第4話お茶会

 真由美が誘拐されて三ヶ月後。

 「マユミ! グラウンドフロアでティータイムにしよう!」

 またしても、リチャードは突然真由美の部屋にやって来た。

 「ノックもできないの? 紳士気取りが」

 真由美は専用の椅子に座り脚を組んでいた。

 リチャードが部屋内に来るまで、この部屋には真由美一人しかいなかった。

 世話係のレイチェルの姿が朝から見当たらなかったからだ。

 仕方がなく一人でイギリス文化の本を読んでいたところ、リチャードが中断させたことになる。

 「ああ、僕は立派な紳士だよ、マユミ。それより早く行こう! きっと、素敵な時間になるよ」

 リチャードは真由美から本を取り上げ、その手にキスをした。

 「ちょっと、それいい加減に止めてよ」

 「ああ、恥じらう君も最高に素敵だよ」

 リチャードは真由美の話をまったく聞いていない。

 渋々手を引かれてグラウンドフロアに上がると、室内が花畑のようになっていた。

 「うわ、何これ……」

 「君のために用意させたんだ。残念ながら外に行くことはできないけれど、せめてこれくらいはしてあげたいからね。この国では昔からガーデニングにこだわる人間が多いのさ」

 リチャードの言う通り、黄色やピンクなど色とりどりの小花が咲き乱れている。

 「へえ、日本のガーデニングとは違うんだ。なんかこう、素朴な感じだね。野原にいるみたい」

 リチャードが椅子を引くと、真由美は左右に首を振りながらその席に座った。

 「そんなに珍しいかい?」

 リチャードは真由美の顔を覗いた。真由美がそっぽを向くと、ため息をついた。

 「日本のガーデニングはどうだい? 確かカドウというのがあるのだろう?」

 「ああ、華道ね。ガーデニングではないわよ。私は詳しくないけれど、一言で言うならば、花そのものの色を強調する芸術かな」

 「それも素敵だな」

 リチャードはテーブルの円に沿って歩き、真由美と向かい合うように座った。

 二人の間には、チョコレートケーキやフルーツタルトがケーキスタンドに盛り付けられていた。

 「それにしても、これだって……どうしたの? それにリチャードがこの階に上がらせたのも、珍しくない?」

 真由美が両膝に手を乗せていると、リチャードは「失礼」と言って、先に紅茶に口をつけた。

 「うん」と頷くと、リチャードは真由美に紅茶を勧めた。どうやら毒見だったらしい。少なくともリチャード自身が手間をかけたわけではなさそうだ。

 「君がレイチェルに言っただろう? イギリス文化を学びたいって。できる範囲だけれど、君の願いを叶えてあげたいんだ」

 「できる範囲、ね……」

 真由美はチョコレートケーキに手を伸ばし、横目で花畑の奥を見た。

 確かに言葉通り、部屋全体が庭のように緑と花で埋め尽くされている。外壁から窓を覗かれないように。

 そのため日光は遮断されている。代わりに十数本のろうそくが灯りとなっている。

 「大体、この花とかどうしたの? まさかあんた、どこかの家からごっそり盗んできたんじゃ……」

 「まさか。そんなことしないよ。これはもともとアジトの庭に植えていたんだ。それをここに移動させただけ。気に入ってもらえたかい?」

 「ケーキはね!」

 真由美は口を大きく開けてケーキを頬張った。リチャードが黒髪に触れようと手を伸ばすと、真由美はケーキを裂いていたフォークでその手を突いた。

 「相変わらず手厳しいな、マユミ」

 「フン!」

 「アールグレイのティーはどうだい? この国が誇るメーカーのものなんだ。ティーカップは透明無地のガラス製で申し訳ないね。君には花模様が似合うと思うけれど、これだけは譲れないんだ」

 「別に器なんて……でも、これも美味しいわね。日本製の紅茶とは大違い!」

 真由美の人生初のお茶会は、誘拐犯と二人きりという、相変わらず奇妙な組み合わせで行われた。

 そのときの真由美の頭には食欲しかなかった。


 数時間後、真由美はベースメントフロアに戻り、昼寝をしていた。

 一方、グラウンドフロアではーー。

 「おい、リチャード! 身代金はいつ請求するんだよ? あとどれくらいあの女の面倒を見なくちゃならないんだ。泥仕事までさせられるとは思わなかったぜ!」

 リチャードに訴えたのは、白い肌にブルーアイの男性、ピーターだ。

 確かに、ピーターとジャックはつなぎを着て、泥だらけになっていた。

 レイチェルはお茶会の飲食担当だったので、エプロンを外してもチョコレートの甘い香りやジンジャーの名残が漂っていた。

 「リチャード、念のために訊いておくけれど、今後あの子をどうするつもりなの?」

 すると、リチャードは椅子ごと体を回し、冷酷なグリーンアイで二人を黙らせた。

 「確かに俺はお前たちにマユミを誘拐させた。それは認める。しかし身代金は要求しない。できるはずがない。彼女は俺の花嫁になるのだから。金なら他の方法で手に入れればそれで良い。今までそうしてきただろう?」

 レイチェルは心に痛みを感じた。彼女はリチャードの役に立ちたい一心で、真由美の世話係を引き受けたのだ。けれど、氷のように冷たい目には、レイチェルは映っていない。

 「ったく、やってられるか! 悪いが、俺は抜けるぜ、リチャード」

 「、よく聞いて。これからはマユミに対して物騒な発言を控えるように。とくにレイチェル、お前は最も接する機会が多いのだから、今まで通りマユミが女性として不便がないよう、常に配慮すること」

 リチャードはレイチェルとジャックの目を見ていない。それどころか、二人に返事を求めていない。

 ただ、彼が手にしているのはーー。

 「がはっ!」

 ピーターにめがけたナイフ一本だった。

 「お前が不服さえ口にしなければ、長生きできたのに。残念だが、お別れだ」

 ピーターはあっけなく膝を着いた。彼が最期に見たリチャードは、悪魔のようだった。

 ザッ!

 首にナイフを入れられ、ピーターはこと切れた。

 「レイチェル、ジャック。、適当なところに処分しておいてくれる?」

 レイチェルは白い肌が青ざめ、下ろした金髪が小刻みに揺れている。ジャックは褐色肌のため顔色が分かりづらいが、顎がカタカタと震えている。二人とも、恐怖を抱いているのだ。

 自分が生き残るためには、この悪魔の手足になるしかない。

 二人は痛感した。

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