第2話 白翁仙人

しばらくしてリュウは山を脱するべく歩き始めた。延々と道なき道を歩く。獣道すらない秘境というのも珍しい。


3日間歩き続けた。これだけ歩いて人里どころか道もないのもおかしい。 一体ここはどこなのか? 疑問は深まるばかりだった。


この3日間で最初の大熊との遭遇の他、白い大蛇や凶暴な手長猿、大型のトカゲなどに襲われ、都度撃退していた。どの獣も日本に生息している筈のないものだった。日本どころか地球上のどこかにいるというのも見たことも聞いたこともない生き物ばかりだった。 


食料は倒した獣(魔物?)を中心に食べられる山菜やキノコ類を採取して補給してたが、戦闘遭遇率は数時間に一度程なので連戦での体力消耗も少なく危険性は感じられなかった。

それどころか、何故か食事をする度にそれ以上の回復をしている。というか力が漲る感じがしていたのが不思議だった。


リュウは太陽や月の位置で方角はなんとなくわかるのだが、地形が理解できていないのでどこにどれだけ進んでいいのやら判らない状態だ。 


そして日は流れ、この地に迷い込んで既に1カ月が過ぎようとしていた・・・


渓流の水音が聞こえてきたので水を補給しようとそちらに足を運ぶことにした。ちなみに水は倒した獣の胃袋を水筒代わりにして携行していた。


崖の下を見下ろすと渓流が100メートル程先に見えた。

渓流の岩の上には釣りをしていると思われる老人が一人佇んでいる。


『やっと人に出会えたな。これで何とかなりそうだ』


サバイバルに慣れたリュウでも流石に今回は先が見えずに知らない世界に見たこともない生物との遭遇で不安になっていたので言葉からも軽く喜びが溢れ出ていた。


とはいえ、突然山奥で老人に声を掛けて驚かせてもいけないので先ずは向うから見えやすい位置から歩いて声を掛けることにした。

老人は背が小さく細く痩せているが健康的であり白く長い顎鬚を生やしていてアニメなどに出てくるカンフーの”老師”の様な感じだった。


『すいません、ご老人、突然で申し訳ありませんがちょっとよろしいでしょうか?』


『ほう?こんなところに人がいるとは珍しいものじゃ。お主、どこから来たのじゃ?この辺りには魔物も多かろうに?』


普通に言葉は通じた様だ。

老人は驚くというよりも面白いものを見たという表現が近いような顔をしてリュウの問い掛けに応えた。


『信じてもらえるかわかりませんが、気が付いたらこの森に居たんです。最初に居たところから30日くらい彷徨い続けていました。獣は都度倒して食料にしてました。』


リョウはこれまでの経緯を簡単に老人に伝えた。老人はやはり面白そうにリョウの話を聞いていた。


『なるほど。この地を生き延びて渡るとは大したものじゃ。少々腕に自信のある武人でも三日と持たぬというのに。 更に魔物を喰ろうて食事代わりにするとは人間離れした奴もいたもんじゃ』


『どれどれ・・・』


老人がリョウを凝視する。その時間は一瞬だったが、リョウは長時間をかけて何かスキャナーの様なもので自分の身体を走査された様な感じがした。


『うむ、やはり相当なものを持っている様じゃな。やはり儂の思った通りじゃったな。実に面白い』


『ご老人、何か変わったものでも見えたのですか?』


リョウが老人の言葉の意味が理解できずに聞き返した。


『ほっほっほ、心配するでない。儂は人の成長や能力を見る力があるのじゃ。 お主には常人とは思ぬ程の運動能力や精神力が見える。元来、資質はあったのじゃろうが、魔の森で倒した魔物の血肉を体内に摂り入れることによってその魔物の持つ力が少なからずお主にも蓄えられてきたという訳じゃ』


『なるほど。道理で食事をするごとに力が漲る感じがした訳ですね。ところで、ここは魔の森という所なのですか?』


リョウは老人の言う話を疑うこともなく信じた。


『うむ、ここは辺境の地で人は立ち入ることも恐れる場所じゃよ。お主の力でも歯が立たん強力な魔物がまだ沢山おるでの。そういう意味ではお主は運がいいぞ。 恐らく低級の魔物としか遭遇しとらん筈じゃ』


