7 作戦会議?

警察あそこで待ってりゃ全部わかるから、わざわざ現場に行かなくてもいいって言ったのに」


 明らかに妖魔の犯行とわかる死体に俊太郎が眉をひそめていると、彼が枕にしていたパーカーを羽織った友部がしたり顔でなじった。昼はTシャツ一枚でいたが、夜はやはり上着なしではいられなかったようだ。


「だって、本当に田中さんたちかどうか、早く知りたかったから……」

「少しくらい早くわかったって、どうってことないだろ。ただ、一匹もしとめられずにやられたってのは、俺もちょっと意外だったな」


 田中たちの死体発見現場は、俊太郎と亜紀が妖魔十二頭に襲われた場所から三キロメートルほど離れた、パチンコ店の駐車場だった。

 田中の弟子たちの死体は、駐車場の各所にばらばらに転がっていた。いずれもクロスボウを携えていたが、自分の身を守る役には立たなかったようだ。

 そして、彼らの師匠である田中の死体は、店舗と接している駐車場のいちばん角にあった。

 弟子たちの死体がわりと原形を留めているのに対して、田中のそれはスプラッタ慣れした「妖魔課」でさえ目をそむけたくなるほど、徹底的にバラバラにされていた。彼らを襲った妖魔――確実に複数――は、田中に深い恨みでもあったのだろうか。半分ほど欠けている顔には、恐怖と苦痛の表情が張りついていて、とてもあの不遜な老人と同一人物だとは思えなかった。


「そりゃ、あの時間帯にこんだけパウダー持ち歩いてたら、妖魔に襲ってくださいって触れ回ってるようなもんだわな」


 弟子たちの死体のそばに点在している、破壊されたパウダー入りのスーツケースの一つを見て、冷ややかに友部が言った。


「襲われても返り討ちにできる自信があったか、パウダーが大量に手に入って浮かれてたか。たぶん後者だな」

「友部さーん」


 さすがに疲労の色を隠しきれない鈴木刑事が、息を弾ませながら駆け寄ってきた。


「私らはここの回収が終わったら、またすぐに署に戻りますが、友部さんたちはどうします? また署で鑑定結果を待ちますか?」


 友部は自分の顎に手を添えて、俊太郎に目をやった。


「俊太、どうする? 俺は飯食って、ホテルで寝たいんだけど」

「何で俺に訊くんだよ?」

「そんなつれないこと言うなよ。さっき一緒に組むって言ったばかりだろ。俺はおまえが行きたいところにどこにでも行くよ」


 俊太郎はまた友部を殴りたくなったが――今度は照れ隠しで――朝食と睡眠をとりたいという友部の気持ちもわからないではなかった。


「なら……俺も一度、ホテルに戻る」

「そうか。――じゃあ、そういうわけで、俺らはホテルに戻りますよ。鑑定結果は携帯メールで、一応、俺と俊太の両方にもらえます?」


 他人に〝俊太〟と言うなと俊太郎は思ったが、鈴木は平然と「はい、わかりました」と答えた。もしかしたら、俊太郎が友部の幼なじみであることも、「妖魔課」はすでに把握しているのかもしれない。


