初めての参観日
今日は息子の初めての参観日で、うちのように父親が来ているところも少なくない。
とは言え少なくないというだけで、割合的には母親が多く、男親はどことなく肩身が狭い。女性のように親同士の交流があり、話に花を咲かせない分余計にそんな気がするのかも知れない。
必然的に、私のような男親は、教室の廊下側の隅に追いやられることになる。
だがこの日の参観日には我々男親の救世主がいた。いや、ヒーローと言った方がいいかもしてない。とにかく私のように、女性たちの影にかくれるしかない者にとっては、彼の行動が、あの母親群のひしめく教室の後方のど真ん中に立つという行動を取れるその人物が、まるで勇者のようにも感じられたのだ。
だが、その行動は見方を変えればただの『KY』だと言われる行為に他ならないため、私自身が真似しようとは思わない。
あの女性たちの『なあに、この場違いなジジイは』という冷たい視線に耐えられる自信は私にはなかった。
例えそこが、わが子が一番よく見える特等席だとしてもだ。
しかしその男性が耳目を集める理由がもう一つある。それはその男性一人が、周りと比べて明らかに年齢が高いことだ。小学校一年生の親となれば、若ければ二十代中頃の人もいるなかで、彼はどう若く見積もっても五十代中頃に見える。確かに世の中には七十代や八十代で子供を授かる人もいると聞くし、彼らをどうこう言うつもりもない。はっきり言えば肖りたいとさえ思うほどだ。
だが、それでも彼が、この場で浮いていることには違いない。
後を振り返る子供に手を振っているお母さんたちに交じって手を振っている、その先を探そうとするが、誰が彼の子供なのかは分からなかった。周りの親たちも不思議そうに見渡していたので、きっとこの辺りではない幼稚園か保育所にかよっていたのだろう。
「はい、皆。授業を始めますよ。今日は参観日でお父さんやお母さんが来ていますが、ちゃんと授業に集中しましょうね」
このクラスの担任の先生が、少し引きつった顔で教室を見渡している。
この先生は新任の先生で、今年が初めての担任、つまり先生にとっても初めての参観日となるのだから、緊張するのも頷ける。後が見える先生にとっては、子供たち以上に保護者が気になるのだろう、保護者を仕切りに気にしている様子がうかがえた。
そうして教師も保護者も少なからず緊張を見せながらも、授業参観は無事終了した。授業中に答えられた子も、間違えてしまった子も、手を上げながらも当てて貰えなかった子もいたが、皆それぞれ頑張った事を誉めてやりたいと思ってしまうのは親として当然のことだろう。
その中で、大きな拍手が起こった。教室の後方中央で大きな拍手をしているのは、件の男性だった。一緒に並んでいる親だけでなく、子供たちからの視線も一身に受け、それでも臆することなく拍手を送る姿は、お世辞にも親の鏡とは言えない。もし私がそんなことをしたものならば、暫くの間娘から口を聞いて貰えないどころか、「もう絶対参観日に来ないで」と出禁をくらうことは必至だろう。
そしてその男性の行動に一番被害を受けたのは、この状況をどう纏めたらいいかわからず狼狽えてしまっている先生だろう。
教室内では、「あれ誰の父さんだよ」「お父さんじゃなくて、お爺ちゃんじゃないの?」などという話し声が至るところから上がっている。始め控え目に語られていた声は、次第に大きくなっていく。
この状況は、彼の子供にとっては苦痛であるに違いない。もしかしたらそれに堪えきれずに泣き出してしまうかもしれない、そんな不安が保護者の中に生まれたとき、
「はい、静かにして。日直さん、号令を宜しくね」
手を打ち鳴らす先生の声が、その場をなんとか治めることに成功した。若いと思っていたが、以外に統率力のある女性のようだ。
授業参観の後、子供たちは帰りの会があり、親は親同士の集まりが開かれる。ここでその年の役員などが決定されるのだ。
うちは今回は何とか回避する事ができたが、六年間で何かしらの役員をしなくてはならないということだから、低学年の間にやっておいた方がいいという話だった。その辺りは今日帰ってからうちの奥さんと相談する事になるだろう。
女親の来ているところは、話し合いが終わってなお、親同士で話をしているところもあるが、その輪に加わることの出来ない男親は、自分の子供が出てくると、ちらほらと帰宅を始める。中には友達同士で帰るからと、荷物だけを親に預けている子もいる。かく言う私も荷物だけを預けられた親の一人だった。
娘のオレンジ色のランドセル(最近のランドセルは色々な色や形がある)を手に、駐車場へ向かう途中、件の男性の後姿を発見した。誰かと会話している様子に、つい好奇心を掻き立てられてしまった。
「もう、お父さんは、来ないでって言ったでしょ」
「そんなこと言っても、お前の初めての参観日だって言うから、気になるじゃないか」
「あのね、参観日って言うのは、生徒の様子を保護者が見に来る場所なの。教師の親が教師の様子を見に来るなんて、聞いたことがないわ。それに最後のあれは何?恥ずかしいったらないじゃない……」
小言はまだまだ続きそうだったが、私は聞いてはいけないものを聞いた気がして、そっとその場を後にして、駐車場へは迂回路を通ることにしたのだった。
おわり
およそ5分の掌編小説 ねこまこと @nekomakoto
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