アメリカのハンバーガーは今でもでかいか?
アメリカのハンバーガーは一般的にでかいという認識が普通だろう。
実際、同じマクドナルドのビッグマックでもアメリカで食べる方がでかいという人もいる。
バーガーキングはでかいので有名だが、これも日本サイズはジュニアサイズだというアヤシイ噂がまことしやかに囁かれている。
実は僕はまだ日本のバーガーキングに行ったことがないのでこれに関してはなんとも言えないのだが、マクドナルドのビッグマックは確かにアメリカの方が少し大きかった、気がする。
少なくとも昔は。
実は今は違うのだ。
日本の経済はバブルの影響やらなんちゃらで二十年間停滞した。停滞している間にデフレが進んで、物価は高くなるどころか安くなった。
ところがアメリカの場合、例のリーマンショックも比較的早い時期に克服できたおかげで、二十年間の間も順調に物価は上昇した。
上昇するとは言っても、物事には限度がある。
例えば、マクドナルドのハンバーガーが十ドルを超えてしまったら、さすがに暴動が起きるだろう。
物価は上昇している。しかし値段はある程度据え置かないといけない。
じゃあ、どうする?
サイズが縮むのだ。
昔はバカでかかったアメリカのファストフードはそうしたわけで小さくなった。
それを思い知ったのは会社の仲間と一緒に行った、会社の近所のファストフードレストランでだった。
+ + +
その日のお昼はみんなと相談して、会社の近所のイン・アンド・アウト(http://www.in-n-out.com/)というハンバーガーショップに行くことに決まった。
ここはロサンジェルス発祥のハンバーガーチェーンなのだが、チェーン店とは思えない品質で有名な店だ。
パティは炭火焼、ポテトはその場でスライスして揚げてくれる。
どちらも冷凍ではないので、とてもフレッシュだ。
移動する車の中でワイワイとハンバーガーショップに関するウンチクを語り合う。
「イン・アンド・アウトの裏メニュー知ってる?」
いつも元気なミシェルが後席でまくし立てる。
「裏メニュー? 4バイ4のこと?」
と僕。
4バイ4とは、パティ4枚、チーズ4枚のスペシャルオーダーだ。イン・アンド・アウトでは言えば言っただけパティを積んでくれる。
もちろん、お金は取られるけど。
「それもなんだけど、アニマル・スタイルを是非試して!」
「アニマル・スタイル?」
「バーガーのソースが違ってて、それでポテトがカリカリになるまで揚がってるの! あれが最高」
「へー」
「でもファイブ・ガイズ(http://www.fiveguys.com/)がロス以外に店を出さないのが残念だよ。あそこもうまい」
とダニエル。
「なんでロスから出てこないの?」
「わからん。なんでかロスにこだわってるんだよね」
そう言っているうちにイン・アンド・アウトに着いた。
車の中でバーガーとポテトフライの話ばっかりしていたから、もう頭の中にはハンバーガーしかない。
車を出してくれたテレンスと四人でバーガーショップに突進する。
注文は全員アニマル・スタイルだった。ミシェルに完全に洗脳された。
僕はダブルチーズバーガーのアニマル・スタイル、他の三人も各々注文する。
ただ、ダブルにしていたのはどうやら僕だけのようだ。
イン・アンド・アウトは駐在している時からたまに行っていた店だ。
馬鹿でかいという訳ではないが、ここのハンバーガーは日本よりも少し直径が大きくて、少し分厚い。
肉は肉汁たっぷりでとてもジューシー。炭火焼の薫香が食欲をそそる。
僕は久しぶりのイン・アンド・アウトにワクワクしていた。
「76番!」
やがて、僕のメニューが仕上がった。
ポテトフライはカリカリ、バーガーは紙に包まれている。
僕はこのほかにコーラを注文した。これで合計約八ドル。高いといえば、高い。僕が駐在していた頃と比べると倍くらいの値段になっている。
さて、四人のメニューが揃ったところで外のテラスで食事にする。
乾いたカリフォルニアの風が心地よい。
僕はバーガーを手に取ると、包み紙を開けた。
あれ?
これ、小さくないか?
厚みは昔と同じ、分厚い印象だが、直径が小さくなっている気がする。
日本でも小さい部類に入るモス・バーガーと大して変わらない。
おっかしいな。思い出補整されたかな?
