第18話 魔法の指環
ボリスとソーニャが異口同音に驚く前で、金髪の女性は、サーシャの肩に触れた。その目は大きく見開かれ、唇は何かを言いたげに、わずかに開いている。
「どういうことだ、サーシャ」
ボリスはそう尋ねたが、金髪の女性も同じことをサーシャに尋ねていた。
サーシャは女性に頷いて見せてから言葉をつづけた。
「このひとは口がきけないんです、ボリスさま。だから、ボリスさまの力で治していただけたらと思って」
「口がきけない?」
ボリスとソーニャがふたたび声をそろえる。ふたりは視線を女性に向けた。
困惑している不安げな碧眼にぶつかって、ボリスは目をそらしそうになる。
「本当に、話すことができないのですか」
ソーニャの確認に、彼女は左手を右手でつつみながら頷いた。右手の指先が、小刻みに動いている。
何かを迷っているように見えた。
「ね? だから、ボリスさま。ボリスさまの、“光と闇の癒し”で、治してあげてください」
ボリスは女性から目を離し、振り向いて、ソーニャの目を見た。彼女が頷いてさえくれたなら、金髪の女性に力を使い、細かい話ができるようにするべきだと思ったのだ。もし力を使って彼女が声を得たとしても、それは空の民にとって害を及ぼすようなものではないだろう。
ソーニャも同じことを考えていた。
「殿下。今はまず、彼女の心を知らなくてはなりません。そのためには、対話するほかに手段はないかと思われます。どうか、殿下のお力で、彼女に声を与えてください」
「……わかった」
サーシャの唇に、心から嬉しそうな笑みが浮かんだ。彼は金髪の女性の手をとり、明るいソプラノで彼女を励ます。
「よかった。すぐに声が出るようになりますよ。ボリスさまは病気や疲れも治す力をお持ちですから」
ボリスが近づいて、右の手のひらを彼女の咽喉にかざした途端。異変が起こった。
サーシャの手を振りきり、激しく首を横に振った女性が、身をよじってボリスから逃れたのだ。
「どうしたの?」
怯えきって後ずさりした彼女は、勢いで、本が高く積まれた机にぶつかりそうになった。急いでサーシャが彼女に駆け寄る。
ボリスはショックを受けて立ちすくんだ。
「大丈夫ですよ。怖いことなんてないから。ボリスさまにお任せすれば、絶対に大丈夫」
死人のように青白い顔をして、彼女はサーシャ、ボリス、ソーニャの顔を見た。
説得をしようとして口を開いたサーシャに、彼女は自分の手のひらを見せる。
「なに?」
彼女は左手の薬指にはめたルビーの指環をまわした。サーシャの顔に向けて広げた手のひらの側に紅い石が来ると、彼女はそれを、さらにショックを受けているボリスと、刀身の細い愛用の剣の柄を手にしたソーニャにも見せた。
何をするのか見当もつかない。
「やめて、ソーニャさま!」
剣を抜いたソーニャにサーシャが叫ぶ。気配を察し、ボリスは視線を動かさすことなく、ソーニャを制するために右腕を水平にあげた。
ソーニャは剣呑を感じたようだが、彼女の動きは不意打ちを狙っているものではない。それなら、もっと機敏に動いたろう。
ボリスの眼前で、女性は指を曲げて、紅い宝石を手のひらに包みこんだ。そのこぶしのなかから、宝石と同じ、紅い光のすじが放たれる。
一瞬、3人は目がくらんだ。背を向けていたサーシャでさえ、腕で目を庇った。けれども、光はすぐに消えた。
3人が目を開けて彼女を見ると、その手には革張りの立派な本がある。
サーシャは、その本を、てっきりボリスのために司書から頼まれてエリンが運んできたもののうちの一冊だと思った。しかし、彼女が表紙を開いて、ページをめくってみせると、すぐに違うと気づいた。
開かれたページは、真っ白だった。
「この本は……?」
声も出ないボリスとソーニャが、落ちついたサーシャの声に誘われるように2人の傍に近づいてきて、本を覗きこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます