力ある者よ 次へと進むがよい”


どこからか響く様な低い声が聞こえてきた。リュウはその言葉の指示通り、門をくぐり次の試練へと赴いた。

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