第五話 神様は意地悪、かもしれない。
「ボールと友達になりませんかぁ!」
「落書きから油絵、水彩画、漫画、イラスト、何でもありな美術部どうですかぁ!」
「一緒に星、見ませんかぁ!」
部活紹介を終え、帰りのSHRも終わった放課後。私と鈴田さんは、必死に勧誘する声が飛び交う校庭に来ていた。
「あれ? 鈴田さん、お手伝い部に見学に行くんじゃ……」
「今行ったら、混雑してるに決まってるでしょ。落ち着いた頃を見計らっていくのよ。……そのほうが覚えてもらいやすいはずだもの」
「な、なるほど……」
お手伝い部と言えば、一人すごいイケメンがいた記憶が強い。黄色い悲鳴が上がっていたところからして、まあ、確かに今行けばすごい状況だろう。女の子の波に押しつぶされてしまうかもしれない。……それもいいかも。
「それよりも、あなたはどこの部活に興味あるのよ」
「え、わ、私?」
「今、この私と会話してるのは、あなただけのはずだけど」
「あ、うん、そう。そうだね」
分かってはいるけれど、鈴田さんからそう言う質問をされると思っていなかったんだよ。なんて、言うはずがないけども。
「気になる部活とかないの? 時間潰しに付き合うけど」
「え、いいの?」
「まあ、暇だし。それに、お手伝い部は他の部のアシストをしてるんでしょ? 見ておいて損はないわ」
本当に入る気だ、この人。
「気になる部活は、ある、けど……」
「どこよ」
「あー……でも、入るつもりはまったくないから、見なくてもいいかも?」
ついっと鈴田さんの綺麗な眉間にしわが寄る。
「意味わかんないんだけど。気になるのに入らないの? なんで?」
訊かれても、面倒くさい理由なので、説明したくもない。私はとりあえず、笑ってごまかすことにする。
「んーっと、まあ、あはははは――」
「もしかして、杏吏、ちゃん……?」
突然名前を呼ばれる。この学校で聞くはずのない声。否。さきほど、部活の説明会で聞いた。人違いであって欲しいと思った。ただの、他人のそら似だと。神様は意地悪だ。
鈴……と言うよりは、風鈴のような、どこか涼しげな声に、私は恐る恐る振り向く。
「
切れ長だけど暖かさを感じさせる目。困ったように真ん中に寄せられた長い眉。薄い唇は、緩やかにUの字を描いている。
懐かしい人。……一番会いたくない人。
「ああ、やっぱり杏吏ちゃんだ。久しぶり、元気だった?」
「あ、はい、元気です。その……先輩。なんでここに……」
「あ、親の転勤で。あー……もしかして。
貴。
その名前に、すぅっと友人の顔が頭を駆け抜けていく。
「聞いてない、です。もう、縁切れてるので」
ふっと先輩の表情が暗くなる。なんていうか、すごく申し訳なさそうな表情。
「あーっと……。そのときは本当に――」
「終わったことですから」
「杏吏ちゃん……?」
この人の口から、謝罪の言葉を聞いても、きっと私は許せない。この人のせいで、私は中学一年生の一年間を棒に振った。私は高校入学前の他に、中学一年の途中でも県外に転校している。そのときに転校していなければ、きっと残りの中学二年間も棒に振っていたかもしれない。
「鈴田さん、行こう!」
「え、あ、ちょ!?」
私は鈴田さんの手を引っ張って大股でその場から離れる。
下駄箱まで来て後ろを振り向く。先輩はついてきていなかった。
「ちょっと。手、痛いんだけど?」
「あ、ごめんなさい!」
慌てて手を離すと、鈴田さんの雪のように真っ白な手首に真っ赤な跡をつけてしまった。
「……これはこれで――」
「よくないわよ」
「ごめんなさい」
両手を腰に当てると、ふーっと鈴田さんは呆れたように鼻から息を吐いた。
「まあ、何となく事情は察したわ」
「え」
今のだけで何を察したというのか。
「じゃあ、とりあえずお手伝い部を見に行きましょうか」
「でも混んでるうちは行かないんじゃ――」
「あなた、あの先輩に会いたくないんでしょ? ならもう、とっととお手伝い部見に行きましょ。あの先輩がお手伝い部の部員じゃない限りはそこにいないでしょうし」
「鈴田さん……」
なんて空気の読めるいい人なんだ。
「それに、見つかる度手首引っ張られても嫌だし」
本音はそっちか。
「ほら、行くわよ」
「あ、待って!」
私は慌てて、先に歩き始めた鈴田さんのあとを追った。
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