第10話 何だか苦しい胸の内
「チャプタースキップ!」
何だか、色々と便利な言葉だな。
というツッコミは脇へ置いておいて……
無事に勇者の剣を手に入れた俺たちは、比村の一声で、クランノイエ王国の王都、その中心部にある王城へジャンプした。何しろ、時間が限られているので、端折れるところは端折るらしい。要するに、比村的には、今後ユキナさんが出てくるシーン以外はスキップしていく方針の様だ。
で、気付けば、こちらも魔法師である王女様たちと一緒に、魔王を倒すべく、絶賛その居城へ向かっている最中だ。そして、ここがユキナさんとの親交を深める、最後の重要なターンと言ったところか。クールビューティなユキナさんに、べったりな比村は、時折、彼女の笑顔を引き出すことに成功するなど、成果はそこそこあるようだ。
その傍で、心音ちゃんが、複雑な顔で二人を眺めているのを見るのは、なかなか胸が痛い。
「……ていうか、胸ってそんなに大事か……」
そりゃ、まあ、俺も男だから、分からなくもないが、そこがダメなだけで、弾くって、どうよ?理想形が目の前にいるのだから、そっちを選ぶというのも、道理といえば、道理には違いないが。
「わかんねぇ……」
「胸がどうかしたの?チャン・ミヤーマ」
我に返ると、マナカちゃんに顔を覗き込まれていた。
「え?」
「胸が大事って」
「あ、いや……」
やっべ、心の声がダダ漏れだった。
「ええと、その、ちょっと、胸が……苦しい……かな~なんて」
「胸が苦しい?それは、大変。ご病気でしょうか?」
「いや、そこは平常運転で過労なので、特に問題ありません」
「ご無理はダメですよ?」
言いながら可愛い笑顔とともに、マナカちゃんの方からそよそよと微風が送られてくる。ほんのり甘い香りがして、気持ちが落ち着く感じだ。
「これは……?」
「癒しの風です」
「何だかすごくいい気分」
「良かった」
そう言って、マナカちゃんが更に笑顔になる。
……なんだろう、これ。……かわいい?……
「癒される~」
「えへへ……」
俺が脱力状態でそういうと、マナカちゃんが少しはにかんで嬉しそうにしている。
「あ~た~し~も~い~や~し~て~」
いつの間にか、俺の隣に心音ちゃんが来ていて、並んでマナカちゃんの癒し魔法の恩恵に預かっている。
「何だか大変だね、色々と」
俺がそう振ると、
「ん~まあ、仕事だからね~」
と、虚脱した感じの声が返って来る。
「なぁ、聞いていい?」
「な~に~」
「心音ちゃんはさ、何でこんな仕事してんの?」
「ん?」
気持ちよさそうにつぶっていた目を開けて、心音ちゃんが俺の顔をまじまじと見た。
「あ、言いにくい話なら別に……」
「心音、ちゃん、?」
「あっ、ごめん、間違った……えと、桜月さん?」
「ん~別に、心音で構わないよ?あたしの方が、年もいっこ下だし~」
「あ、うん、じゃぁ、心音ちゃんで」
「……こんな仕事かぁ……」
「人助けな訳だし、立派だなとは思うけど、危険な部類に入る仕事なんだよね?」
「う~ん。まあ、危険。言われればそうだけど……死にたい人は、死んだらそこで終わりでいいけど、残された方は、一生悲しいままだから。あたし、そういうの許せないんだよね」
……許せないんだよね。
彼女は笑ってそう言った。
けど、それは何ていうか、すごく寂しげな笑顔で。もしかしたら、彼女は残された方だったのかも知れないと、そんな気がした。それを確かめることは、その時の俺にはとても出来なかったけど。
「マナカちゃん、アリガトね」
心音ちゃんが、マナカちゃんの頭をよしよしって感じで撫でながらお礼を言う。
「男どもは、ホントに見る目がないよね~マナカちゃんがいちばん癒し系でお買い得なのにね~」
「ちなみに、一番人気って、やっぱ、ユキナさんなの?」
ちょっとしんみりしてしまった空気を払拭するために、どうでもいい話を振ってみる。
「まあ、アマネちゃんは勇者と仲良し~な感じになってく訳だから、俺の嫁感下がっちゃう的な?」
「ああ、成程。ユキナさんはフリーだから、男は独占欲満たされるんだな」
美人でスタイル良くて、(ついでに胸がおっきくて)落ち着いた感じで、クールビューティーなところに、たまにデレたりして、ギャップ萌え万歳って感じか。
「まあ、悪名高き、一月二月先生のキャラだから、そこは一筋縄じゃいかない裏設定があるんだけど」
「悪名高い、のか?その先生とやらは」
「う~ん、サービス精神旺盛というか、やらかしの
「やらかし……」
聞けば、ヒロイン殺しとか、鬱展開の女王とか、色々な称号をお持ちの先生らしい。
「どらプリは、まあ、対象年齢下げてるから、今んとこ、そんなにひどくはなってないけど、青少年の夢に軽くヒビ入れるぐらいのことは、してくれてるみたいよ?」
「夢に、ヒビ……」
って、これ、中高生に夢と希望と癒しと潤いを与える小説じゃ、ないのかよ。
「ここだけの話……」
心音ちゃんが、顔を寄せてひそひそっと言う。いきなり顔が至近距離に来て、ドキッとしたのは、まぁなんだ、条件反射、だから……
「ユキナさんって……(極秘情報)……」
「ふぁっ?それって、どこ情報?」
俺が訊くと、心音ちゃんは、ポケットからおもむろに文庫本を……
「って、君も持ってるんだね、それ……あれ?これ何か表紙が違う?」
「うん、これ、どらプリ最新刊、まだ店頭に出てない奴」
「……って、これサイン本じゃん。どうしたの?こんなの」
「一応、仕事の関係で、先生に会ったことあるから、その時に貰ったんだけど……このあとがきにね、次回最終巻で、ユキナの隠された過去がっ……ていう感じの煽りが入ってて、ここにね……」
「まじか~」
これ、かなりやらかしなんじゃないだろうか。まあ、こういう世界の人たち的には、ありっちゃ、ありだけど。
「あ、あぁ……でも、これ使えるかも。ねぇ、マナカちゃん、マナカちゃん、ちょっと訊きたいコトがあるんだけと……」
俺と心音ちゃんが、ひそひそナイショ話をしていたせいで、所在なさげにしていたマナカちゃんが、ナイショ話の仲間に入れてもらえると知って、ニコニコと嬉しそうに身を寄せてくる。そんなマナカちゃんの仕草をみた心音ちゃんは、
「……かっ、かわい~」
と、叫んで彼女をむぎゅっと抱き潰した。
「いいよね~いるだけで和むとか。ホント、マナカちゃんダイスキ。キミもそう思わない?」
「あ、まぁそうだね」
心音ちゃんも相当ストレス溜め込んでんだなぁ、と少し気の毒になる。やっぱ、比村に振り回されてるせい、なのか。
……たくっ、比村の奴……
今度こそ、比村をとっ捕まえて、そのストレスを減らしてあげなきゃと、心に誓う。
「それでね、マナカちゃん…………」
俺は、マナカちゃんから聞き出した情報を元に、比村から「帰る」の一言を引き出す作戦を思い付いた。
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