「俊太ー。どこで飯食うー?」


 友部はさっそく俊太郎の背中を押して現場を離れようとしたが、俊太郎はひそかに気になっていたことを思い出し、あわてて鈴木を振り返った。


「鈴木さん、すみません。一つだけ、教えてもらってもいいですか?」

「はい? 何でしょう?」

「田中さんのお弟子さんたちの死体なんですけど……全部で何体ありました?」

「お弟子さん? えーと……ちょっと待ってくださいよ。今、鑑識に確認しますから」


 鈴木は近くにいた鑑識を呼び寄せると、何事か囁きあった後、改めて俊太郎に正面を向けた。


「すいません、お待たせしました。七体だそうです」

「七体? ほんとですか?」


 思わず俊太郎は声を張り上げた。鈴木だけでなく、友部も驚いたように彼を見つめる。


「はい。今のところ、見つかってるのは七体だけです」

「そうですか。……じゃあ、俺の記憶違いかなあ……」


 口の中で俊太郎は呟いたが、それを友部が耳に留めた。


「おまえの記憶では、何体なんだ?」

「何体っていうか……まだ生きてる田中さんたちに会ったときには、お弟子さんは確か八人いたと思ったんですよ。鈴木さんも会ったでしょう? 覚えてませんか?」

「いやー、確かにお会いしましたけどねー。お弟子さんの人数まではちょっと……」


 鈴木はばつが悪そうにもしゃもしゃの頭を掻き回して、さらにもしゃもしゃにした。


「おまえ、弟子の数まで数えてたのか」


 感心したというより、呆れたように友部が言う。


「いや、あんまり人数が多かったからつい……あ、そうだ。もしかしたら、山本さんなら――」

「わざわざあの女に訊かなくったって、ホテルに確認すりゃすぐにわかることだろ」


 亜紀の名前を出しただけで、友部は露骨に不快そうな顔になった。

 そういえば、昨日市役所で顔を合わせたとき、友部は亜紀の誘いをにべもなくはねつけた。俊太郎のこととは関係なく、最初から彼女のことは嫌っていたようだ。


「そうですね。それはうちのほうで確認しときます」


 あわてて鈴木が口を挟んできた。

 どうやら友部は同業者たちだけでなく、「妖魔課」にも恐れられているらしい。まだ友部が狩りをしているところを見たことがない俊太郎には、なぜ彼が腫れ物に触れるような扱いをされるのか、まったくピンと来なかった。

 俊太郎の前では、友部は綺麗で優しくて、独占欲が強くて少しセクハラな男だ。

 三年前と同じように。




「スーさん、スーさん」


 友部に追い立てられるようにして俊太郎が現場を去った後、「妖魔課」の若い刑事が一人、鈴木に話しかけてきた。


「俺の常識は間違ってるんですかねえ。いくら仲のいい幼なじみでも、風邪を引くかもしれないからって毛布掛けてやって、四時間近くもずっと膝枕してやるなんて、異常としか思えないんですけど」

「妖魔ハンターになる人間なんて、みんなどこか異常だよ」


 達観したように鈴木は答える。


「でもまあ、それくらい大目に見てやんなさいよ。おかげで、あの〝死神〟様がかつてないほどご機嫌だ。さっきなんか、私に敬語を遣ったよ。驚きすぎて、もう少しで顔に出しちまうところだった」

