第6話 魔法少女とドラゴンと
遥か上空で、ドラゴンを取り囲むように陣取った三人の少女たちは、何か杖のような……いわゆる魔法のステッキのようなものを振りかざしながら、真剣な顔で何か……多分、呪文の類?……を唱えている。その足元には、それぞれのパーソナルカラーらしい色の丸い光の文様が展開されていて、恐らく浮遊魔法みたいなのを使ってるんだろうな、と思う。
……すげぇなぁ、これ。子供の頃、毎週楽しみにしていたアニメをライブで見てる感じだわ~……
この世界に入るときの体の負荷の掛かり具合を差し引いても、これ、結構楽しいのかも……と思い始める。比村の言うように、まさしくこれは、楽しい夢の世界だ。たいして興味のなかった俺でさえそうなのだから、これは好きな人間には、ホントたまらない世界なんだろう。
一方のドラゴンの方も、大人しく囲い込まれている訳ではなかった。翼をバサバサと羽ばたかせたり、長い尾や首をブンブンと振り回したり、鋭い爪を持つ足で少女たちを捉えようとしたりして暴れている。
それを器用にかわしながら、少女たちは真剣な表情で杖を振りながら、呪文を唱え続けている。それでも、何回かに一度は、ドラコンの攻撃を避けそこなってダメージを受けている感じだ。遠目には分からないが、多少なりとも、傷を負っているのだろうと思う。
その痛みを想像して、俺は小さく身震いをした。男の俺だって、ドラゴンと対峙したら怖い。それなのに、あんな女の子たちが、必死に頑張っている姿を見て、思わず、
……頑張れ……
って、心の中で呟いていた。何も出来ないで、見ているだけの俺には、こんなこと位しか出来ない。
この思いが力になれ。
この祈りが少しでも彼女たちの力になれ。
……と、願わずにはいられなかった。
やがてーー
その時は来た。
三人の杖の前方に、ほぼ同時にそれぞれの色の新しい光の文様が浮かび上がる。その中心部から、炎とブリザートと竜巻がドラゴンに向けて放たれた。その攻撃に、ドラゴンの動きが止まる。それを見定めたように、赤を基調にした衣装の子が、再び杖を振りかざす。と、その先端からまばゆい光が溢れ出し、ドラゴンを包み込んだ。やがて、その光はドラゴンの心臓部に向けて収束していき、その光の中から、黒い艶やかな石のようなものが出現した。少女がそれに杖で触れると、黒い石は粉々に砕け散り、陽の光を弾いてキラキラと輝きながら、空気に溶けるようにして、消えた。
「……これ、何回見ても、感動する」
比村がポツリと言った。
「俺も、カンドーしました」
その横で八広が言った。
……何回見ても?……って、こいつ、初めてじゃないのか?……
何となく、そこに引っかかる。
「おい、比……」
俺がそれを確認しようとした時だった。
「ユ~キ~ナ~さぁぁぁ~ん、好きだぁぁぁぁぁっ」
「ふぁっ!?」
俺は、生まれてこの方聞いたことのないような、物凄い絶叫を聞いた。声の主は比村である。
「好きだぁぁぁぁぁっ、ユキナ~~~っ!」
「おい、おまっ」
比村の視線の先、蒼い衣装の、長い白銀の髪の少女が、その絶叫に気付いてこちらを見た。
「ユキナ~~~っ!大っ好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今度は完全に彼女と目を合わせ、トドメとばかりに、さらにボリュームを上げて、比村が絶叫する。と、その意味を理解したのか、彼女が赤面したのが遠目にも分かった。
……まあ、だよなぁ……
俺が苦笑しながら見ていると、不意に彼女がグラリと体勢を崩し、手にしていた杖を取り落とした。
「え……?」
俺たちの見ている前で、彼女の足元の文様がいきなり消失した。彼女はそのまま真っ逆さまに落下してくる。もしかして、杖がないから、魔法が使えないのか。
「これ、やばいんじゃ……」
「あっ、賢者さま」
八広の声にそちらを見れば、彼女の落下地点に向かって、猛ダッシュしていく比村の後ろ姿があった。
「お見事」
思わず拍手してしまう程の、ナイスなお姫様キャッチというものを見せてもらった。
