第9話 シーソーゲーム


「何か、ノイズ混じってんなって思ったら、心音っちじゃん、おひさ~俺の第五の世界にようこそ~」

 いきなり動き出した比村に、桜月心音は心底驚いたようで、反射的に俺を盾にしている。

「あっ、あなたねぇ、現れるなら、前もって言っときなさいよっ!」

 ついでに、言ってるコトが支離滅裂だ。動揺し過ぎだろう。俺が失笑する横で、天然系勇者の八広がテンション高めで攻めて来る。

「あっ、すーぱーチートなお姉さんっ!」

「あぁ……勇者少年、相変わらすのテンションなのね」

「で~~ぇ?俺の世界に割り込み掛けて、心音っちは、クリスちゃんと二人で何、ナイショ話してたのかな~?まあ、だいたい想像はつくけどな」

 比村がにっこにこの、でも、目だけは笑ってない顔で訊く。心なしか少し怯えたような桜月さんを、背後に庇いながら、俺は口を開く。

「単刀直入に訊く。お前が、俺に薬を飲ませたって理解で、いいのか?」

「まあね」

「何でそんな……」

「ん~そりゃ、一人よか二人で世界を共有した方が、データをロードする際の負担が分散されるから、体に優しいの。つまり、死亡リスクを下げられるんだよ」

「……」

「ま、結局、お前が本もろくに読まないへなちょこだったせいで、俺の方に余計に負担が来る羽目になったのは、計算外だったけどな」

「……いや、聞きたいのは、そこじゃなくて、二人目が俺だったのは何でって話なんだが……」

「キラキラネーム仲間だから?」

「は?」

「俺は、王子なんてケッタイな名前のせいで、結構、いじめられたりしてきたんだよな。んで、軽~く、性格歪んで、人と関わるのが面倒くさくなる位には、トラウマになった訳さ。なのに、おんなじケッタイな名前のくせに、お前は、何で、ふつ~の高校生できてんのよ?不公平だろうが?ん~?」

「……ふっ……ざけんなっ!」

 考えるよりも先に、体が動く、というのを初めて体感した。我に返った時には、俺の右拳が比村の頬にめり込んでいて、その俺の右腕には、桜月さんがぶら下がっていた。

「ええ……と?」

 戸惑う俺の声を聞いて、桜月さんが顔を上げた。

「この人には、ちゃんと罪を償わせるから……だから、キミが手を出しちゃダメ。キミは足を踏み外しちゃ、ダメ」

「桜月さん……」

「ちゃんと罪を償わせるから?」

 比村が嗤う。

「って、四連敗中の心音っちには、無理ゲーじゃね?」

「今度は、絶対に逃がさないからっ」

「はいはい。もうソレ耳タコだから」

 桜月さんは、悔しさのあまり、まだ握ったままだった俺の腕を、(多分無意識なんだろう)、両手で雑巾を絞るように、ぎゅ~っと物凄いパワーで締め上げた。

 俺も男だ。

 ここは我慢する所だ、とは思ったのだ。

 でも、

「っ……て……」

 つい、声が漏れ出てしまった。堪え性のなさが、我ながら情けない。

「あ……うわわっ……ごっ、ゴメンなさいっ!」

「いやっ、別に大丈夫、だからっ……気にしないで……」

 愛想笑いが、どこか引きつってしまうのは、不可抗力ということで。

「とっ、とにかく、今度こそ、帰るって言わせてみせるんだから、覚悟なさい!」

「はいはい」

 比村は、肩をすくめる。まるっきり、相手にはしていないといった風情だ。

 ……って、これ勝算あんのか?ないと困るけど……

 何しろ、命に関わる訳で。

 こうして、俺達のパーティーにすーぱーチートなお姉さんが加わることになった。



 八広いうところの、すーぱーチートなお姉さん、桜月心音は、なんと魔法師のスキルを持っていた。

 この世界五回目だという彼女は、比村捕獲の為に、過去の失敗を分析した結果、魔法師というこの世界でのチートスキルを利用することを思いついたのだそう。

 スキルを得るには、ともかく小説を読み込んで、それをより詳細に自分の頭に思い浮かべるという、簡単なのか難しいのか分からない方法を使う。要するに、空想世界のここでは、想像力がモノを言う、ということだ。当該小説を読んだことがない俺が、村人Aだったのは、当然の結果ってことだ。


