サウナ・パーティとは一体なんだ?
日本とフィンランドは文化的にかなり似ている部分がある。
例えばお風呂の楽しみ方。
フィンランド人も日本の温泉のようにサウナを楽しむ。
それも、集団で。
僕が勤めていた北欧系の携帯電話会社はフィンランドのタンペレに一大開発拠点を構えていた。そこにはヘルミア2からヘルミア6まで、5棟の開発棟があったのだが、なんとその全てのビルのペントハウスはサウナになっていた。
ちなみにこれは日本も同様で、東京の開発拠点にもサウナを作ろうとしていたらしい。ところがこれが消防法に抵触するとかで残念ながらNG。仕方がないので東京の拠点の住人はサウナに入りたくなるとそのビルのスポーツジムを利用していたようだ。
横須賀の拠点はその点はクリアしていたらしくてちゃんとサウナがあったと聞いている。もっとも、その拠点はとっくの昔に売却済みで僕が入った時すでにそこはホテルに化けていたけど。
ともあれ、そういう訳でフィンランドの人たちは仕事帰りやチームのちょっとしたイベントでサウナを利用する。
みんなで素っ裸になってとりあえずサウナ。しかも伝統的には混浴だったらしい。今でも勇気ある女性は一緒になって素っ裸になっているが、そういう女性は多くの場合、ゾウアザラシの化身のような体型だ。
そのゾウアザラシが『どーだー』って感じにどどーんと裸でサウナに座っていても、男としては居たたまれない。逆にこちらが小さくならざるをえない(ちなみに混浴の場合、若い女性は今ではちゃんと水着を着てサウナに入るし、良識ある男性は腰にバスタオルを巻く)。
フィンランドのサウナの場合、楽しみ方は独特だ。多くの場合は大量のビールとソーセージ、その他おつまみ風のものが供される。そのため、サウナの隣は大きなダイニングになっていて、そこに食べ物とビールが積み上げられるようになっている。
サウナに入ったらとりあえずビール。日本では考えられないが、フィンランド人はそうやってどんどん血液をビールに入れ替えていく。
身体が温まったらたまに外に出て裸のままソーセージやおつまみを摘む。そして新しいビールを片手にまたサウナに入る。
後はこれの無限ループ、大概は泥酔するまで出たり入ったりを繰り替えす。
この辺り、日本の温泉旅行と似ているかも知れない。
ちなみに豪華なサウナだとダブルドアの冷蔵庫(サウナの中と外の両面にドアがついている冷蔵庫)が装備されている場合もある。これだとサウナの中からノックするだけで誰かが外から新しいビールを補充してくれるので確かに便利だ。
さて、僕の会社は長野の片隅に保養所がわりのフィンランド式ログハウスを二つ保有していた。どちらにもサウナがあるのだが、片方は定員六人程度の小さなログハウス、もう一軒は最大十六人くらい泊まれる巨大なログハウスだった。
この大きな方のログハウスに定期的に野郎十人くらいで泊まりに行くのがユルポ(フィンランド語で仲間たちという感じの意味)と呼ばれる社員旅行だった。
ただこのユルポ、少々秘密結社的なところがあって本人が希望しても入れない。既存のメンバーから誘われないと行けないところが面白い。
そして女人禁制。男じゃないと仲間に入れない。女性がいた方が華やかなのになって最初は思ったのだが、行ってみてすぐに理由が判った。
ユルポは基本裸で過ごす。野郎どもがタオルを腰に巻いてうろうろしているところに(ちなみに全裸でウロウロしている豪傑もいる)女性はムリだろう。こっちも困るし、向こうも困る。
「さあ、サウナも温まったし、サウナタイムですね」
ログハウスのどこに寝るかをざっくりと決め、なんとなくみんなが落ち着いたところでグループのリーダー的な存在のマウリが宣言して長野のサウナ・パーティは始まる。
時間は夜。移動に時間がかかるため(みんな車で移動してくる)始まりは比較的遅い。途中買い出しをしてくるため、ビールの補給は万全だ。
バーベキューコンロにも炭火がおき、ソーセージや焼肉、ホッケなどの干物も山積みになっている。
見ればもうサウナに入っている連中もいる。「勝手にやる」のがユルポのルールなので、皆好き勝手に楽しんでいるようだ。
僕も腰にタオルを巻くとサウナに入った。
フィンランドのサウナは日本のサウナよりも若干温度が低い。ただ、その代わりと言ってはなんだが、何かと言うとサウナ・ストーンに誰かが水をかける。