「ご機嫌? あれで?」

「そりゃあもう、超ご機嫌さ。夜が明けても、わざわざこんなところまで来ちまうくらい」

「それってやっぱり、あの幼なじみが行くって言ったから……ですよね?」

「まあ、そうだろうな。でも、異常っていうんなら、その礼儀正しい幼なじみのほうが、私にはずっと異常に思えるけどね」


 眩い朝の光の中で、鈴木は軽く口元を歪めた。


「ごく普通の高校生だった少年が、たった三年足らずで、鉄串で妖魔を倒せるようになれるもんかね?」


   *


 とりあえず、ホテル方面に向かって歩き出した俊太郎たちだったが、早朝のため、コンビニも飲食店もまだ営業していなかった。

 おそらく今、営業しているのは風俗店くらいで、そこもそろそろ客を追い出している頃だろう。


「これだから田舎はしょうがねえな。ホテルに戻って飯食うか?」


 うんざりしたように訊ねてきた友部を、俊太郎は顔をしかめて見やった。


「あれ見て、よく飯のことなんか考えられるな。俺、はっきり言って食欲ないよ」


 人間でも妖魔でも、死体にはもう慣れたつもりでいたが、さすがに田中のそれは強烈だった。師匠の狩りに同行する前だったら、確実に吐いていたと思う。


「だから現場に行く必要なんかないって言ったのに。こんなことならホテルまで『妖魔課』に送らせりゃよかったな」

「そんな、向こうだって忙しいのに、タクシーがわりに使っちゃ悪いよ。ついでだから、ホテルまでパウダー撒きながら帰る」


 そう言いながら、俊太郎は自分の懐から市街地図のコピーを取り出して、ごそごそと広げた。それを脇から覗きこんだ友部は、からかいまじりの声を上げた。


「うわー、おまえ、基本に忠実にやってるなー」


 俊太郎はむっとして、上目使いに友部を睨みつけた。


「悪いか?」

「別に悪かーないが……お、公園だ。ちょうどいいや。ベンチに座って、今後の作戦会議しよう」


 ちょうど脇に、昨日友部と会った公園とは別の小さなそれがあった。友部は俊太郎の手をつかむと、そこへ向かって強引に彼を引っ張っていった。

 振りほどこうと思えばそうできた。だが、俊太郎はあえてそうせずに、友部に引かれるまま歩きつづけた。


(昔はよくこうやって歩いたっけ)


 懐かしいというより、今は切ない。

 友部はいちばん近い場所にあったベンチの前まで歩いていくと、汚れていないのを確認してから、先に俊太郎を座らせて、自分もその隣に腰を下ろした。


「とりあえず、俊太。その地図に今日の二つの現場、印つけてみろよ」

「……その前に、この手を離してもらえないと、鉛筆が持てないんだけど」

「おっと、こいつは失敬」


 おどけて言うと、ようやく友部は俊太郎から手を離した。

 俊太郎は今度は鉛筆を取り出し――結局のところ、芯切れ・インク切れの心配がない、この古典的筆記用具がいちばん便利なのだ――亜紀と一緒に妖魔十二頭に襲われた地点と、先ほど田中たちの死体が発見された地点とに、小さく丸印をつけてみた。


「で、印をつけてみてどうだ? いちばん最初の殺害現場も含めて、何か気になることとかあるか?」

「うーん……あえて言うなら、田中さんたちだけ、住宅街の中じゃなかったことくらいかなあ……パチンコ屋の駐車場なんて、襲いやすいけど逃げやすい場所なのに、どうして誰も助からなかったんだろう……」

「少なくとも、一人は助かってる可能性はあるだろ?」


 腕組みをしながら、友部が反論する。


「しかも、おまえが弟子の数を数えるなんて暇なことをしてなかったら、誰もすぐにはそのことに気づかなかったかもしれない」


 俊太郎は目を見張って、友部を見上げた。


「まさか……その弟子が?」

「さあな。現時点では何とも言えないが、とりあえず、これだけは断言できる。ここの妖魔どもには、もうパウダーを撒いてやる必要はない。夜、俺らが適当に歩き回ってれば、向こうから勝手にやってくる」

「そういえば、友部はパウダー撒いてないのか?」

「生まれてこの方そんなもんは、一度も撒いたことがないね」


 自慢げに友部は笑った。


「奴らがいちばん嫌がるのは、自分の縄張りを〝よそ者〟に荒らされることだ。奴らはその〝よそ者〟を排除しようとして、自分から姿を現す。こっちはそのときを狙って殺せばいい。それを何度か繰り返せば、もう体自体に妖魔の臭いが染みついて、わざわざ妖魔の死体なんてばらまく必要もなくなる。自分の存在自体がパウダーだ」


 友部の話を聞きながら、俊太郎は三年前、名前も知らない老人から電話で聞かされたことを思い出した。


 ――妖魔ハンターなんてなるもんじゃないよ。名前が知られてくると、仕事じゃなくても妖魔に狙われるようになる。


 もしかしたら、あれはそういうことだったのかもしれない。


「じゃあ、何で昨日は友部じゃなくて、山本さんと俺が襲われたんだ?」


 また亜紀の名前を出されたからか、友部は眉をひそめたが、俊太郎の質問には答えた。


「そりゃあ、おまえたちが殺した奴らに訊いてみてくれよ。きっと答えてくれねえだろうけどな。それに、あのときは田中組だって襲われてなかっただろ? たぶん、銃声を聞いて駆けつけてきたんだろうが、おまえたちの近くにいたことは間違いない。それなら奴らは田中組を先に襲ったってよかったんじゃないのか?」