「チャプタースキップ」

 比村が言うと、場面が切り替わり、目の前に大きな瀑布が現れた。これが、話に出ていた曙の女神の滝という奴だろう。

「はい、勇者様、楽しい水泳のお時間ですよ」

「え~賢者さま。俺、泳げませんっ」

「知ってます。唯一の弱点設定がカナヅチとか、一月二月先生もなかなかのイケズっぷりなんだよな」

 比村が楽しそうに言う。そんな姿を見ると、奴は本当にこの世界が好きなんだなと思う。

「無理やり服を剥いで、滝つぼに突き落とす。というのも一興だが……」

「おいおい、ドSキャラ全開だな、賢者様」

 腹黒さが判明してから、比村はその性格の残念っぷりを惜しみなく披露してくれる。

「せっかく、ここに魔法師のお姉さんがいるので、これを使わない手はないですよね?お願いできますか?魔法師様」

 桜月さんは、少し不機嫌そうな顔で頷いた。比村の言うことを聞くのは不本意だが、俺たちの究極の目的、この世界からの離脱ということを考えれば、今はこいつに協力しない訳にはいかないのだ。

「水の精霊を召喚。我の行く手を遮る水を全て天地の狭間に押し流せ」

 桜月さんが右手を掲げて、明瞭な声でそう告げると、滝を流れ落ちていた水が止まった。

「ほぉ、これはなかなか」

 予想を超える力に、比村でさえ驚かされた様だ。

「時間ないんだから、とっとと行くわよ、八広くん」

 驚いた顔をしている八広の手を引いて、桜月さんが滝つぼに足を踏み入れる。と、彼女の足を避けるように、水が引いた。剣が封印されている場所は、すでに比村にレクチャーされているから、二人は目標に向かって迷うことなく滝つぼの奥へずんずんと進んでいく。

「なかなか優秀だね、彼女」

 比村が嬉しそうに言う。

「魔法師を仲間に出来たのは初めてだけど、これなら今回は、最後まで行けるかも」

「最後まで?」

「やっぱ、72時間だと、なかなかエンディングまでたどり着けなくてさぁ……」

「エンディング……って、やっぱ、ユキナさんに告白する的な?」

「そうだよ。キスの一つでも奪えたら、上出来?」

「……まあ、お前の趣味のこと、とやかくは言わないけど、なら、ジャンプジャンプで、最後まで言っちゃえば済む話なんじゃないの?」

「バカだな、お前。途中のイベント全部スキップしたら、愛情メータ上げられないだろう。要所要所で、俺ここにいるよアピールしとかなきゃ、好きになって貰えないんだよ」

「ああ、そう」

 そこは何?恋愛ゲーム的なノリなんですね。世界を自由に動かせても、比村にも色々自由にならない制約はあるらしい。

「あのさ、物凄くどうでもいいこと聞くけど」

「あん?」

「桜月さんって、どうなの?」

「どうって?」

「タイプとして。あれ、どっちかっていったら、結構ユキナさんタイプだろ?」

「あれはな~タイプとしてはアリなんだけど、惜しむらくは……」

「惜しむらくは……?」

「俺の好み的に言うと、胸が小さすぎる。俺、断然巨乳が好きなんだもん」

「……あ、そ」

 ……桜月さん、片想い確定か。ま、彼女の幸せのためには、それで良かったのかもと思う。世の中には、きっともっとましな物件の王子様だっているハズだ。

 ……俺だって、こいつに比べたら……


 ら……?……?


 って。あれ?……俺、いま何考えてた?


「あったよ~!」

 向こうの方から、桜月さんがキラキラした笑顔全開で声を掛けてくる。立派な装飾の剣を手にして誇らしげな八広の頭を、容赦なく、ぐりぐりと愛犬でも愛でるように撫でている。その撫でっぷりが笑いを誘う。

「この子、物凄~く頑張ったから、褒めてあげて。洗面器の水に顔もつけられないのに、最後、封印解くのに、水に頭突っ込んだんだから」

「ほお。八広、勇者レベル上げましたね、素晴らしい」

 比村に褒めてもらって、八広は実に嬉しそうだ。

「やったな、八広。前よりぐっと、勇者っぽく見えるぞ」

 俺も労いの言葉を掛ける。

「えへへ」

 新しい剣を手にして、見るからにうれしそうに頬ずりする八広に、こちらの頬も自然と緩む。それは、桜月さんも同じだったようで、互いに目が合ってそれに気づき、また笑い合う。こんな風に、場を自然と和ませる資質。そういうのを持っている八広は、やっぱり勇者に、というか、この物語の主人公に相応しいのだろう。


 そんな、和やかな空気の中で、

「……お疲れ、心音ちゃん」

 ふと、口をついて、その一言が零れ落ちていた。


 そこはタイミングよく、と言うべきか。心音ちゃんの使った魔法が切れたみたいで、瀑布の流れ落ちる水の音に、俺の声はかき消されていた。

「……えぇ?何かいった?」

 心音ちゃんが、訊き返してくる。

「うん、お、つ、か、れ、さまっ……って、言った」

「あ、り、が、と、う、」

 笑いながら、彼女……心音ちゃんがそう言った。

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