「さすがです、賢者さま」
そう声を掛けながら、二人の方へ八広が駆け寄っていく。こいつ、もうすっかり比村信者だよな、と思いながら、俺もその後に続く。
気を失っていた少女は、すぐに意識を取り戻した。自分が比村にお姫様抱っこされていることに気付くと、彼女は狼狽したように慌てて身を起こす。そして、どこか困ったような微妙な顔をしながら、
「ありがとうございました」
と、小さな声を発して、比村の腕から降りた。
「いえいえ、お怪我がなくて、何よりでした、ユキナさん」
比村が、にっこにこ全開で、気のせいでなければ、イケメン度が少し上がったような感じでこれに応じる。
……っていうかさ、彼女が落っこちたのって、比村のせい、だよな?……
と、俺は思ったが、その場の空気を読んで、そこは敢えて口にしなかった。
「ユキナ~っ、平気なのっ?怪我はっ?」
赤の衣装の子が、勢い込んで上から降りてきて、ユキナの隣に着地した。
「……平気。問題ない」
「もう、ビックリさせないでよ、ホント……」
「心配させてごめん、アマネ」
ユキナにそう言われて、アマネと呼ばれた少女は安堵の溜め息を漏らすと、そこにいた俺たちに訝しげな視線を向けた。
「あなた達は、一体何なのです?うちのユキナに、変なちょっかいを出すとか、止めて下さいます?」
「おや、これは心外です、姫殿下。ユキナさんに危害を加えようだなんて、滅相もない……俺のユキナさんへのほとばしる想いが……いえ、誤解を怖れずに言えば、愛がっ、どうにも抑えきれずに、つい溢れ出してしまったのです」
「……あ……い?……ですって?」
臆面もないセリフを恥ずかしげもなく吐いた比村に、そんなモノを聞かされたアマネの方が赤面する。どうやら彼女には、そっち方面、あんまり免疫ないみたいだ。
「なあ、なあ、賢者さま。姫殿下って?」
八広が、その場の微妙な空気を完全に無視して会話に割り込んだ。この勇者は、空気を読まない。
「ああ、このお方は、クランノイエ王国の王女殿下、アマネ・クランシーリア・リリアンベール様であらせられる」
「お、姫様?何それスゲ~あ、俺、鷹神八広って言いますっ。ただいま絶賛、勇者やってますっ!以後、よろしくお見知りおき下さいっ!!」
勇者八広の勢いに押されて、アマネが差し出された手を、つい思わずという感じで取った。途端、盛大なシェイクハンドをお見舞いされて、彼女は思い切り困惑顔になっている。
「姫さまぁ~ありましたぁ~ユッキ~の杖ぇ~」
声のした方を見ると、少し離れたところで、緑の子が手に杖を握りしめて、嬉しそうにブンブンと振り回していた。まだ幼さの残る感じの子で、話し方も少し舌足らずだ。三人の中で、一番年下なんだろうと思う。
「ご苦労さま、マナカ……」
そちらにちょっと疲れたような応えを返しながら、アマネは八広が握りしめていた手をごく自然な感じで離す。
「それで、勇者さまと、賢者さまと、あとそちらの方は?」
言われて、初めて自分のことだと気付く。そうだった、俺も登場人物なんだよな、傍観者じゃなくて。
「ああ~っと、俺は……」
「弟子です、俺の」
自分で言う前に、相変わらず愛想の良さげな比村に先を越される。
「……お前、その弟子設定はもう確定なんかっ」
「何か問題でも?」
「いや、問題っ~か。不本意っ~か」
「あのなぁ、勇者のスキルも賢者のスキルも持ってないお前に、何が出来んだよ。村人Aに比べたら、賢者の弟子なんて、破格の好待遇だろう?何が不満なんだ」
「……」
言われてしまえば、モノクロ世界しか作れなかった俺が、自力でつかみ取ったのは、村人Aという名もないモブキャラの役で。それは誰のせいでもなく、自分の想像力の無さを恨むしかない訳で。何も出来ない俺が、勇者だの賢者だの、そんな肩書を持てるはずもないというのは、まったくもって正論だ。
……ぐうの音も出なかった。
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