『そうなんですか?ちなみに強い魔物とはどの様なものですか?』


『この森を守護する”火水土風”の4つの龍とその眷属達じゃよ』


リョウはそれを聞いて少なからず驚いた。 龍とは伝説の生き物であり、実在しているとは思えなかったからだ。


『龍は伝説の生き物ではないのですか?それにここにいる魔物達もいままで見たことも聞いたこともないのが不思議です』


『お主、流れ人じゃな? 数年に一度くらいじゃが空間の狭間からこの世界に迷い込む人のことじゃよ』


『やはり私の居た世界とは違ったのですね・・・ ではゲートがある都市はどこにありますか?』


リョウは薄々この世界が異世界だとは気づいていた。だが、ゲートのある場所までいけば事情を説明すれば難なく元の世界に戻れるだろう。リョウはそう信じていた。


『はて?ゲートとはなんじゃ?長年生きとる儂でも初めて聞く言葉じゃ』


『ゲートとは異世界間十二世界を互いに往来できる門の様な装置です。30年前からの異世界間交流で各世界に順次設置され、今ではどの世界でも在るはずです』


老人はリュウの知ってて当然という口調にどうやら嘘は言ってないと理解したが、老人もリュウの言う世界は知らないのであった。


『どうやらお主らの住む世界とこの世界は異なる次元の存在の様じゃな。流れ人が皆お主と同郷とは限らんが、もし出会うことがあれば聞いてみるがよい』


リュウは戻れる可能性に期待していただけに落胆した。だが、まだ戻れる方法がないとも限らない。老人の言う通り流れ人を探して情報収集をするしかない。

そして、先程から疑問に感じていたことを老人に質問した。


『ありがとうございます。まずは流れ人について当たってみます。 それで、ご老人は何故この様な危ない場所に住んでおられるのですか?』


『ほっほっほ、危ない場所か。まあ、儂にとっては平穏な場所じゃよ、ここは。お主は気付いておらんじゃろうが、この近辺には魔物はおらんはずじゃ』


『そういえば、最後に魔物に出会ったのは朝方なので半日は遭遇していません。 なぜなのでしょう?』


『魔物が儂の気配を察して避けているのじゃよ』


リュウは老人の言う事が理解できなかった。


『儂はこの世界を守護する七仙人の一人、白翁じゃ。先程話をしていた魔の森を守護する四龍などは儂の掌で転がしておるようなもんじゃな』


老人は笑いながら語るが、リュウは目の前の老人がその様なすごい人物には到底思えなかった。


『仙人もまた私の世界では物語だけの存在でした。白翁仙人様。やはりすごいお力を持っておられるのでしょうか?大変失礼ながら私には理解できておりません』


『うむ、そうじゃろうて。普段から覇気を放出しておったらこの辺の生物は皆死滅してしまうでな。 気を抑えるのも結構大変なのじゃぞ。まあ、本気を出す機会なぞ皆無じゃがな。ほっほっほ』


高らかに笑う仙人を見てリュウは人ではなく神の様な存在なのだろうと理解することにした。 とはいえ、神の存在も今まで感じたことなどないのではあるが。


『そういえば、まだお主の名前を聞いておらんかったのう』


『これは大変失礼を致しました。私は 平 龍 と申します。元の世界はレイムと呼ばれる世界で、元々は軍人をしており、退役後はサラリーマン・・・(通じないだろうな) 物作りの職人をしておりました』


『なるほど。戦い慣れをしておるのは武人だったのじゃな。それに強そうな名前じゃ。自らを龍と名乗るとは。 それに武人から職人とはまた変わった職の変わり様じゃな?』


『はい。一度しかない人生で自分のやりたいことが他にありましたので・・・』


リュウのやりたかった事、それは趣味のゲームをしたりアニメを見る時間が欲しかったという理由だったりする。 24時間いつ何時緊急任務が入るかわからず、任務を遂行中は趣味は一切できないという環境下にいたので不満が蓄積されていたのだった。 他人から見ればそんなことでというかも知れないが初めてハマった趣味が出来ない事がリュウには辛かったのだ。

退役後はゲームを製作する仕事でも良いかと思ったが、趣味と仕事は分離させた方が良いと考えてリュウはそれを選択しなかった。


『よろしければ今後のために、この世界の事を教えていただけませんでしょうか?』


『そうじゃな。それくらいはお安い御用じゃ。 まず、この世界は北と南の大きな2つの大陸で構成されておる。 今いるのが北の大陸で大きな湖を中心として周りに4つの領地が存在し国を構えておる。この魔の森は大陸の西の果てにあり、人とは交わることなく隔たれた土地じゃ』


