第六話 まさに理想通り、の間違いでしょ。

「ねえ、鈴田さん……」

「なにかしら」

「この列って、もしかしてもしかしなくても……」

「お手伝い部の体験入部の列じゃない?」

「で、デスヨネー……」

 隣にいる彼女が、アハハと乾いた笑いをこぼすのも仕方がない。私たちの目の前には、蛇もびっくりの長い長い列が出来ていた。まるでイベント会場のグッズ売場のよう。……そこまでの人が並んでいるとは思いたくないけど。

 そう思ってしまうくらい、人が並んでいる。

 ここは一階。第三会議室は三階にある。それなのに一列でも足りないのか、一階の階段の前を中心として、もう一列人が並んでいるのだ。その中心部には、お手伝い部と書かれた腕章をしている女性が立っている。

「あの――」

「あ、もしかしてお手伝い部の体験入部志望者?」

 女性に話しかけると、パッと女性は振り返り、ハキハキと問うてくる。とても爽やかな笑顔だ。

「あ、はい。そうなんですけど、どこに並べばいいですか?」

「うんとねぇ。今どこまで列が伸びてるのかわからないんだ。悪いんだけど、最後尾で整理券配ってる部員がいるから、その子を探してもらってもいいかな」

「わかりました」

 ありがとうございます、と礼をして、私たちは階段を登っていく。

「体験入部で整理券配るほど人が来るって、すごいね!」

「イケメンがいるのよ、当たり前じゃない」

 ほへえ、なんて変な息を彼女は吐き出す。

「イケメン効果すごい……。ていうか、女の子多いねえ。私もイケメンに生まれてたらなあ」

「いや、ないわ」

「えー、なんで」

「イケメンで変態とか……あ、でも、イケメンならありかもしれない」

 その変態加減をカバーできるくらいのイケメン要素または二次元的要素が多数あるなら、だけど。

「でしょでしょ?」

「でも、あなたにはないわ」

「ひどい」

 そんな言い合いをしているうちに、気づけば三階まで上がっていた。第三会議室の前まで来て初めて列の切れ目を見つける。先ほどの先輩が言ったとおり、お手伝い部の腕章をした先輩が、整理券を配っている。私たちに気がついたのか、クルリとその先輩は振り返った。

 さらさらの薄茶色の長い髪の毛は、後ろでクルンとまとめられて、黒いヘアクリップにより止められている。透き通るような白い肌。綺麗に整えられている眉。優しげに細められた髪の毛と同じ薄茶色の瞳。ふんわりと曲線を描く薄い唇。綺麗な人だ。女子生徒かと思ったが、着ている物はワイシャツと、黒いズボン。男子の制服だ。肩幅だって、女子のそれよりは広い。そして。

「あら、体験入部希望かしら?」

 明らかに男の声。間違いない、この人は――。

「私、生まれて初めて生でオネエ見た……」

「ちょっと!」

 おそらく無意識に出てしまったのだろう。彼女は慌てて両手で口を塞いだがもう遅い。と、横からケラケラという笑い声が聞こえてくる。

 振り向くとオネエ先輩が豪快に笑っていた。とりあえず、怒られはしなかったことにほっと安堵の息を吐く。

「はい、次二十七番の人ーってユウ。何笑ってんの」

 ガチャリと第三会議室のドアを開いて出てきた人物に、私の身体はドクリと音を立てた。

 薄茶色のさらさらとした髪の毛。捲ったワイシャツの袖から見えるうっすらとした筋肉の筋。間違いない、先ほどの部活説明会でサッカー部に出てた天野先輩だ。

 透き通るような白い肌。整った眉。髪の毛と同じ色の瞳は、呆れたようにオネエ先輩に向けられている。薄い唇からこぼれる声は、温かみのある低い声。

「もう、コウちゃん聞いてよぉ。この子ったら、アタシ見て開口一番なんて言ったと思う? 生まれて初めて生でオネエを見たって言ったのよぉ。ほんと直球すぎておっかしくって」

「そう? それはよかったね」

 天野先輩はふふふっと笑う。そして、二十七番の整理券を持っているのであろう女子生徒が中に入っていくのを確認してからドアを閉めた。

 ああ、どうしよう。顔さえよければいいとは思ってたけど。顔はもちろん、声まで好みど真ん中だなんて聞いてない。そこまで思ってから、私は二人を見て、あることに気が付く。

