第7話 恋って奴はいろいろと厄介

「時に、アマネ姫」

 俺が軽くへこんでいるのもお構い無しに、比村は話を進めていく。

「この国のドラコンはたいそう大人しく、上流貴族の間では愛玩獣として可愛がられる存在なのだと聞き及んでおりましたが、先ほどの様な狂暴な振る舞いをするドラゴンがいるとは、一体……」

 比村の問いに、アマネが返答に窮したように俯いた。

「……俺の見間違いでなければ、先ほど、姫様が砕いたあれは、邪気を払う黒水晶モリオンだったのではありませんか?」

「……確かに、あれは黒水晶モリオンと呼ばれるものです。いえ、呼ばれていた、と言うべきでしょうか……」

「アマネ……」

 何かを言いかけたアマネを、ユキナが咎めるに遮った。

「部外者に話していいことじゃない」

「でも、私たちには、次々に狂暴化するドラゴンを止めることしか出来ないじゃない。その原因を取り除く手立ては、まだ見つけられなくて。もし彼らが予言の勇者と賢者なのだとしたら、ドラゴンがこれ以上傷つけられるのを見なくて済むかも知れないじゃないの……」

「心細いのは分かるけど……早まってはダメ。まずは、この子が本物の勇者なのか、見極めなきゃ」

「え?俺、マジで勇者だよ?」

 八広が、何で疑うの?という感じで言う。

「馬鹿言わないで、勇者の剣も持ってない勇者が、どこの世界にいるの?」

 ユキナがピシャリと言った。

「う~だって、それは、これからだもん。ていうか、転移してまだ一週間もたってないのにさぁ、そんなレベルまで行ってるとか、どんだけチートなんだよって話っしょ」

 八広が納得いかないという風に愚痴る。

 つまり、あれだ。

 察するに、比村賢者さまのせいで、八広は予定外に早く、ヒロインであるアマネ姫と遭遇してしまったのだろう。

 ……ていうか、比村の奴、話の筋を無視して、一体、何がしたいんだ?……


『ユ~キ~ナ~さぁぁぁ~ん、好きだぁぁぁぁぁっ』


 ……まさかとは思うが……

「比村、お前一体……」

 が、俺に口を挟む隙を与えずに、比村はサクサクと話を先に進める。

「分かりました、姫様方。それでは、一日だけ猶予を頂けますか?さすれば、勇者の剣を手に入れた正真正銘の勇者を伴って、御前に参上いたしますゆえ……そうですね、明日の日暮れ迄には」

 そこまで言うと、比村はにっこりとほほ笑んだ。……慣れた目で見れば、十分に胡散臭い詐欺師のような顔で。



 いったん王女達と別れた俺達は、比村の道案内で、暁の女神の滝へ向かっていた。そこに封印されている勇者の剣を手に入れるためだ。

 鼻歌を歌いながら、上機嫌で歩く八広は、どこか遠足気分だ。緊張感が、微塵もねぇ。

 ……勇者の適性って、ポジティブ能天気ってことなんじゃ……

 なんてことを、つい考えてしまう。

「賢者さまって、ユキナさんのことが好きなんですかぁ~」

 ユルユルな感じで、核心を突くのは、もはや才能か。対する、比村は、

「あれぇ?バレちゃった?」

 ……って、あれでバレない要素が、どこにあるんですか?……

 などと、突っ込むのもバカバカしいほどに、こいつは間違いなく、確信犯だ。

「俺はっ、アマネ姫様が、メチャクチャ好みですっ!」

「ほほぅ。しか~し、お姫様は、たしか16才だから、お前より年上だぞ」

「え~でも、年上って言っても、何か放っておけないっつ~か、守ってあげたい感じなんですよね~そういう訳なので、マナカちゃんは、水晶さんの担当ってことで……」

「はぁ?」

 よくわからん。つ~か、もっと建設的な話をしようぜ。

「比村、お前さぁ、さっきお姫様が言いかけた話」

「あん?」

「聞くまでもなく、知ってんだよな?」

 本、読んでんだから。

「まあな」

「教えろよ」

「あ~要するに、この世界には、お約束的に魔王様というお方がいてだな。その魔王様は王女に惚れていて、自分に靡かない王女に対する嫌がらせで、本来は大人しいドラコンに邪気を込めた黒水晶モリオンを埋め込んで、狂暴化させて暴れるようにしている」