水がかかるたびに急激に水蒸気が発生して、一瞬だけ温度が上がる(これをロウリュと言う)。こうやって身体を温めるのがフィンランド式だ。
中は日本と同じく階段状になっていて、下の方の段はマイルド、上の段はハードなサウナを楽しめる。無論、集まっている連中は全員ハードコアなので上の段に集まる。
そこに横たわったり、座ったりしながら談笑しつつビールを飲むのだ。
余談だが、フィンランドでは子供もサウナに入る。と言うか、お風呂はサウナとシャワーしかない。子供たちは下の段、大人は上の段に座って談笑するのがサウナの家族での楽しみ方らしい。
そして、全身を白樺の葉っぱの束(若枝が良いとされている)で激しく叩いて汗を出す。この葉っぱの束(ヴァスタという)が重要らしくて、フィンランドのスーパーでは冷凍のものを売っている。フィンランド人は「セルフ・スパンキング」と言って笑っていたが、確かに叩くとその刺激は爽やかで、爽快な汗がでる。
ちなみに、昔はフィンランドの出産場所はサウナだったそうだ。サウナは家の中で一番浄清が高い(そりゃそうだろう、あの高温だ)場所だとかで、出産するときはサウナに篭ったらしい。生まれた時からサウナ育ち、そりゃサウナが好きになるのも無理はない。
しかし、サウナで談笑するとは言ってもマトモな人類だったら二十分は持たない。いつまでも入っている豪傑もいたが、彼らの血液はすでにビールだったのだろう。
血液がビールになったら、バーベキュータイムだ。
マウリがなんでか干物好きだったのでホッケとシシャモは必ずあった。後はバイスキーが自家製するソーセージ。彼のリタイアメントプランはどうやらバイスキーブランドのソーセージを立ち上げることらしい。
面倒臭いのでこれを手づかみで食べる。身体からは湯気が出ているが、気温は氷点下なので熱くはない。
ソーセージと干物を食べつつ、さらにビールを飲む。
正直、狂っていると思うがそれがルールだから仕方がない。
と、全裸のマウリが背中から湯気を出しながら朗々とフィンランディアを歌い出した。
フィンランド語でフィンランディアを聞くのは大変に趣深いが、とっても近所迷惑な気がしなくもない。もっとも、近所にいるのは鹿とクマくらいだろうから大丈夫だとは思うけど。
さて、お腹がいっぱいになったところでギャンブルタイム。みんな裸のまま、ソファに集まってポーカー(テキサス・ホールデム)を楽しむ。
諸般の都合でレートは書けないが、決して低くはない。
気がつくと、シャレにならない金額がテーブルを往復していた。
僕の手札はAが二つ。これだったら多分、いける。
わざと困った顔を作ってから、目の前のチップを全部かける。
「仕方がないから、オールイン(全掛け)」
「ほう?」
ティモの目が鈍く光る。
「ガモーさんがそういう顔をしているときは何か隠してるからなあ」
いけね、バレてら。
「ま、ね」
「まあ、いいや。じゃあ殴り合いと行こうか。オールイン」
「俺も」
「俺も」
すげーことになってきた。
今テーブルを往復しているのは、安いパソコンだったら楽勝で買えるくらいの金額だ。
仲間の中で一番ギャンブルが好きなAさんはしばらく手札を睨んでいたが、
「オールイン」
とずいとチップを押し出した。
これで安いパソコンが高級パソコンにグレードアップした。
「オープン」
結局、勝負は僕の勝ちだった。
目の前にチップが山積みになる。
「しかしな、こりゃロトマシーンだぞ」
と、一人醒めていたトミがごちた。
「毎回オールインしていたら、運任せだ」
「それもまたポーカーだよ」
と、誰かが言う。
「数学的にはだな、そうなると一人を除いて全員負けだ」
「問題ない」
「問題ないのか。そうか。じゃあ次のラウンド行こうか」
結局勝負はAさんの一人負け。パソコンまでは行かなかったが、高級タブレット代くらいをしぶしぶ吐き出してAさんはまたサウナにこもってしまった。
一応念のために書いておくが、このサウナパーティはかなり特殊だ。
フィンランドでサウナに誘われたら、それは友愛の表現なのでぜひ参加してほしい。
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