第1話 モノクロの世界

 目の前に、文字が浮かんでいる。

 ……なんだ?……

 まだぼんやりとした意識の中で、俺はその文字列を何となく目で追いかける。



『……ここ、どこだ?目を覚ますと俺は、見たことのない世界にいた。まさか、ここは、異世界って奴か。うわ~マジか~やっちまったわ~。だがそのセリフとは裏腹に、鷹神たかがみ八広やひろの口元はどこか嬉し気に緩んでいた』



「何だこれ?」

 俺は身を起こす。

 ていうか、何で俺、地べたに寝てんだよ。

 ドロだらけじゃん。

 うわ~ありえね~。


 顔をしかめながら思い返すと、

 ……あ、あぁ、そっか……

 思い当たった。

 サプリ、だ。


 部活の時に、佑二ゆうじの奴が、疲労回復に効くとか言って、渡してくれたサプリメント。あれ、飲んだら気持ち悪くなったんだよな……それでか。

「さすがに、コーラで飲んだのはまずったか」

 思わずため息を付く。


 有難いことに、あの時感じた猛烈な吐き気は収まっていた。ただただ吐きそうだったことは覚えているが、それ以外の記憶はどうも曖昧だ。……救急車に乗せられてた様な気がするから、病院に運ばれたんじゃないかとは思うんだが。


 そこから、この状況って。

 どう繋がんのよ?


 そんなことを思いながら、頭上を見上げると、さっきの謎の一文が、そのままそこに浮かんでいた。動画サイトのコメントでよく見る感じの文字が、空中に浮かんでいる。というか、貼りついている。辺りを見回すとそこは、色彩のないモノクロの世界だった。


 その風景を一言でいえば、いわゆるファンタジー世界のソレ。遠くの方に中世ヨーロッパ調のお城が見えたり、周りの木立のあちこちで妖精さんがふわふわと舞っていたりと、目の前の文字列通り、異世界とでも言うべき……

「異世界……って、いや~ないわぁ~ていうか、これ、夢、だろ、夢っ」

 気分悪くなって、意識が飛んで……きっとまだ目が覚めていないのだ。

「最近、疲れが溜まってたしな……」


 何しろ、忙しかった。

 というか、暇というものがなかった。

 

 深山みやま水晶くりす、高校二年。ここ数年の生活パターンは以下の通り。


 起床   6:00

 登校   6:30 

 部活朝練 7:00

 授業   8:30

 放課後練 3:30

 帰宅   6:30

 (軽く、夕食)

 塾    7:30

 帰宅   10:30

 (風呂、夜食、宿題片付ける。あいまにLINEで友達としゃべったり、で)

 就寝   1:00


 ちなみに、土日もほぼ部活と塾の補習のダブルコンボで埋まっている。

 特に、勉強に熱心な訳でもなく、(成績だって、ずば抜けていいという訳でもない)部活だって、一応はレギュラーだが、エースというポジションでもなく、まあサブレギュラー的な感じだ。言ってしまえば、普通。それでも、部活はきついけど楽しいし、将来、ニートにだけはなってくれるなという、親の泣き落としで通い始めた塾も、まあ、大変だけどもう慣れたし、自分の中ではもうルーティンワークとして定着している。


 疲れはするけど……

 ていうか、疲れが抜けないまんまで、通常運転になってますけど、何か?的な感じだ。でも、高校の残り半分だって、このまま乗り切れると思っていた。普通に。だって、こんなの俺だけじゃないし、みんなだいたい同じ生活しているんだから、俺だけが無理というのは、ない、と思っていた。


 それでも、

「俺さ~最近、寝ても疲れが抜けない感じなんだよな~」

 と言うのが、この頃つい口癖になっていた様に思う。そしたら、佑二が‘‘良く効くサプリ’’あるぜ~と持ってきたのが、あの薬だった。


 薬は水で飲みましょう。

 はい、身に沁みました。

 ていうか、夢ならそのうち覚めるんだよな。そんなことを思いながら、空に浮かぶ文字列テキストを改めて読み返す。



『……ここ、どこだ?目を覚ますと俺は、見たことのない世界にいた。まさか、ここは、異世界って奴か。うわ~マジか~やっちまったわ~。だがそのセリフとは裏腹に、鷹神たかがみ八広やひろの口元はどこか嬉し気に緩んでいた』



「異世界転生っていうのは、そんなにオイシイのか?八広くん」

 つい、そんなツッコミが口をついて出る。だいたい、ファンタジーなんかでよくある異世界設定ってやつは、中世ヨーロッパ風の世界なんだろう?てことは、泥まみれ汗まみれの非衛生的なばっちい世界な訳じゃん。

「ないわ~」

 除菌は正義の現代人が、そんな世界で心穏やかに生きていける訳がないじゃん。そんなことを考えていると、すぐそばの草むらで、ガサリという不穏な音がした。反射的にそちらをみると、何だが醜悪な感じの生き物(ありていに言えばモンスター)が、こちらを見ていた。


 何だか唸り声を上げながら。

 ついでに、涎もたらしながら。

「こっち見てるっーー」

 これ、ロックオンされてる感ハンパないんですけどっ。あからさまに、身の危険を感じるんですけどっっ。


 そう思った途端、モンスターが大きく飛んだ。放物線を描いて落下してくるのは、間違いなく俺の頭の上で、

「夢でも、食われるのは、いっ、やーーーー」

 誰もいないと思ったから、そんな情けない絶叫になったのだ。

 そして、身を守る術も、そこから逃げる俊敏さも持ち合わせていなかった俺は、頭を抱えて縮こまるしかなかった訳で。


 うぎゃっ、という短い悲鳴と。

 どさっ、という質量のあるものが近くに落ちた音と。

 耳が捉えたそれらの音の後の静寂に、自分の無事を確認して俺が恐る恐る顔を上げると、そこに血刀を下げた少年が立っていて、俺と目が合うや、そいつはニンマリと笑ってVサインを突き出し、こう言った。


「俺、鷹神たかがみ八広やひろ。ちゅぅ~2っ!異世界で、勇者やってま~す、よろしくぅ!」







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