「顔も声も、似てる……」

 二人の視線がこちらに集まる。うん、似てる。

「まあ、そりゃ」

「一卵性双生児だからねぇ、アタシたち」

「なるほど」

 そら似ているわけだ。好みの顔と声が二人。この部活、絶対入ろう。

「整理券、もらっていいですか? 私と、この子の分」

「もちろんいいわよ。ただし、この体験入部は、ちょっと普通の体験入部とは違うのよね」

「え、どういうことですか?」

 思わず眉間にしわを寄せる。

「体験入部じゃなくて、入部するための試験を受けてもらうの」

「試験、ですか」

 横で彼女が不安そうに表情を曇らせる。それを見たオネエ先輩が温かく微笑む。

「そんな顔しないで。大丈夫。試験って言っても部長と少しお話しするだけだから」

「面接ってことですか?」

「そうね」

 オネエ先輩が頷くと、分かりやすすぎるくらいに彼女はホッと安心した表情になる。

「私、試験って勉強系なのかなと思って」

「お勉強、苦手なの?」

「はい、だいぶ……。でも、面接は好きなんです。いろんな人とお話できるから。この高校の受験の時も、面接官の先生とお話しするのに夢中になって、だいぶ話し込んじゃったんです」

 えへへ、と笑う彼女に、私を含めてその場にいる全員が目を丸くする。確か面接を担当していた先生は強面で、頷くこともせず、じっと睨んでくるような人だったはずだ。そんな先生と話し込んでしまうとはいったい……。

「意外とすごいのね」

「ありがとう」

 うれしそうに彼女はにこにこと笑っている。

「試験って言うからには、合否はあるんですよね」

 私の言葉に、次は天野先輩が頷く。

「その場で合否は決まる。試験は体験入部期間中に一度しか受けられない。……落ちたときにすぐに他の部活の体験に行けるようにね」

 ガチャリと音がする。反対側のドアから先ほど会議室に入っていった二十七番さんが出てきた。俯いて、トボトボと歩いてくる。どうやら落ちたらしい。

「じゃあ、俺戻るわ。次、二十八番の人ー」

 ガチャリとドアを開き、二十八番の整理券を持った女子生徒と一緒に、天野先輩は会議室へ戻っていった。パタンとドアが閉まる。

 もっと見ていたかったな、と思うが、まあ、しょうがない。相手にも仕事がある。それに、この試験に受かればいいのだ。そうすれば天野先輩を見放題。……天国だ。

「はいこれ。精一杯頑張ってね」

 オネエ先輩から整理券と、黒の油性ボールペンを受け取る。私は百九十九番。彼女は二百番。映画などのチケットのように、半分のところに切取線がある。

「裏に記入欄があるから、そこにクラスと名前を書いてくれるかしら」

 整理券を裏っ返すと、たしかに記入欄があった。渡されたボールペンでさらさらと記入していく。私と彼女が記入を終えたタイミングで、オネエ先輩は口を開いた。

「じゃあ、一度整理券を貸してちょうだい」

 オネエ先輩は整理券を受け取ると、慣れた手つきでチケットを谷折りにして千切る。ピリピリッと小気味のよい音を立ててチケットは二つに分かれた。片方を先輩から受け取る。

「この整理券は体験入部期間中だったらいつでも有効なの。だから今日もしも急ぎの予定があったり、他の部活の見学に行きたくなったりしたら、遠慮せずそちらへ行ってくれて大丈夫よ。また戻ってきたときに整理券を見せてくれたら、案内するわ。ちなみに今の待ち時間は三、四時間程度かしら」

 どうする? とオネエ先輩は訊いてくる。私と彼女は顔を見合わせた。

「あなた、どうしたい? このまま並ぶか、他の部活の体験に行くか」

「……私は別にどっちでも大丈夫。鈴田さんは?」

 その一瞬の間は、おそらく吹奏楽部のあの先輩のことが不安だったのだろう。

「オ……先輩」

 危ない。オネエ先輩と呼ぶところだった。オネエ先輩は、何かしら、と首を傾げる。……気づかなかったことを祈ろう。

「この部室付近の部活って、何があるんですか? できれば校内がいいんですけど」

「そうねえ……。運動部は体育館かグラウンド周辺でしょ。文化部は、吹奏楽とか、軽音とかは、音楽棟だし、それ以外はほとんど部室棟で活動してるから……。校内で部活をしてるのは、うちと、第二会議室でディスカッション部、図書室で読書部、美術室で芸術部、みたいな感じかしら」

「ありがとうございます」

 脳内で回る順番を考える。美術室と第二会議室は二階、図書室は三階だ。先に芸術部、ディスカッション部と見てから、読書部へ行こう。名前からして、読書で時間を潰すことが出来そうだし、なにより同じ階だから、この列の様子も見やすい。