 言われてみれば、そのとおりだった。

 高校中退の俊太郎より、最初から高校へは行っていない(行く気もなかった)という友部のほうが、頭の回転ははるかにいい。悔しいというか、誇らしいというか……とにかく複雑だ。


「というわけで、作戦会議終了。今日の真夜中、一緒にホテル出て散歩しよう。今、ホテルに電話して、ここまでタクシー回させるから」


 俊太郎の意見は聞かず、一方的に友部は宣言すると、パーカーのポケットから携帯電話を取り出して、さっそくホテルに電話をかけて話しはじめた。


(今のどのへんが作戦会議だったんだろう?)


 俊太郎はそんな疑問を抱いたが、何はともあれ、今日の昼は出歩かずに部屋でゆっくり寝ていられそうだ。

 しかし、ホテルのレストランで朝食を取った後、友部が不愉快そうにこう切り出してきた。


「もしかして、おまえ、山本亜紀を捜してる?」

「え?」


 いきなり図星をさされて俊太郎は固まった。

 友部に気づかれないよう、こっそり周囲を探っていたつもりだったのに、まさかその目的まで言い当てられるとは。


「うん……ちゃんと無事にここに帰ってこれたのか気になって……」

「そう都合よく食事時間が重なるわけないだろ。それならフロントで確認してみればいい」

「そんなこと、ホテル側が教えてくれるのか?」

「直球じゃ無理だな。ちょいと変化球で」


 友部はフロント前に歩いていくと、人差指で俊太郎を呼び寄せた。


「妖魔ハンターの友部だけど」


 フロントにいた若い男に、友部は笑顔で話しかけた。


「同業者の山本亜紀さんに、至急伝えたいことがあるんだけど。彼女、もうここに戻ってきてる?」


 その男は、数秒友部に見とれていたが、はっと我に返って端末を操作しはじめた。


「山本亜紀様ですね。……はい、お戻りになっています。ただ、午後五時まではお電話もお客様もお取り次ぎしないよう承っておりますが……」

「そうか。じゃあ、伝言お願いしてもいい?」

「は、はい。……では、ご伝言をどうぞ」

「『どんな夢を見た?』」

「……え?」


 男はもう一度確認しようとしたが、友部はかまわずフロントを離れた。あわてて俊太郎もその後を追う。


「友部。今のどういう意味だ?」

「言葉どおりの意味だ。今ここにあの女はいるそうだぞ。これで安心したか?」

「うん。ありがとう。助かった」


 特に何も考えず、条件反射的に俊太郎は礼を言った。が、友部が驚いたように自分を見ているのを見て、逆に動揺させられた。


「な、何だよ?」

「いや……こんな簡単なことで、おまえに礼を言ってもらえるとは思ってなかったから……」


 遠回しに嫌味を言っているのかと俊太郎は気分を害したが、確かに自分はもっと別のことで友部に感謝するべきかもしれない。


「簡単でも複雑でも、ありがたいと思えば俺だって礼は言うよ。じゃあ俺、これから部屋帰って寝るから。集合は〇時にここのロビーだな?」

「あ、ああ……」

「なら、おやすみ!」


 俊太郎は言い捨てて、エレベーターに向かって走っていった。だが、エレベーターの箱の中に乗りこんでから、はたと気がついた。


(礼はともかく、今、友部に『おやすみ』なんて言う必要は全然なかったよな)


 今さら後悔してみても、言ってしまったものは取り消せない。自分の部屋に戻った俊太郎は、シャワーを浴びて、すぐにふて寝した。

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