第2話 天空人狩り

 140年前に起こった、人間による天空人狩りと同じ手口だったことから、おそらくは人間に正体を知られて襲われたのだろう。


 天空人の頭蓋骨にあらゆる災いを防ぐ力が、そして心臓には長寿の神力が宿っているという邪悪な迷信は、天空人狩りが行われたころから今日まで、消え去ったことがない。天空人の存在は誰もが疑わしく思っているくせに、もしも存在しているなら、その力を手に入れたいと思っている。そんな輩が、人間の中につねにいるからだ。


 天空人の身体のどの部分にも、人間と違うように見えるものはない。そして、どの部分にも、不思議な効果を与えるような力はない。彼らは、生きていてこそ不思議な力が使えるのだ。


 しかし、人間は、ひとたび天空人の能力や、彼らの道具による“奇跡”を見ると、決して貪欲な希望を捨てることができないのだ。天空人狩りによってそれをよく知った彼らは、自分たちの存在を伝説化し、隠すようになったのである。


 人間を避けることで、この140年もの間、天空人は身の安全をはかってきた。それが8年前に破られてしまったのである。


 再び起こりうる悪夢を避けるため、天空城の城主・イワンは、人間の前では決して奇跡を見せてはならないという布令を出し、民にかたく言いつけた。そして、むやみに地上へ降りないよう規制した。


 リベルラーシにいるかぎり、人間を恐れることなどない。彼らは、いまはまだ、空の高みにまではやってこられないのだから。だからこそ、つねに進化しつづける技術力を持つ人間の目を空に向けないよう、注意しなければならなかった。


 ところが、8年間というのは天空人にとっての時間であり、地上ではその2倍、つまり16年が過ぎている。天空人狩りの時代からは実に280年だ。その時間の大半を平穏に過ごしてきた空の民は、人間の記憶の脆さという事実認識もあって、少しずつではあるが、警戒心を軟化させてきていた。


 地上においての約300年間、殺された天空人が一人だけであったことと、その後の16年間は犠牲者が出なかったこともあって、一部の空の民は、地上の人間に対して心が無防備だった。そんな人々の中でも、ひときわ緊張感のない若者がいる。それが彼、ゴルタバだ。



 天空城の警備兵であるゴルタバは、地上の人間でいえば46歳であるが、天空人の寿命と老化の速度からいえば、まだ23歳の青年である。地上に暮らす、似た職業に就いている若い男とまったく同じように、彼は溢れかえる精力をもてあましていた。


 毎晩のように城下町の集まりに顔をだし、大勢の娘に声をかけては次々と欲求を満たしていたが、心から惹かれる存在には出会えなかった。彼はそのうち、その場しのぎの相手との行為に満足できなくなってしまった。


 警備兵の仕事は主にリベルラーシの警邏で、5時間ほど空中から見回れば一日の仕事が終わる。

 ゴルタバは、過分に与えられた休息の時間に沸きあがる欲求を紛らわせるだけで、警邏中よりも疲れてしまった。仕事中のほうが体力を消耗しないなど、なんとばかばかしいことか。


 そんなわけで、この日、彼は決められた時間よりも長く、リベルラーシの上空を滑空していた。


 前日に近づいてきていた雷雲のあたりに近づいたとき、ゴルタバは一瞬、目を疑った。


 光の帯を発射している黒い雲の中に、紅に輝くものが見えたのだ。どう見ても竜である。


「子供の竜め。何を間違えて雷雲なんかに捕まってやがるんだ」


 空中で立ち止まって、ゴルタバは呟いた。


 警備兵は、リベルラーシの近空で困っている者を助けるのが決まりだ。たとえ、それが天空人ではなくても。

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