第8話 タイムリミットは72時間

「なん……」

「比村と一緒にいたってことは、キミ、自分が何を飲んだのかぐらいは聞いてるの?」

「ブックトリップ……禁止薬物だって話は……でも、ナノマシンから出る信号で、小説の世界をリアルに体験出来る夢の薬だって……」

「成る程。都合良く歪曲された話を、そのまんま信じてるおめでたい人間な訳ね、キミは」

「どういう……」

「ブックトリップはね、自殺幇助ほうじょ薬物なのよ」

「え……?」

「そもそも、死にたい人間が、何の苦痛もなく自殺出来る薬。自分の好きな小説の世界に入り込んで、好きなコトしてるうちに、いつの間にか、天に召されてる……そういう意味では、夢のような薬なのかも知れないけど」

「……自殺……するための薬?……って、えぇ?……」

 俺の飲んだアレが?楽しい幻覚を見せてくれる薬なんかじゃなく……死ぬために飲む薬?って……

「……俺、死ぬ……のか?」

「ナノマシンから出る信号は、心臓に少なからずダメージを与えるの。それから、短時間に、処理能力を超える大量の情報を強制的に送り込まれる脳の方にもね。体がそれに耐えられるのは、だいたい72時間って言われてる。だから、死にたくないキミは、それまでに、この世界から抜け出さなきゃいけないのよ」

「……そっか。うん。話は理解した…………」

 事実としては。ただ、いきなり死ぬとか言われても、正直、現実感なんか皆無で、どこか他人事な感じになってしまうのは、否めない。

「そう言えばさ、さっき、俺のこと迎えに来たって……そう言ってたよな?それは、桜月さんが、俺がここから抜け出す手助けをしてくれるってこと?」

「まあ、それがあたしのお仕事だから」

「仕事……?」

「ざっくり言うと、薬を飲んじゃった人を目覚めさせるお仕事よ。ただ、キミはこの世界でのマスターリーダー権を持ってないから、一筋縄じゃいかない感じだけど」

「え?」

「キミが手放した、この世界を好き勝手出来る権利は、今は比村が持ってるんでしょ?つまり、彼が帰るって言わない限り、あたし達はここから出られないのよ」

「えっ……えぇ?」

 俺たちの命運が、彼女言うところの、最低最悪な性格であらせられる比村くんに握られているというのは、成る程、見通しが微妙な感じだ。

「……も、戻れるんだよね?」

「あなたが、比村のバカを説得できればね」

 彼女があっさりと言う。

 俺が、奴を説得。口から適当なアドリブを淀みなく紡ぎながら、思うがままにこの世界を動かしている、奴を。

 ……勝てる気がしねぇ……

「……あのさ、比村の説得って、桜月さんの仕事のオプション的な感じにはならないのかな?……俺の勘違いだったらゴメンだけど、知り合いなんだよね?比村と桜月さん」

 俺がそう言うと、桜月心音は眉間にくっきりとしたシワを刻んだ。

「……そんなコトが出来るんだったら、そもそも、今こんなことにはなってないから」

 やるせなさそうに呟いて、彼女は特大のため息をついた。

 そして、彼女曰く、因縁の相手である比村との過去の経緯を語り始めた。



「あいつ、比村はね、薬の常習者なの。この世界に来るのはこれで5回目。で、あたしが、この仕事をする様になって、初めて関わった患者が、あいつで……」

 ……成る程、初めての相手とか。そりゃ、なかなかのインパクトだわ……

「5回目って、そんなに何回もとか、体に影響はないのか?」

「どうやってるのかは、分からないんだけとど、毎回死なないギリギリの所で、離脱出来てるのよ。まあ、ここまで頻繁だと、もう中毒になってるのは間違いないから、適切な治療を受けていなければ、普通の生活は難しくなってると思う……」