『なるほど。この大陸には4つの国があるのですね。この魔の森から一番近い国はどこになるのでしょう?』


『一番近いのは”マキワ”じゃな。広大な砂漠とオアシスを持つ国じゃ。お主はそこに行きたいのか?』


リュウはまずマキワという国で流れ人を探して情報収集をしようと思っていた。


『ふむ。ここからマキワへ向かうのも良いが、お主 修行をしてみる気はないか?』


『修業ですか?』


いきなり修行といわれて何故?と頭に疑問を浮かべるリュウだった。


『お主は人の世では確かに強い部類に入る存在じゃ。しかし、世界には魔物の様に人より強い存在や、更に邪悪な存在もいるのじゃ。 お主がこの先どう動くかはお主自信が決めることじゃが、この世界にとってもお主の存在が少なからず影響を与るであろうことは仙人である儂には感じられるのじゃ』


魔物はわかるが、邪悪な存在というのは何だろうか? ここは元の世界とは異なる何でもありのファンタジーな世界なのだからいるのだろう。 とはいえ、そういう強大な存在に対抗する力が人にあるのか?否だろう?


『白翁仙人様、私を買いかぶり過ぎです。私には到底その様な者にはなれるとは思えません』


全く自信というか不可能であると脳内で確定済のリュウに仙人は諭す様に語りかける。


『確かに今のままではムリじゃろう。そのための修行なのじゃ。この世界にはお主の世界にはなかったものがある。例えば魔力じゃ。お主の身体には魔力の流れが殆ど感じられんが、それは使う必要がなかったのと、使いかを知らんかったからじゃ。修行ではお主の潜在能力を引き出し、更に伸ばすことを行うのじゃ。 又、この世界になくてお主にあるものもある。それら両方の力を持ち活かすことが出来れば面白いとは思わんか?』


魔力??この世界は魔法使いがいるのか?いやはや摩訶不思議だ。だが、確かにリュウの趣味であるゲームでも魔法は遠距離と広範囲で大ダメージを与えられる魅力的なスキルだったので職業選択はメイジをよく選んでいた。 まあMPが限られるので後先考えずガンガン使うとガス欠で死亡が確定するのだが。

と、いろいろ自分が魔法を使うところを考えると楽しくなってきた。


『私にも魔法が使えるようになるのでしょうか?才能があるとも思えませんが・・・』


『お主、魔物の血肉を喰らっておったな。もう既に魔力が蓄えられとるぞ。それとじゃ、魔法を例えに出したがあくまでも例えの話じゃ。お主の光るところは他にもあるはずじゃ。今から答えを教えたら面白味がないからのう。お主が修行の中で自分で掴むのじゃ』


『わかりました。それでどの位の期間の修行になるのでしょうか?』


『それもお主次第じゃな。修行は五つの試練となっておる。一つの試練が終わって次の試練に移行できるのじゃ。だからその試練が達成できねば先に進むことはできん。まあ、数百年もかかることはないじゃろうて』


『す・数百年って、達成する前に死んでますよ!』


思わずリュウが仙人にツッコミを入れる。


『確かに。この世界ではそうなるじゃろうな。修行場は仙界門をくぐって時の狭間にある。実世界では膨大な時間が修行場では刹那な時間でしかないということじゃ』


なんだか眉唾な感じだが、好きなアニメで神様のいる空の上の神殿にそんな感じの部屋があって修行をしていたお猿さんの話を思い出した。


『なんだかお伽噺みたいなお話ですね』


『ご都合主義とも言うようじゃの。ほっほっほ。 まあ、案ずるより産むが易しとも言う。まずは行って試してくるがいい。 修行の間は近くに成っている果実を食べるといい。朝晩一つずつで十分じゃ』


『なんだか不安ですが、やってみます』


仙人が手を前にかざすとそこには鳥居の様な石造りの門が現れた。


『この門が仙界門じゃ。行くがいい』


リュウは門に吸い込まれる様に飛び込んだ。


『ほっほっほ。どの様に成長して戻ってくるか楽しみじゃのう』


仙人は白く長い顎鬚をさわりながら今から待ち遠しい気持ちでリュウを見送った。

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