第5話 はい、もう一回
彼方の空に、鮮やかな蒼穹の中に、黒い影が浮かんだ。何だ、と思って眺める間もなく、その影はみるみる大きくなってくる。それはもう、見まごう方なきドラゴンさん、て……
「おいっ、比村ぁ……あ?」
平原の向こうの方から、何だか物凄い勢いでやってくるものがある。
……あれは。
「とりあえず走るぞ、そこの森まで。視界から外れれば、ドラゴンは諦める」
比村が言って走り出す。
「うぇ?って、結局、走んのかよっ!」
文句を言いながらも、比村の後を追う。今度は距離があるから、余裕で間に合う感じだ。と、
「だぁ~あああああ~~~~~っしゅぅっ~」
聞き覚えのある声が、ドップラー効果を起こしながら、物凄い勢いで俺の隣を通り過ぎていった。勇者様の足は、やはり速い、らしい。
俺たちが森に駆け込むのと同時に、すぐ頭の上で、金属をひっかいた様な不快な音……多分、ドラゴンの鳴き声と思われる……が、耳を刺した。大きな影が頭の上を横切る。それだけで、心拍数が上がる。身の安全を確保してからようやく、木の陰から恐る恐る様子を伺うと、ドラゴンは俺たちを探すように、ぐるぐると上空を旋回している。
「たくっ、こんな所でドラゴンに会うなんてついてないよな~転移者のお兄さんたち、大丈夫だった?」
八広が人なっこい笑顔を見せて言った。
……ええと、そこは初対面、てことになるのか?……不名誉な村人Aの
「おおおっ、これはっ、どなたかと思えば、勇者様じゃ、あ~りませんかぁ~」
比村がわざとらしいまでの芝居がかった調子で言う。
「こんな所でお目に掛かれるなんて、まことに光栄にございます」
慇懃無礼ってこんな感じ?というぐらいに丁寧に、比村が深々と頭を下げた。そんな風によいしょされて、八広の方も満更でもなさそうだ。
「うん。怪我がなくて良かった。ええと……」
「俺は、比村王子です」
「ヒムラ王子?というと、セントセレベスタ七王国のいずれかの?」
……なんか、王子が普通に王子様になってるんだが……
「まあ、そんなもんです。お忍び旅なので、出自は内緒です。ところで、勇者様におかれましては、勇者の剣をまだお持ちでないとお見受けいたしますが……」
「ああ、そうなんだよね。王都の武器屋で宝剣の地図?手に入れなくちゃ、剣のありか分かんないみたいでさぁ……今から王都に向かうとこ」
……って、会話が自然にかみ合ってるんだがっ……
「恐れながら勇者様。そういうことでしたら、耳よりな情報がございますよ?」
「耳よりな情報?」
「この森を抜けて、山を一つ越えた所に、暁の女神の滝という所がございます。何でも、その滝つぼの底に、勇者の剣は沈められているとか」
「え?マジ」
「はい、マジです」
比村がにっこりと笑う。そうか。と、そこで俺はようやく気付く。比村は、この本の愛読者なのだ。ということは、この世界の隅々まで、この世界のことは知り尽くしているということなのだろう。それはさながら、
「あなたはもしや……賢者様というやつなのでは?」
八広が期待値マックスな目で比村を見る。
……だよな~何でも知ってる、便利な賢者様……
「……お忍び旅故、あまり大きな声では申せませんが、俺のことは、プリンス賢者……いや、もとい、プリン賢者……じゃなくて……んん……
……賢者様、ネーミングセンスはいまいちかよ。
「おおおお、マジですかぁ」
まあ、勇者様は感動しているみたいだから、いいのか。ゲームなんかじゃ、賢者とか魔法使いとか、仲間になるとアドバンテージ、めちゃ得られるもんな。
「で、そちらのお方は?」
「へ?」
いきなり振られて、心の準備ができていなかった俺は、言葉に詰まる。その間隙に、比村がすかさず割り込んだ。
「これは、クリス・チャン・ミヤーマと申しまして、俺の弟子、です」
「はあ、お弟子さんですか、よろしくお願いします」
「……はあ」
俺は、微妙な顔でよろしくと差し出された手を、握り返す。
……ミヤーマ、は、いいとして、(いいのか)真ん中の、チャンって、何?中華系の人設定?……
「で、タマゴ賢者様、あのドラゴン、何とかなりませんか?このままでは、俺ら、身動き取れません」
言われてみれば、ドラゴンは飛び去る気配もなく、俺たちの頭上を相変わらずぐるぐると旋回している。言われた比村は、思案するようにう~んと唸った。しばしの間……
「……センテンススキップ」
比村がボソッと零した。
……ん?……
「……お忍び旅故、あまり大きな声では申せませんが、俺のことは、黄昏の賢者、という二つ名でお呼び下さい」
「おおおお、マジですかぁ、黄昏の賢者様とか~カッコいいっす。で、そちらのお方は?」
……って、おいぃぃっ……
「これは、クリス・チャン・ミヤーマと申しまして、俺の弟子、です」
……チャン・ミヤーマはそのままかっ……
「はあ、お弟子さんですか、よろしくお願いします」
「……はあ」
俺は微妙な顔で、よろしくと差し出された手を、もう一回握り返すことしか出来ず……
「で、黄昏の賢者様、あのドラゴン、何とかなりませんか?このままでは、俺ら、身動き取れません」
「ああ、心配いりません。もうじきに、面白いものが見られますよ」
「面白いもの、ですか?」
「ほら、ごらんなさい」
比村が空を指さした。旋回するドラゴンの周りに、不意に丸い光の文様が三つ浮かび上がった。赤と、蒼と、緑。三色の文様は、それぞれ微妙に形も違う感じだ。
「召喚円っ!まままま、マジかっ!」
八広が歓喜の声を上げた。彼には、あれが何なのか分かっている様だ。
……召喚円っていうことは、何かが召喚されてくるって、ことか?……
予備知識のない俺は、固唾を飲んで、その円を見据える。円の中心部分の光が強くなった、と思った瞬間、それは現れた。
表紙の美少女……目のやり場にちょっと困ってしまう、かわいい衣装を纏った美少女×3。というか、3色?色違い?いや、3人か。
そこに現れたのは、3人の美少女。
「うっわぁ……あぁぁぁぁ……まさか、あれは、クランノイエ王国の魔法少女隊っっ!!」
八広が感動全開で叫んだ。
……って、魔法少女かよっ……
事態はますます混沌としてきた、気がする。
キラキラした目で彼女たちを見上げている勇者と、
……賢者、おめ~もかっ!……
彼らにツッコミを入れつつ、そんな俺も、頭に血が上る感覚をまずいな~と思いながら、女の子たちから目を離せなかった。いろんな意味で。
ちなみに、鼻腔から少量の出血があったことは、二人には内緒だ。
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