周囲の同僚たちを見ると、何の疑問も抱かずにその小さなバーガーにかぶりついている。
アニマル・スタイルのソースは少しスパイシーなオーロラソースみたいでとても美味しかった。
パティも肉汁いっぱいでとてもジューシーだ。
気をつけないと下に溢れてしまう。
バーガーを崩さないように気をつけながら上からかじりつく。
フレンチマスタードが好きなので、ポテトはフレンチマスタードで食べることにした。
ついでにバーガーにもフレンチマスタードを加える。
それにしても、毎回アメリカ人とハンバーガーを食べに行って思うのだが、彼らはどうしてこんなにバーガーを食べるのが上手いんだろう。
僕の場合はだんだん中身が奥に押しやられてしまって、先にバンズがなくなって最後は肉だけを食べるという残念なことになりやすい。
しかし、同僚たちは器用に崩さないように食べている。
これが、経験値の違いなんだろうか?
僕は、あっという間にダブルチーズバーガーを片付けてしまうと、まだハンバーガーを食べている同僚に尋ねてみた。
「あのさ、バーガー、小さくなってない?」
「どうかなあ」
とダニエル。
「とりあえず昔に比べるとたくさん食べる人は減ったから、そのせいかもね」
「スーパーサイズ・ミーね!」
ミシェルがバーガーを手にしたまま僕に言う。
「あの映画以来、大きなバーガーを食べる人は減ったかも」
「ふーん、そうなんだ」
「あの人、まだ回復していないらしいわよ」
「そうか……。これ、たぶん僕が知っているのに比べると小さくなってるなあ」
「ヘルシーでいいじゃない?」
「まあ、そうね」
僕はなんとなく物足りない気持ちを残したまま、残ったポテトを片付けた。
+ + +
釈然としない気持ちを抱えたまま二、三日過ごした後、僕は一念発起して昔ながらの大きなバーガーを探しに行くことにした。
お目当ての店は決まっている。
会社の近所にあるステーキハウス、バークス(http://www.birksrestaurant.com/)だ。
ここなら馬鹿でかいハンバーガーを出してくれるに違いない。
ここは夜は高級なステーキハウスだが、昼はハンバーガーも出している。
パティのサイズはハーフパウンド(240グラム)ということはもうわかっていた。
それなら、相応にでかいハンバーガーが出てくるに違いない。
一人でトコトコ十五分歩いてバークスに向かう。
バークスはさすがに高級店だけあって、ウェイターは全員ウェイタージャケットを身に付けていた。ポロシャツで働いているのは厨房の中の人と、お皿を片付ける係(バスボーイと言う)だけだ。
早速すり寄ってきたウェイターは、自分の名前を名乗って自己紹介すると(これも高級店の特徴だ)、メニューを僕に開いて手渡してくれた。
だが、見るまでもない。
頼むものはもう決まっている。
僕は彼の前ですぐにメニューを閉じると、
「チーズバーガーと、それにアーノルド・パーマー(レモネードとアイスティーを半々に割ったソフトドリンク)を」
と注文した。
「焼き方はどうなさいますか?」
「ミディアム・レアで」
「チーズの種類は?」
「モントレージャックがいいかな?」
「かしこまりました」
ウェイターが去ってから、周囲を見回す。
ほとんどは商談族だ。打ち合わせを兼ねてきているらしい。あとはリタイア組と思しき老人が数組、若造はほとんどいない。
古き良きサンノゼという感じだ。
周囲をぼんやり眺めてしばらく待っていると、僕のオーダーが届けられた。
「お待たせしました。チーズバーガーとアーノルド・パーマーです」
お皿には分解された状態のハンバーガーとフライドポテト、それになぜかピクルスを野菜スティックのように切ったものが載せられていた。
想定通りでかい。
これは食べ応えがありそうだ。
「それではごゆっくり」
「どうもありがとう」
早速ハンバーガーを組み立てる。下のバンズにはすでに溶けたチーズが乗ったパティが乗っていたので、そこにケチャップとフレンチマスタードを絞り出し、トマトとオニオンスライス、それにレタスを載せて上のバンズで蓋をする。
大きいので薄く見えるが、相当なボリュームだ。
ナイフとフォークも添えられていたが、僕はそのハンバーガーを手づかみで持ち上げると、口を大きく開けて、端からかじり始めた。
…………
これだよ、これ。
肉汁たっぷりのハンバーガーを喉元までねじ込んだ後で、僕はようやく満足した。
これがアメリカンサイズだ。
ポテトを片付けた頃合で、先のウェイターが満面の笑みを浮かべてレシートを持ってくる。
だが、その金額を見た途端、僕は思わずぎょっとなった。
合計が二十ドルを超えている。
税金が乗っているから仕方がないとはいえ、これは到底ランチの金額ではない。
しかもここにチップを十五%から二十%乗せるから、支払額は三十ドルに迫る。
これでは日本の方が安いではないか。
常々、デフレはまずいよねと思っていたが、僕はこの時初めて日本の景気停滞に感謝した。
いくらまともなハンバーガーとはいえ、さすがに三千円は払えない。
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