第3話 王子様、見参。

「ど、どどどどど」

「どどどって、何?」

 八広が失笑する。その落ち着きっぷりは、勇者スキルのなせる業なのか。と思いながらも、一方の俺は、自分でいうのもなんだが、みっともない程のうろたえようだ。

「どっ、どうすんだよっ!」

「どうって、こういう場合は……」

「場合はっ?」

 訊いた所で、ちょうど低空飛行してきたドラゴンの風圧に煽られて、俺は地面に四つん這いにさせられた。更に、落ち葉やら砂やら砂利やらが強風に巻き上げられて、俺の体をなぶっていく。地味に痛いし、息が出来ない。身を屈めて耐えていると、

「行くよっ」

 という八広の声が聞こえた。

「え?」

 顔を上げると、猛スピードで全力ダッシュして遠ざかっていく、八広の後ろ姿。って……

「ぅ、おいっ」

 置いてかないでっ!というセリフは、流石に飲み込んだが、俺はテンパりながら、八広の後を追った。中二のくせに、足はえ~と思わせるぐらいに八広は俊足で、俺だって、足は遅くない方だけど、なかなか追い付けない。

「八広っ!」

 たまらずに叫ぶ。

「向こうの森に逃げ込めば、何とかなるからっ!」

 走りながら肩越しに振り向いた八広が、そう言った。向こうの森って、目算で数百メートルってとこか?と思った所で、また、あの不吉な風鳴りが近づいて来た。

「やばい、伏せてっ!」

 言われるまま、地べたにうつ伏せる。背中に何か掠った感触があって、その瞬間、血の気が引いて、体が固まった。逃げなきゃと思うのに、本能的に身の危険というものを感じて、恐怖で体が動かない。再びの砂嵐の中で、その態勢のまま俺は固まってしまった。

 風鳴りが近づいてくる……

 もしここで、ドラゴンに食べられたりとかした場合は、そこで目が覚めて、勘弁しろよ~悪夢かよ~ちゃんちゃん、ってオチが付くのか?

「クリスさんっ、逃げてっ!!」

 八広の声がやけに遠くに聞こえた。

 レベルの低い従者に、それは到底無理な相談だから。そもそもこの状態で逃げられる程のスキルがあれば、最初からこんなことにはならないハズだろ……

 ……ドラゴンに食われるって、どんな感じなんかな……

 次第に大きく凶悪な姿を誇示するように、ドラゴンが迫って来る。

「……痛いのだけは、マジ勘弁……して下さい」

 神様、仏様。



「お前、マゾなの?」

 知らない声が言った。

「え?」

 マジ神様かっ。ここ、天国なのか。えれぇ、早いな。

 と、思って顔を上げると、そこに立っていたのは、俺と同じ制服を着た男子で。そいつは、大迫力で迫りくる、お口ぱっくり開いたドラゴンをバックに背負しょって、何だか呆れたような、どこか憐れむような、何とも微妙な表情で俺を見下ろしていた。

「え……ぇと」

 時間が止まってる?……のか?

「そりゃあ、ドラゴンに襲われるとか、リアルじゃ体験できないし、ヒリヒリするような極限の恐怖感を味わいたいという、変態趣味な奴がいても俺は否定しない。けど、食べられる感覚まで味わいたいとか、流石にちょっと引くわ~深山みやま水晶くりす、お前、病みすぎだろう」

「はぁっ?意味分かんねぇ……っていうか、何で俺の名前……」

 状況が飲み込めない風の俺の顔を、奴はまじまじと見て、言った。

「お前、飲んだんだろう?例の薬」

「薬?」

 ……って、

「あれ、違法薬物だから」

「え?ビタミン剤じゃ……ないのか?」

「あ~、そう言われて、一服盛られちゃったのか、ご愁傷さま」

「……て、一服って、え?なん……で……」

「インハイ予選、来週なんだろ?お前、レギュラーだっていうし、お前がいなくなれば、レギュラー枠いっこ空くわけじゃん。大方、お前のこと目障りな奴が……」

「佑二はそんな奴じゃない」

 とっさに否定した俺に、奴は口元に皮肉のこもった笑みを浮かべると、おもむろに言った。

「……そう思ってるのは、お前だけなんじゃないの?現実見ろよ」

「どういう……」

「俺はぁ、そういうのに興味ないけど、お前の背中追っかけてる奴からしたら、もしかして魔がさすってこともあんじゃないの?足ひっかけて転ばしてでも、追い抜きたいって思ってる奴がいても、俺は不思議に思わないぞ。要するに、お前みたいに何でもそつなくこなす奴なんて、出来ないやつから見れば、目障り以外の何モンでもないってことだよ」

「目障り……」


 ……そんなこと……考えたこともなかった……


 人間関係、上手くいってると思ってた。人に恨まれるとか、嫌われるとか。そういうこととは無縁……というか、人間関係、波風立たないように、結構神経使ってたんだぞ。それが、こんな仕打ちをされるほど、恨まれてたなんて。

 ……これ、ガチでダメージデカいわ~……

「……で、俺は、その違法薬物とやらで、幻覚見てんの?ていうか、何でお前が、俺の夢の中に来て、理路整然と説明ぶっこいてんの?そもそも、お前は誰なんだよっ」

深山みやま水晶くりすさん、みたいな有名人と違って、俺は地味~な帰宅部員だから、隣のクラスのお前の眼中になんか、一ミリも入ってないのは自覚している。故に、ご親切に自己紹介からしてやろう。俺は、比村ひむら王子おうじ……」

「王子っ?って、マジ本名っ?」

 自分のことは棚に上げて、思わず吹き出しそうになる。

には言われたくねぇんだけど」

「お、おぉ。すまん」

「ていうか、せめて水晶→クリスぐらいのひねりは欲しかったよな~王子って直球すぎると思わねぇ?」

「お、おぉ」

 どういう返しをすればいいのか分からない。

「生まれたばかりのお~ちゃんって、それはそれはもう、すんごく可愛くってねっ。まんま王子さまみたいだったのよぅ。だから、他の名前浮かばなかったのぉ~……だ、そうだ。ちなみに女の子だったら、危うく姫にされるところだったらしい」

 比村が遠い目をして、自嘲するように言った。

 ……まあ、お互い愛されてたってことだよな……親バカなのは否定出来ないけどなっ……

「それで、お前は何でここにいる訳?」

「そりゃあ、俺も飲んだから。例の薬、『ブックトリップ』を、さ」







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