老頭

@mindy_z

ジェシカ

ようやく原稿を終えて、息抜きにとテレビをつけたら、ジェシカの死をニュースで知る事となってしまった。


雑誌のコラム作家として毎月原稿を書かなければならないので、今回も少々危なかったがなんとか仕上げた。久々にテレビをつけたらまた飛び降り事件の報道をやっていた、最近多いなあと思い続けると、今回の死亡者がジェシカだということがわかった。


ジェシカは私の遠縁の従姉妹である。親曰く「できる娘」とはジェシカのような人をいう。小さい頃から学級委員を務め、文武両道、おまけにモデルのような外見でいつも注目の的だった。昨年結婚し、外資系企業で働いていて、営業部のエース。そんな彼女の死体が今朝、会社のビルの下から発見されたのだ。

私とジェシカは子供の頃からの付き合いだが、然程仲良い訳でもないので、彼女の悲報を知ったところで大して動揺はしなかった。



”今年4件目の飛び降り事件!又もや自殺か?現代の若者たちはどうなっている?”とタイトルの下で、心理学者が分析をしている、今の若者は生活のプレッシャーが半端ないとか、生きるのに苦労し過ぎているとか、訴えるように語りかける様子は非常に扇動的で、あの心理学の先生の描写通りの人達にとっては共感できる言葉だろうが、生憎、ジェシカには当てはまらない。


何故なら、彼女は”苦労”、”プレッシャー”などと全く無縁の人間だったからだ。たとえあったとしても、ジェシカにとっては何てことないはずだ。ジェシカ常にそう、自信家なのだ。自他共に評価高く、生まれながらのスター性を持ちあわせ、かなりの目立ちたがりで、常に周りには引き立て役の女の子がいた記憶がある。それを見て、私はジェシカとは友達になれないと常々思っていた。


彼女をよく知る者として、私はジェシカが自殺するような人間ではないと断言できる。否、彼女には自殺するような理由も意味もないのだ。


「こんな時に言うのもなんだけど、俺はジェシカを好きになれないな、自分をプリンセスか女王だと思ってる。」


私の夫・K(私はKと呼んでいる)は俳優をやっている、ちょうど刑事ドラマの撮影で刑務所に居合わせたそうだ。


これはいい機会だ、第一線の情報が聞ける、と従姉妹の死なのに不謹慎にもワクワクしてしまった。

ただ、Kがジェシカの事をあまりよく思ってなかったのは意外だった、ジェシカは相当できる社交家だったから、てっきりKとはうまくやっていたと思っていたのだ。


「初めて聞いたわ、ジェシカに対するコメント。」


「そりゃそうだ、だってお前に悪いと思ってずっと黙ってたんだから。本当は嫌だったんだ、なんか会うたび偉そうな態度とるし、絶対俺の事ダシに使ってるし。」


「え、そうなの?なんかされたの?てか連絡取ってたの知らなかったんだけど。」


「言いたくなかったんだよ。文句言ったらお前が気まずくなると思ったから。まあ、なんかある度にさ、監督紹介してくれだの、チケットタダ券くれだの、そういうのばっか。もう家族友達全員をビジネスパートナー化させてくんだよ。俺はそういうののちょっと勘弁してほしいよ。」


「あー、そうだったんだ、大変だったね。ジェシカはスイッチ入りっぱなしだから。」


「あれじゃ部下とか大変じゃない?あの女王様に付いていけるやつなんかいんの?絶対パワハラしまくってるよ!」


Kの言い分が妙にしっくりくるのは気のせいじゃない、ジェシカの性格ならやりかねない。


「パワハラって…あ、そうだ、なんか聞いてない?ニュースじゃ勤め先のビルから転落死、それも自殺って推定されてるけど、ジェシカに限ってそんなはずはないと思ううのよね」


「ふふん、聞くと思ったぜ。ちょうど担当先が今ドラマやってる所だったから、現場の刑事が話してるのをちょっと。でもな、お前の言う通りかも。ジェシカは自殺じゃないかもしれない。あのビルは全部で32階あって、ジェシカの会社は19階にある。ああいう高層ビルは社員が飛び降り自殺しないように開けられる窓を極力減らして閉鎖空間を作っているんだ。開けることができる窓は限られている、しかもその窓さえ完全には開けられない仕組みになってんるんだ。」



「なるほど。私が元いた出版社もそういう感じのビルだったわ。じゃあもし飛び降りるとしても、屋上まで登らないと難しいかもしれない。」




「どっちだと思う?」


Kはお茶を一口飲んで、少し前かがみになりながらニヤリと笑った、まるで事件を嗅ぎつけた刑事の様だ。


「何が」


「自殺か他殺か、事故としちゃあ無理ありすぎるからな。」


「役に入ってるねえ、俳優さん。聞いたところ、他殺の線が出てきたわ。K、なんか聞いてる?」


「ん。所の若い刑事から聞いた話だとさ、今日ジェシカの同僚に聞き取り調査をしてみて、どうやらジェシカは敵が多いらしいんだよ、女が圧倒的に多い職場だから、八方美人だったジェシカは男の上司のご機嫌をとるのが上手かったらしい。」


「わー、そりゃまたリアルな…、でもあり得る。基本ビジネスの世界は真面目人間より社交術に長けてる人間が出世するからね」


「あと、ここ重要。ジェシカは最近一人、社員をクビにしたらしい」


「え、どうして?」


「まだ分からない。行って聞いてきたら?理由は何とでもなるよ、人間ってのは噂話が大好きなんだからさ、特に悪い噂。」



「!にしてもK、やけに積極的ねえ、こういうの苦手って言ってなかった?」


「ケースバイケースだよ。それに、お前も知りたいだろ?どうして女王様がああなったのか」


Kはいたずらっ子の様に目を光らせた、元々彼は好奇心旺盛な人間なのだ、感情豊かで役者には向いているのだ。


「まずはその社員の事が知りたいわね」

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