第55話 不安と懸念
エルダにボリスへの伝言を頼まれたときは、これで彼女が国王を救うことができたら、という期待で胸が弾んでいた。けれども、ボリスに会って彼の様子を見ると、国王の病状はよほど楽観できないほどのものらしい。
──ボリスさまは何も感じてないのかしら。
サーシャは上目づかいでボリスを見た。
白皙の顔は、すこしばかり青白い。
「……ボリスさま。ぼく……ぼくが心配なのは、エルダさまが、これ以上、みんなから」
とぎれとぎれに言葉を重ねるサーシャの必死な表情に、疲労していたボリスの心は敏感に反応した。
──エルダ。
彼女は、この天空の城に来てからも、一時も心を休められていない。
「みんなから、あんなふうに見られるなんて、我慢できるのかなって……」
サーシャの声は小さくかすれていく。
ボリスは、小さな味方の肩を抱きしめたくなった。
「大丈夫だ。だからこそ君にターニャの気をそらしていてもらうのだから」
「え?」
「エルダは部屋を出ていない。ターニャには、そう思わせておくのが良い。どうすればいいか、君にはわかるだろう?」
サーシャは、それを聞いてようやく納得した。
──── † † † ────
暗い石壁の通路を歩きながら、エルダは不吉な予感に波うつ胸の苦痛に耐えていた。前を行くボリスの、銀に輝く髪が揺れる、さやさやという音と、二人ぶんの足音だけが聞こえている。
ボリスの手のひらは、いつもよりもすこしだけ冷たい。
エルダは両目をぎゅっと閉じた。
自分に何ができるかは分からない。もしもイワン王の病の原因が自分の推察したものであったとして、癒すことはできるだろうか。
エルダの魔力は、邪悪な念によってもたらされたものだ。人を救うよりも、絶望の奈落へ堕とすことに、より力を発揮する。
歌声をその耳に届かせなくとも、血の絆によって実の父を殺すことはできる。もちろん、エルダ自身の死という条件は必要だが。しかし、同じ条件をつけたとしても、実の父を、たとえば死から救うことはできない。
破壊、混沌、騒乱、死。
そういったものに強力な力を及ぼしてきた魔力が、果たしてイワンを救えるものか。
エルダは自信がなかった。
けれども、自分と関係のあるものによって奪われてしまっただろう、彼の健康を取りもどす。そのことに努力しない理由にはならない。
「エルダ」
不意に、前方から低い声がした。
胸がしめつけられそうな、優しい声音だ。
「無理はするな」
息をのむ。
「たとえ父上を治せなくても、誰も君を責めたりはしない。そんなことは許さない。それがたとえ君自身からのものであっても」
エルダの手をつつむボリスの手に、力がこもった。
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