第31話 招かれざる者たち

 追いついてくるサーシャの叫びを耳にすると、ソーニャはすぐさま行動に移った。


「姫、お許しを」


 言うが早いか、こぶしを振るう。その一撃で、エルダは気を失った。


 倒れこんだエルダを近衛兵の腕から強引に抱き上げ、ボリスはソーニャには一瞥もくれずに貴賓室へ戻った。部屋の前で瞠目したエリンとターニャに短く命じ、エルダの寝室へと入る扉を開けさせる。エリンはすぐさま諒解して、寝台の幕を開いた。


 ボリスの後ろをついてきていたサーシャとマーロウも、寝室に入ってきた。

 黒猫はボリスが横たわらせた主人の枕元に腰かけてその頬に額を寄せ、童僕は王子のマントをつかむ。


「何があった? サーシャ。おばあさんというのは誰だ」


 囁きにちかい声は、怒りを押し殺している。

 サーシャは、まるで自分が責められているように感じられて身を縮めた。


「城下町の、おばあさんです。せんじゅつ師で、予言を教えに来たと言っていました。エルダさまのことを『ほろびの使い』だと言って、自分が始末してやると……」

 とても最後まで言えず、サーシャは口をつぐんだ。頭の上から、ボリスの感情を抑えた声が降ってくる。


「城下町の占術師……リジアか」


 霧雲に違法なものが隠されていると告発し、ソーニャにエルダを発見させた者だ。


 ボリスは大きく息を吸う。

 とにかく、父を窮させる行動だけはしてはならない。それには冷静でいなくては。そう言い聞かせて気を落ちつかせると、ボリスはエルダをエリンとターニャに任せて貴賓室を出た。


 廊下では、ソーニャが近衛兵に注意をしている。ボリスは彼女に先に行くと伝えると、居住域を降りていった。

 おそらくリジアは城の正面にある広場──城下町側の城門──にいるだろう。何人かの信者を連れて。


 苦々しさが広がって、ボリスの心は曇った。ソーニャにエルダを霧雲の中から救い出させたという占い師への感謝は急激に薄れている。そのかわり、怒りが向けられていた。

 そんな王子を、サーシャは不安げに見上げる。

 エルダに出会うまで、ボリスは誰よりも寛大で、人の誤りを笑って許すような人だった。1人の者に嫌悪や憤怒を向けることなどなく、むしろひとりひとりへの感情が均一で、扱いは平等だった。だが、しかし、いまは明らかに違う。


「サーシャ。エルダ姫の部屋に行ってくれ」

 不意をつかれ、サーシャは立ちどまった。断然たる命令が続く。


「彼女が目を覚ましたら、占術師の老婆は城下町に帰ったと言うのだ」

 目をしばたたくサーシャの顔を見もせずに、ボリスが続ける。

「それから、彼女に『実り袋』を手放さないようにと伝えるように。決してほかの誰の手にも触れさせてはいけない。そうしなければ、皆が彼女が心配で眠れないと。わかったね」

「……はい」


 サーシャの足音が遠ざかるのを聞きながら、階段を降りていく。肩で切る風は妙に冷たく、耳元は熱かった。


 正面入り口のホールに着くと、父王イワンが大臣と将軍を従えて立っていた。


「ああ、ボリス。そろそろ来るだろうと思っていた」

「父上。いったい、どういうことですか」


 ナボコフ大臣とペトロフ将軍が顔を見合わせる。2人にも、王子の変化が判ったのだ。


「リジアという占術師が、信者を連れて城に来た。サーシャから聞いたろう。先ほどから城門の前で騒いでおる。城下町まで騒ぎ出した故、城の正面広場に入れた」

 動揺をいっさいうかがわせない国王の声。

 それを聞くうちに、ボリスは次第に気を静まらせている。


「広場で会うのですか」

 イワンは緩やかに頷いた。

「この面談は、秘するべきではない」

 決然と断言したイワンに同行するよう言われ、内心で安堵したボリスが正面扉から外に出ると、そこには気色ばんだ老女と数人の町人、それから町長と警察隊長が立っていた。

 気がつくと、後ろにはソーニャが来ている。


 完全に冷静になっていなかったことに気づいて、ボリスは自分自身に驚いた。


 国王と王子、それから3人の重臣が正面に立ち並ぶと、老女は儀礼を完全に無視して、前触れもなく叫んだ。


「王は『滅びの使い』を城内に入れた!」

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