テキサスのバーベキュー

 アメリカと言えばビーフ、そしてバーベキューの本場はなんといっても西部、それも下の方だ。

 僕はその日、テキサスはオースティンを訪れていた。仕事の内容はアメリカの某州を名前に冠した某社との打ち合わせというか、言い争い? 僕の会社がお願いしたCPUが仕様通りにいつまで経っても完成しない。

 チーフアーキテクトは精神病院に入院してしまったし、残ったメンバーも困惑している。

 おそらく、そもそもが設計ミスなのだ。どこをしくじったのかはわからないが、要求性能を満たせない場合、多くは初期設計に問題がある。

 それを後からガチャガチャやったところで、性能を満たせるわけがない。

 そういうわけで、打ち合わせは不毛だった。

 あれを言った、言わなかった、あるいはこれを出来ると言った、言わなかった。

 今更そんなことを言い合ったところで詮無いだけだ。

 夕方までクダラン言い争いをした後で、夕食のために休戦となった。

「ガモーサン、テキサスのバーベキューを食べたことはありますか?」

 中でも一番フレンドリーなジョンが尋ねる。

「うーん、ないなあ。バーベキューって言ったら、串に刺さったカリフォルニアのバーベキューしか食べたことがない」

「じゃあ、いいお店があります。仲直りのしるしに、そこに行きましょう」

 ジョンの車で連れて行かれた店はRudy's(https://rudysbbq.com/)と言う名前のロードサイドの言っちゃあ何だが汚い店だった。汚ミシュランに確実に出られる感じだ。

 店のフロアはコンクリートの打ちっ放し、椅子にはコカコーラのマークが書いてあるし(それにしてもコカコーラ社はベンチを配るのに熱心だ。世界中どこに行ってもあの赤いベンチは必ずある)、テーブルはプラスチックの安っちいものだ。

「ここはね、オースティンでも一番美味しいバーベキューを出す店なんですよ」

 とジョンがニコニコ笑う。

 とてもそうとは思えない。

 店の奥には大きなカウンターがある。その奥には広いキッチン。

 中では直火で肉が焼かれている。

 モーターでぐるぐる回る、ぶっとい串に刺された巨大な肉、鋳鉄の金網の上で焼かれている様々な肉。

 キッチンの中の人は誰もがランニング姿だった。

 季節は七月だったけど、キッチンの中は確かに炎熱地獄だろう。

 ヒスパニックと思われるコックが手際よく肉をトングでひっくり返していく。

 あれは、ターキーかな?

