第4話 世界を再構築
「ブックトリップ……?」
思わず首を傾げた俺に、比村はニンマリと笑う。
「楽しい夢が見られる、魔法の薬だっ♪これを見ろっ!」
そう言って、奴がズボンの尻ポケットから引っ張り出したのは、厚さ1センチぐらいの文庫本で、黄門さまの印籠よろしく、俺の眼前に突き出された表紙には、あられもない衣装をまとった目のおっきな女の子のイラストがど~んと描かれていた。
……てか……胸、でかいな、おい……
いの一番にそこに目が行ってしまうのは、まあ男の
「で……このマンガがどうした?」
言った途端に、比村が信じられないって感じの顔をした。
「マンガじゃねぇし、ラノベだしっ。お前、まじかぁ~ラノベの存在を知らない中高生がいるとか~~ちくしょう、どんだけリア充なんだよ。表紙はこんなだが、中身はちゃんと本なんだよっ」
比村が見てみろとばかりに本を開いて中身を見せた。見開き半分は確かに文字が連なっていたが、もう半分には、少年と少女がかなりきわどい感じで絡み合ってるエッチなイラストが……って、赤面していくのが自分でも分かる。でも、
……悪いか、興味はあんだよっ(照)……
すぐに目を反らすことが出来ずに、思わず、ガン見してしまうこと数秒。
「……いやすまん。そもそも俺、本自体あんま読まないんだよ。で?ラノベ?って?楽しい夢が見られるって、エロ本の類……なのか……」
比村が俺の見ているものに気付いて、ちょっと気まずそうに、やっぱり奴も赤面する。お互い、こういうこととは疎遠の生活のようだ。
「じゃ、ねえわっ……まあ、絵はこんなだけどな。ま、これはサービスみたいなもんだから」
……よく分からん……
「ラノベっていうのはだ、中高生に夢と希望と癒しと潤いを与える小説のことだ」
「夢と希望と癒しと潤い……ねぇ」
……それ自体が、薬みたいな感じだな……
「ともかくっ、これっ」
比村が表紙の女の子をばんっと叩く。
「これは、
「え?タイトル、こっちじゃないの?『
「……それはシリーズ名という奴だ。ちなみに、ファンの間では『どらプリ』と呼称されている」
イラストもイラストだが、文字配列も何ていうか、こんな狭い版面にどんだけ文字数詰め込んでんだよ、と思わなくもない。お陰で、女の子の後ろの方にいる男の子なんか、顔半分見切れてんじゃん。
「……ともかく」
「あっ」
「ぅお?」
俺は思わず比村の手からその本を奪い取って、表紙をガン見した。今度は巨乳じゃなく、(本当です)その隣で見切れている少年の顔を。
「……鷹神八広っ」
そう、そこにいたのは間違いなく、数百メートル先で固まっている、鷹神少年に間違いなかった。それは、つまりどういうことになるんだ?
「え、え~と。もしかして、ここって、この本の世界なのか?」
辻褄の合う答えは、それしか浮かばなかった。
「はい、正解」
比村が、ぱんと柏手を打った。
比村曰く、ブックトリップとは、飲むと本の世界に入り込める薬なんだそうだ。薬といっても、主な薬効成分は睡眠薬と麻酔薬で、カプセルの中身はナノマシンなのだそうだ。
ナノマシンには本一冊分のデータがまるまるプリントされていて、それを体内に取り込むと、そこから脳に電気信号が送られる。ナノマシンから信号を受け取った脳は、本を読んでいるのと同じ状態で、本の中身を使用者に再現して見せる。VR(バーチャルリアリティー)のように、まるでリアルな現実そのままに再現された本の世界を見せてくれるのだという。
その本を愛する者にとって、その本の世界に入り込めるっていうのは、きっと夢のような話なんだろう。あまり本を読まない俺には、よく分からないけど。まあ、要するにそれは……
「究極の現実逃避って奴だな……ていうか、比村、お前そんなにリアルが辛かったのか。かわいそうに」
憐憫の言葉と共に思わず頭ぽんぽんした俺の手を、比村は憤慨した風に払いのける。
「って、ちがわい。俺は、現実逃避して来た訳じゃねぇよ。ていうか、その上から~な感じ、軽く殺意わくんだけど?一回シメていいか?」
と言うや、返事をする間もなく、比村は腕で俺の首を締めあげてくる。
「おまっ……や、め……」
……くっ、苦し……お前、冗談のレベル越えてんぞ、これっ。手加減という言葉を知らね~のかよっ……
やべぇ、酸素が足りない。意識が朦朧としてきた。俺の首を締めあげている比村の腕を力任せに、バンバンと叩く。
「暴れんじゃねぇ……もちょっと、我慢してくれ」
耳元で聞こえた比村のささやき声と共に、一瞬、視界がブラックアウトした。
「げほっ、げほっ」
気付けば俺は、地面にへたり込んで、激しくせき込んでいた。拘束は解かれたらしい。
「……て、何なんだよ、お前、ふざ……げほっ……けん、な……」
「わりぃ、わりぃ」
比村が言葉とは裏腹な、反省なんて微塵も感じさせない、にっこにこな顔で、息も絶え絶えな俺の顔を覗き込む。
……何なんだよ、こいつ、悪びれもせずに……
人当たり良さそうな奴かなと思っていた。けど、一瞬垣間見えたこいつの何かに、俺は戦慄した。他人には見せない裏側に、何か俺には理解できないものを隠し持っている。そんな気がしたのだ。
「例のナノマシン、には、ある特性があってさ」
「……特性?」
「ああ、同じ型式のマシンを近距離で使用すると、マシン同士が同期する。つまり、同じタイミングで同じ世界に入るとさ、互いに干渉しあって、データを補完しあうんだ。更に言うとな、最初にエントリーした奴のデータが世界のベースになる」
「……?どういう?」
「要するに、普段、ろくすっぽ本を読まないお前が、データをロードした結果が、このノイズ入りまくりでバグ出まくりの美しくないモノクロ世界なんだよっ!たく、俺の愛するどらプリの世界をよ~こんなにしちゃうとかっ、ふざけんなって感じ?たく、お前どんだけ、脳内変換力低いんだよ。ホンっト、ありえねぇし……」
「はぁ?何だよ脳内変換力って」
「つまり想像力っ!」
「あ、ああ……そういう……」
「さっき、お前のナノマシンを一瞬止めて、再起動に追い込んだ」
「へ?」
「つまり、ここでの優先権は俺のナノマシンに移譲された」
「……だから?」
「よく見とけ。世界の構築っていうのは、こうやるんだよっ!」
比村が立ち上がって両手を大きく広げる。まるでそれは、さながら世界を創造する神様の様で……
「リロードっ!」
比村の声と共に、モノクロだった世界がみるみる鮮やかな色彩を帯びた世界に変わっていく。
……うっわ~何だこれ、すげっ……
止まっていた世界が、動き出す。
止まっていたドラゴンも……って、
「……う、おいぃっ、比村、うしろ、う、し、ろっ!!」
ぱっくりと大きな口を開いた、ドラゴンっっっっ!
「チャプタースキップ」
落ち着き払った比村の声に、映像が一瞬歪んだように見えた。そして、そこにいたはずのドラゴンの姿は跡形もなく消えていた。
「ええと……魔法使いさんですか?」
「……タイトルちゃんと読もうぜ。それ言うなら魔法師じゃわ」
比村が温く笑った。
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