第3話 紅の竜と美貌の少女

「あれぐらいの大きさなら、何とかなるな」


 ゴルタバは、『風袋』を取りだした。警備兵用の大きな袋で、何も入っていないときのようにたたんであるというのに、しっかりと革紐で口が縛られている。それを広げると、ゴルタバは革紐を解いた。


「これをくらえ!」


 雷雲に向かって、袋の口を大きく開ける。その中から烈風が噴出した。その勢いにゴルタバのほうが飛ばされそうになる。

 竜が首をゴルタバのほうに向けて、火傷を負って傷ついた翼を勇猛に羽ばたかせた。


「いいぞ! この風を使って、雲の横に飛び出せ!」


 ゴルタバが叫ぶ。天空人には、理路整然とした言語を持たない種族とも会話ができるという能力もある。紅の竜は、彼の呼びかけを正確に理解したようだった。


 雷の荒れ狂うなかを抜け、紅い体が、投げ出されるように雲から飛びだした。雷雲が遥か遠くに飛ばされていく。それを見送ると、ゴルタバは袋の口を革紐でくくり、しっかりと縛ってから、たたんで懐に入れ、竜のほうへ飛んでいった。


「おい。おまえ、」


 よろよろと羽ばたいている竜に声をかけた彼は、大丈夫かと問いかけようとして声を止めた。


 竜の背に女が乗っている。


 白い毛の飾りがついた、ばら色のマントに、長いまっすぐな金髪が広がっている。あれほどの風と雷の中にいたとは思えないほど、その髪はつややかで、もつれもなかった。

 額を竜の背中にあてて気絶している女を、ゴルタバは太い両腕を伸ばして傷ついた竜から下ろした。


 やわらかな身体は冷えきっている。しかし、火傷だらけの竜に比べて、目立った怪我は、どこにもないようだ。それだけでも驚きであるが、あおむけに抱いた女の顔を見て、ゴルタバは仰天した。信じられないほど美しい。優美な姿をもつ妖精や精霊の王族と並んでも全く引けをとらないばかりでなく、神人や、存在するとしたら女神にも負けないだろう。それほどの美貌だった。


 明るい茶色の整った眉に、灰色の長い睫毛。高い鼻梁の下には、心を揺さぶるほど愛らしい唇がある。美の女神アルフィディートすら、この美しさを目にしたら平静ではいられない。そう思わせるような、若い娘。美女を見慣れているゴルタバにとっても、新鮮な驚きと興味をそそる娘だった。


 この娘の声音は美しいだろうか。そんなことを思いながら、ゴルタバは彼女の咽喉から小さな叫びが上がる瞬間を夢想した。

 これほどの娘なら、どれほど嫌悪されようとも、この情熱を叶えなくてはたまらない。


 ゴルタバはあたりを見回し、具合の良い霧雲を探した。子どもたちが遊びに使っている隠れ雲になら、どんなものでも隠しておける。リベルラーシのはずれにまで、かくれんぼをしにくる子どもなどいないはずだ。見つかりはしないだろう。


 夜までに、鎧を置いてこなければならない。しかし、この娘は、誰にも見つかってはならないのだ。


 ちょうど良い大きさの霧雲が見つかると、ゴルタバは急いで、美しい娘を雲の中に押しこんだ。そしてさっさと立ち去ろうとして、真正面に飛んできた紅い竜と目が合い、苦笑した。


「おまえを助けたんだったよな」


 竜は身震いし、弱り切った体をゴルタバの両腕に預けた。自分よりも3倍は大きい竜を、彼はやすやすと持ち上げる。


 自分自身の欲望を閉じこめた霧雲をあとに残して、ゴルタバは天空城をめざした。そして、それが何者にも見つからないよう、唯一の目撃者である竜に念を押す。


「おまえの手当ては城の侍女に頼んでやる。だから、あの娘のことは、誰にも言うんじゃないぞ」


 無邪気な子竜が応諾すると、彼は満足げに微笑んだ。


「それで? あの娘は人間の身で、なんだっておまえの背に乗ってたんだ?」

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