「えぇっ?何それ、ひどくね?その王女って、アマネ姫様のことだよな?俺のアマネ姫様を困らせるとか、魔王許すまじ!」

 ああ、しまった。

 魔王討伐のフラグ立てちゃったわ。

 賢者の弟子ごときなら、そんな危ない所には行かなくていいハズだよな?ていうか、俺の能力でそんなのに関わったら、マジでられちゃうから。


 ……俺、まだ、死にたくないし……


『本当に?』

「え?」

 心の声に、反応が返って来て、俺がうろたえていると、また声が聞こえた。

『死にたくないって、本当?』

「あたりまえだろうが」

「何か言ったか?水晶」

 比村が訝しげな顔をしてこちらを見ていた。

「あ、いや、ひとりごと……って、え?」


 また、世界が止まっていた。

 今度は、八広だけでなく、比村もだ。


「今度は、何っ?」

「見つけたわっ!深山みやま水晶すいしょうっっ!」

 いきなり目の前に現れた女の子に、勢い良く人差し指を突き付けられた。

「あ、いや、水晶すいしょうじゃなくて、水晶くりすですから」

 状況が分からず、どうでもいい辺りにツッコミを入れてしまう。

「え?水晶くりすなの?ウソ、読めなくない?」

「スミマセン……ていうか、どちら様ですか?」

 予想はついたが、一応訊いてみる。

「あたしは、桜月さつき心音ここね、キミを迎えに来たのよ」

 ショートボブで、凛とした感じの体育会系の少女は、そう言った。

「迎えって、どういう……」

「そもそも、キミの場合は、本当に事故だったみたいだし……ブラックリスト最上位、最低最悪男の比村に、利用されただけっぽいし……」

「え?比村……って、そこにいる比村のこと?」

「はっ?」

 俺が彼女の背後で固まったままの比村を指差すと、彼女はものすごい勢いで後ろを振り返り、

「きゃぁあっ?!」

 と、実に分かりやすく驚愕を表現したような悲鳴を上げた。

「なっ、な、な、な、なんでいるのよ、こんなところにっ………」

 その取り乱しようは、やっぱり分かりやすくて……その平均以上の驚きっぷりと、誤魔化しようもなく赤面した顔を見れば、

 ……この子、比村のこと完璧好きなんだな……

 というのはバレバレだった。

「……うっ、迂闊だったわ。キミ、こいつにマスターリーダーの権利、譲り渡しちゃった訳?」

「マスターリーダー?」

「本を読むリードする、優先権」

「ああ、多分。ていうか、そもそも俺、どらプリなんて読んだことないし……」

 俺がそう言うと、彼女は目をぱちくりさせて、ちょっと待ってと言う風に手のひらを俺の方に向けて、何か考え込むようにうつむいた。

「……未読者とか……比村ってば、アテがはずれたって訳ね。うふふっ。これはなかなか愉快だわ。にしても、未読者とか、未読者とか……困ったわね。あたし、もしかしなくても、初めてかも……どう、しよう……」

 心の声が、良く聞こえた。

「あのぅ……全部、声、出てるけど?」

「えっ?」

 意外と、そそっかしいのかな、この子は。俺は苦笑しながら訊く。

「要するに、どういうこと?」

 その問いに、一瞬で真顔になった彼女から返ってきた言葉は、予想だにしなかった、驚愕の一言だった。

「キミ、このままだと、死ぬわよ?」

「へ?」

 素で意味が分からなかった。

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