第4話 警備兵ゴルタバ

 天空城の門番は、ゴルタバが竜を連れてきたのを見て、目を丸くした。


「おいおい、どうしたんだ、そいつは」


 ゴルタバは、にやりと笑う。

「雷雲にとっ捕まっていやがったところを、この俺が助けてやったんだ」


「竜が雷雲に?」


 門番は疑わしそうにゴルタバと紅い竜を見つめた。無理もない。竜というのは天気の荒れに敏感で、危険な空域からは一番に逃げ出すような生物なのだ。第一、竜は炎と雷を操るものである。雷に打たれるはずがない。


 竜を持ち上げたまま、ゴルタバは余裕そのものの表情で答える。


「現にそうなってたんだから、しかたないね。ほら、見ろよ、こいつ、火傷だらけだろ? さっさと開けてくれよ。手当をしてやらなきゃ、とてもじゃないが地上に帰れそうにもねえんだ。陛下にも、ご報告しなきゃならねえしな」


「あ、ああ、わかった」


 門番の手で開けられた門扉を、ゴルタバは確かな足取りでくぐった。扉のきしんだ音に、竜の子どもが不快げな鳴き声をあげる。だが、ゴルタバはそのていどのことには頓着しなかった。


 城門から天空城の大広間に入っていくと、侍従や侍女が立ち止まって彼を見た。正確には、彼の腕に抱えられた傷だらけの紅い生きものを、唖然として見つめていたのだが、ゴルタバはもちろん、竜も少しも気にかけない。無遠慮な視線を無視して、彼は見知っている侍女に声をかけた。


「よう、ターニャ。こいつの手当てを頼むぜ」


 15歳のターニャは顔をしかめた。彼女はゴルタバの母親の従妹の娘で、幼いときから知っている。ゴルタバにとっては妹のような存在だ。


「ごあいさつね。わたしの手が空いているかどうかも訊かないで」

「手が空いてないってのか?」

「手は空いてるわ。だから、弟の様子を見に行こうとしていたの」


 薄黄色の帽子の下から、青緑の瞳が恨めし気な光を放つ。

 ゴルタバの笑顔に、親しげな揶揄の表情が混じった。


「サーシャより殿下の様子が見たいんだろ」


 さすがに声をひそめてはいたが、彼の声はもとから大きい。ターニャが慌てふためいた。


「滅多なこと言わないで! いいわ、侍医の頭さまをお呼びするから、看護部屋に運んでちょうだい」

「どの看護部屋だって?」


 立ち去りかけたターニャが水色のスカートをはためかせ、憤然と振り向く。


「警備兵のに決まってるでしょ。解ってると思うけど、勝手に帰ったりしないでよ。そこで待っていて」

「おまえと侍医の頭を待ってればいいんだろ。俺の腕力が必要だもんな」


 濃い眉毛を動かして返事をし、ターニャは王族の居住域へと入っていった。そこに足を踏み入れることを許されているのは、重臣たちのほかでは、国王と王子に仕える侍従か女官、侍女、それからたった一人の童僕だけだ。

 ゴルタバは、おとなしくターニャの言葉に従った。


 子竜の手当てが済むと、ターニャは急いで王子の童僕を務める弟のもとへ行った。忙しい国王への報告は侍医の頭が引き受けてくれたので、ゴルタバは、うきうきしながら警備兵の兵営部屋に戻って鎧を棚にしまった。鎖帷子だけは脱ぐのを禁じられているので、身に着けたままだ。


 いつもなら、このあとは街に出て、一夜の相手を物色するのだが、今日は既に見つけてある。彼は、誰にも見つからずに娘と楽しめる場所をいくつか確保していたので、そのうちのどこへ行くのかを考えながら城を出ようとした。しかし、結論を出す前に、彼は人声の騒がしさに考えるのを邪魔された。


「おい、何ごとだ?」


 通りかかった侍女に声をかける。すると、侍女は急ぎ足を止めてゴルタバを見上げた。


 ひどくうろたえ、怯えている。


 ゴルタバは侍女を見て、そう思った。そして、青ざめた侍女からかえってきた答えに、彼は肝をつぶした。


「ソーニャさまが、つい先ほど……その、人間を……連れてこられたのですわ。それも、霧雲の中に閉じこめられていた、若い女性だそうですのよ」


 ソーニャは、彼にとって、最も苦手とする女性だ。強く凛々しい、厳しく勇敢な女性であるというばかりか、警備隊の女隊長だということ──つまり彼の上官であるということ──は、頑強な男性優位思想にひびを入れかねない。加えて彼女が将軍の一人娘ともなれば、警備兵の誰もが苦手に思っても不思議はないだろう。


 荒くれ者も大勢いる警備隊の隊長が務まるような女性は、強さを旨とする男にとって脅威だ。


 ソーニャの冷徹さと、無慈悲なまでの厳しさは、まぎれもなく彼女の父親であるペトロフ将軍ゆずりの気質であろう。


 ゴルタバは、騒動に巻きこまれないうちにさっさと城から出た。そして、城下町の盛り場にでも逃げこんで、口をつぐんでしまおうと腹を決めた。

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