「じゃあ校内の部活、三つとも回ってみます」

 すると驚いたようにオネエ先輩は目をパチクリとさせる。

「あら、ずいぶんと色んなところを回るのね」

「お手伝い部に入ったときに困らないように、全部の部活を回りたいので。ほら、行くよ」

 私はクルリと先輩から背を向けると、歩き出す。

「あ、待って、鈴田さん! えーっと、失礼します!」

 パタパタと上履きの音がしてから、隣に彼女が並ぶ。

「芸術部、ディスカッション部、読書部の順番で見ていくわよ」

「うん、わかった。……あのさ、鈴田さん」

「なに?」

「ありがとう」

 突然のお礼の言葉に、思わず私は足を止めて彼女を見る。彼女は申し訳なさそうに微笑んでいる。

「気、使ってくれたんだよね、きっと」

 確かに、並んでいる状態だと例の先輩が来たときに逃げづらいだろう、とか、校舎の外だと例の先輩と鉢合わせしやすいだろうとか考えはした。考えはしたのだが。

「別に。どうせ全部回るんだから、近くから攻めていこうと思っただけよ。勘違いしないで」

 彼女から目を背けて、私は歩き出す。後ろから小さな笑い声が聞こえた気がしたが、気にしない。

「わかった。じゃあ、勝手に解釈しとくね」

「そう」

 どことなく嬉しそうな彼女の声に、少しだけ安心した自分がいた。



 芸術部、ディスカッション部、読書部と回り終えた頃には、第三会議室の前には誰も並んでいなかった。体験入部終了時間である五時半まで十分を切っているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。代わりに、天野先輩とオネエ先輩、そしてパワフルリトルレディーと呼ばれていた、お手伝い部の部長さんが、会議室の前で会話をしている。

 足音に気づいたのか、オネエ先輩が顔を上げる。目が合うと、ふわりと笑ってくれた。

「部活は回り終えたかしら?」

「とりあえず、校内の分は回り終えました。今からって大丈夫ですか?」

 言いながら、整理券を出す。オネエ先輩は頷くと、整理券を受け取ってくれた。天野先輩がドアを開いてくれる。

「じゃあ、一緒に入りましょうか」

 ニィッと口角をあげて、部長さんは言うと、ズンズンと中に入ってく。私もその後に続く。ガチャリと後ろで音を立ててドアが閉まった。

「どうぞ、座って」

 先輩は二つのイスを向かい合うように動かすと、片方に座りながら言う。

「失礼します」

 私は断ってから、イスに座った。それを見てから、先輩は口を開く。

「まず始めに。私はお手伝い部部長の河内なな。この部活の体験入部に来てくれてありがとう。念のために訊くけど、これが体験入部じゃなくて、試験だってことは聞いてる?」

「はい」

 私は頷く。

「じゃあ、このまま試験入っちゃうねん。この部活に入ろうと思ったきっかけ、正直に教えてちょうだい」

「天野先輩です」

「それは、どっちの天野?」

 部長の問いに一瞬首を傾げかけてから、ああそうかと納得する。天野先輩とオネエ先輩は双子だった。だがどっちの、と訊かれても、下の名前は分からないし、オネエじゃないほう、だなんて、本人が聞いていないとは言え、流石に言いづらい。すると困っていることに気づいたのであろう。部長が助け船を出してくれる。

「サッカー部のお手伝いに出てた、天野昂輝あまのこうき? それともオネエな天野優輝あまのゆうき?」

 結局オネエという単語が使われている時点で、私の心遣いは無駄になってしまったのだが。

「天野昂輝先輩です」

「それはなぜ?」

 私はすうっと息を吸い込んだ。

「私、二次元のイケメンが大好きなんです。できることなら二次元的なイケメンがいる部活に入ろうと、部活紹介の前までは、いや、サッカー部の部活紹介の前までは思ってました。私の理想通りの人なんて、三次元にいるはずないと思っていたので。でも、違いました。天野昂輝先輩は私の理想です。まだ性格は知りませんが、遠目から見ただけで感じました。間違いなくあの先輩は私の理想だと。さきほど間近で見て、それは確信に近くなりました。顔も、声も、私の理想通りなんです!」

「そんな理想通りの彼とどうなりたいの?」

 言いながら、部長はニヤリと笑う。それはおそらく、恋愛的な回答を求めているのであろうことを感じたが、残念ながら違う。

「私は天野昂輝先輩を! あの声を! あの顔を! 心行くまで堪能したいです!」

 部長は一瞬きょとんとしたあと、ブハッと吹き出した。私はなぜ吹き出されたのか分からず、アヒャヒャヒャヒャと笑う部長をじっと見つめる。

「堪能! いいねえ、堪能! そうくるとは思わなかったよ! だけどわかる! たぶん私とジャンルは違えど同じ種族だよ君!」

 部長はひとしきり笑うと、また口を開いた。

「じゃあ、次ね。私腐女子なんだけど、受け入れてもらえるかい?」

 まさかそんなことを問われると思っていなくて、今度は私がきょとんとしてしまう。が、それもほんの少しの間だけで、私はすぐに答える。

「そういうのはその人の好みだし、他人に迷惑をかけなければぜんぜんいいと思います。もちろん受け入れますよ」

「ちなみに君は腐って?」

「ないです」

 ちえーっと部長は唇を尖らせた。そのあともいくつか質問をされて、私は解放された。

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