 と、僕は店に漂う薫香に気がついた。

 少し香ばしい、いい匂いがする。

「メスキートっていうんです」

 鼻を動かす僕を見て、ジョンが教えてくれた。

「マメ科の植物です。これのチップを火に入れているのがここのバーベキューの秘密です。とってもいい香りがしませんか?」

 確かに香ばしい。とてもいい匂いがする。メスキートの入ったバーベキュー用の炭はカリフォルニアでも売っていたが、それとは段違いに香りがいい。

「ガモーサン、何を食べる?」

「うーん、スカートミート(ハラミ)とポークにしようかな?」

「ターキーも美味しいですよ。一緒にどうです? シェアしましょう」

「じゃあ、それも」

 ジョンが手際よく注文してくれる。

 すぐに僕たちの注文はカウンターに届いた。

『おらよッ』

 って感じで黙ってヒスパニック系の店員さんがカウンターに広げられたワックスペーパーに焼けた肉をドサドサ積んでいく。

 最後にカウンターの女の子は山盛りのフライドポテトを添えるとワックスペーパーを四角く畳んだ。

「Enjoy!」

 もう数枚受け取ったワックスペーパーをひらひらさせながらジョンが席に戻る。

 今日は四人。ジョンの他にアジア系の女性と白人の男性が一緒だった(しかし、つくづく僕は薄情だ。名前を忘れてしまった)。

 ジョンはワックスペーパーをテーブルに広げると、買ってきた包みを開いた。

「あ、いけね」

 小走りにカウンターに戻り、ふた袋ほどの食パンを持って戻ってくる。

「これがないとねえ」

 早速、持ってきたワンダーブレッドの袋を開ける。

「どうやって食べるの?」

 勝手がわからず、僕はジョンに尋ねた。

 こういう時は地元の民に尋ねるに限る。

「ああ、そうですね。やってみせるから同じようにして?」

 ちょっとオカマっぽい感じもある、人当たりの柔らかいジョンが説明してくれる。

「まずはパンを手に乗せて、そこに肉を載せる」

 トングで器用にパンを組み立てる。

「そこにこの特製ソースをかけて」––––これはルディーズ(この店の名前だ)の名物ソースだ––––「さらに好きならマスタードとかレリッシュを添えて折りたたむ」

 ジョンはマスタードをかけると横に甘いレリッシュを添えてパンを折りたたんだ。

「で、食べる」

 大柄なジョンはほとんど一口で作ったサンドウィッチを食べてしまった。

「あとは繰り返しです。中にポテトを入れてもいいんですよ。下品だからあんまりやる人はいないけど、意外とうまい」

 ルディーズのソースはどうやらケチャップにタバスコと黒胡椒を入れたものみたいで少々辛かった。

 でも、これがフレンチ・マスタードとレリッシュに絶妙にマッチする。

 食べ始めたら止まらない。

 付け合せに後からジョンがもらってきたコールスローがさらに食欲を掻き立てる。

 気がついたときには満腹を通り越して破裂寸前になっていた。

「ガモーサン、日本人にしては食べますねえ。こんなに食べる日本人は見たことないよ」

「そりゃもう四年もカリフォルニアに住んでいるもの。胃袋はアメリカ人になったよ」

「おー、そりゃあいいね。でもその体型を維持してるんだ。立派、立派」

 褒められたんだかなんだかよくわからない。

 ビールも二パイント飲んだ僕はふらふらとジョンにホテルに送ってもらった。

 ルディーズのソースが病みつきになったのは言うまでもない。

 家に帰ってから色々試行錯誤した結果、ほぼ同じものが作れるようになった。


+ + +


 さて、テキサスバーベキューだが、これは日本でも作れる。

 しかもそんなに難しくはない。ぜひ、天気のいい夏の休日に試してみて欲しい。


1.

 とりあえず買い物をしよう。大きなスーパーに行って、黒胡椒とケチャップ、フレンチマスタードとアメリカンレリッシュ(S&Bがチューブ入りを売っている)、それにお好みのお肉を買おう。

 肉は鶏のモモ肉、牛の腿のブロック肉、それに豚の肩ロースあたりがオススメだ。

 正直、肉はなんでもいい。

 それからパン。ワンダーブレッドに一番近いのは山崎の食パンだと思う。薄い8枚切りのパンを山ほど買おう。


2.

 本当はバーベキューグリルがあるといいのだが、なければフライパンでも代用できる。バーベキューグリルがある場合はその上で、なければフライパンで肉を焼く。バーベキューグリルの場合は、コストコでバーベキューブリックを買ってくるといいと思う。運が良ければメスキート入りのブリックを売っている。


3.

 肉が焼けたら、少し肉を休ませた後で細切りにする。一センチ幅くらいが適当だろう。適当にお皿に移してパンに挟んでこれを食べる。

 その時忘れてはいけないのがケチャップベースのソースとレリッシュ、それにフレンチマスタードだ。これがあるのとないのでは雲泥の差がある。


4.

 無論、コールスローがあるとさらに食が進むのだが、コールスローは作るのが面倒くさい。面倒な場合にはなくてもいいし、あるいはKFCで買ってきてもいい。


5.

 ああそうだ、ルディーズのソースのコピーの仕方を書き忘れた。

 基本、ルディーズのソースはケチャップだ。それも、アメリカ風のデルモンテとかハインツとかのものがいい。これを小さなボールに絞り出して、とりあえずタバスコを入れる。味見をしながらグルグル混ぜて、好みの辛さになるまでタバスコを入れよう。

 そうしたら黒胡椒の出番だ。本当はその場で挽きたいのだが、粗挽き胡椒の袋詰めでも大丈夫。これをかなりどかっと入れる。量は適当だ。舐めてみて、胡椒の芳香がするまで胡椒を入れよう。赤かったソースが黒胡椒の黒と混ざってエンジ色になるはずだ。

 これを最後にもう一度グルグル混ぜて出来上がり。できれば一晩冷蔵庫にしまっておくと胡椒の辛味が滲み出てさらに美味しくなる。

 思いの外消費が早いはずなので、多めに作るといい。

 

6.

 このメニューは夏のパーティにぴったりだ。

 お楽しみあれ。


7.

 ところで英語が堪能だったら、Rudy'sに直接交渉して特製ソースを平行輸入することも可能だ。僕は以前それで二本ゲットした。

 興味がある向きにはチャレンジを。

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