「ええと……それは、4回連続で、君が比村を捕まえ損ねているってことでいいのかな?」

 俺が何気なく確認すると、彼女は見るからにしおしおと萎れてしまう。

 ……あ、図星かぁ……

「いや、その、別に責めてる訳じゃなくて」

「……あたしやっぱり、ダメダメってコトだよね」

 彼女が落ち込んだように呟く。何だか気の毒な位の落ち込みようだ。

「いや、君がダメって訳じゃなくて、比村の方が、狡猾なんだと思うよ。ていうか、あいつの執念、半端ないから。アレ、かなり手強いと思う」

「執念?」

「ユキナさん、好きだ~~~~って奴」

「え?」

「え?……って、知らなかったの?あいつ、毎回、ユキナさんに会いに、この世界に来てるんじゃないの?」

「え……えぇ?」

「多分だけど、ユキナさんとの恋を成就させるのが、比村の最終目標だと思うわ」

「えぇぇぇ……それはちょっと……というか……かなり……………」

「かなり……?」

「……凹む案件です」

 深い深~いため息と共に、桜月さんはその場にヘタりこんだ。



「はぁっ……」

 というのが×10回ほどあった後で、少し呼吸が整ってきたかな、という頃合いを見計らって声を掛ける。

「……大丈夫?そんなに好きだったんだ?」

「うう……好き、というか、ここでの彼って、万能感半端ないじゃない?」

「まあ、そうだね」

「カッコ良く見えたんだよね。性格がアレなのは、すぐ分かったんだけど……もう、撃ち抜かれた後だったから」

「撃ち抜かれた?」

「……ハート」

「ああ、それ」

 いわゆる胸キュンって奴ね。この場合、胸ズキュンと言うべきか。

 照れながら自己申告する桜月さんは、なんだか微笑ましく、自然こちらも笑顔で話を聞く感じだ。

「初めてここに来たとき、まだ勝手がよく分からなくて、ドラゴンに踏みつぶされそうになった時に、そりゃあもう、白馬の王子様ってこれかっ!って思うぐらいのカッコ良さで助けられた……んだよね」

「なるほど」

 性格は、まあ、アレだが、見た目はそこそこだし、何より奴は、自分がどうやったらカッコよく見えるか、知っているタイプの人間だ。あの自己演出力の高さは、なかなか真似できない。

「こっちは助けに来てるのに、毎回のらりくらりと逃げられて、逃げられて、そしたら意地でも捕まえてやるって思っちゃうでしょぉ?」

 一目惚れした相手を、仕事とはいえ追い回してるうちに、きっとその片想いが募っちゃったんだろう。というのは、想像に難くない。

「それじゃさ、今度こそ捕まえて、告ってみたら?」

「ええぇ?ユキナさんが相手じゃ、あたしなんか勝ち目ないよ。王国一のクールビューティーだよ?」

「とはいっても、ここには72時間しかいられないんだろう。ユキナさんは、現実には存在しないんだから、桜月さんの方が、断然有利」

「でも、あたしだって、ここでしか会えないんだよ?」

「へ?」

「これまで、名前以外、何も分からなくて。があって、やっとキミの高校の生徒だって判明したっていうか……」

「ちょっと待って。今度の騒ぎって……俺のこと?」

「そう。だってキミ、薬、学校で飲んじゃったでしょ?で、みんなが見る前でバッタリ倒れて、救急車で運ばれたんだから。その後で、警察の捜査とかも入ったみたいだから、間違いなく結構な騒ぎになったハズ。ちなみに、キミは人生はかなんで、自殺未遂したことになってるから」

「うわ~まじか~」

 俺は思わず頭を抱える。何も問題を起こしたことがなかった品行方正な生徒が、禁止薬物飲んで自殺未遂とか、めちゃめちゃスキャンダラスなんじゃないだろうか。

 ……何この、人生、終わった感。

「比村は、多分、キミが運び込まれた病院のどこかに身を隠して薬をのんだんじゃないかって。今、現実世界であたしの仲間が、恐らく病院内捜索してると思う。それで本体確保してくれてればいいんだけど……」

「ちょっと、いい?」

「はい?」

「あのさ、比村は今回、俺の側で薬飲んだんじゃないの……?」

「救急車に乗せられたキミを、病院まで追っかけてって?」

 彼女が軽く笑う。って、それは否定の意味ってことだよな。

「そもそも、キミがなんで倒れたのかって、その理由知らなきゃ、友達でも何でもない彼が、わざわざ病院になんか行かないよね?」

「ですね」

 てことはつまり、比村は自分がこの世界に来る為に、俺を利用したってことか。俺に一服盛ったのは、佑二じゃなくて、比村ってことだ。恐らく、比村が佑二に薬を渡したのだろう。一般には入手困難なその薬を。

 にしても、

「俺、なんで巻き込まれたんだろう」

 素朴な疑問が浮かぶ。何で俺だったのかっていう。


「それは、お前がだからだよ」


 不意に声が……そう、話題の主、比村王子の声が割り込んで来た。

 気づけば、止まっていた景色が、再び動き出していた。

 

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