第四話 これこそ運命の出会い、の間違いでしょ。
「新入生のみなさん、初めまして! 今から部活紹介をしたいと思います。県内の高校で一番部活動の数が多いことで有名な学校ですから、途中で眠たくなってしまうかもしれないけれど、精一杯紹介するので、聞いていただけると嬉しいです!」
どっと笑いが起こる。司会をしている女子生徒は、笑顔を浮かべてから一度礼をすると、再びマイクを口元に近づける。
「それでは最初はこの部活。めざせ甲子園! 野球部です!」
女子生徒の声を合図に、壇上には野球部らしきユニフォームを着た男子生徒たちが駆け上がってくる。そして一斉に礼をすると、真ん中に立っている男子生徒が一歩前へ進む。女子生徒からマイクを受け取ると、私たちに礼をしてから、話し始めた。
「初めまして。野球部の部長をしている、
「なあ、お前まだ野球続けるんだっけ?」
私の隣の男子が、私の前に座っている男子に話しかける。前に座っている男子は、振り向くと、キラキラとした笑顔でコクリと頷く。
「もちろん。崎口先輩いるしな!」
すると隣の男子は、やれやれといった調子で肩をすくめて見せた。
「本当、お前崎口先輩好きだよなあ」
「だってすげえんだもん、崎口先輩は」
そのまま二人は会話を続ける。はっきり言って、邪魔だ。
この高校では、絶対に部活に入らなければいけない。どうせ入るのなら、イケメンのいる部活に入りたい。何かに懸命に打ち込むイケメン。絶対にいい。そばで見守ることができるのなら、どんなに嫌なことがあってもきっと心穏やかに生きることができる。
私はイケメンが好きだ。それもただのイケメンじゃない。二次元のイケメンが大好物なのだ。それさえあれば、飲まず食わずでも長期間生きていけると思う。やる前に親に止められるから、実際にやったことはないけれども。二次元のイケメンはたいてい、私のような人種の好きそうなタイプの顔面と声と性格をしていることが多い。
二次元のイケメンが、三次元にいるはずがない。もちろん、そんなことは理解しているし、どう足掻いても液晶画面や紙の中に入ることなんてできるはずもなく、言い方は悪いが所詮誰かの創造物に過ぎない彼らが三次元に出てくるはずもない。
だから今私が求めているイケメンは、二次元のイケメンになるべく近い三次元のイケメンなのだが、まあこんな、生徒の頭の良さだけが取り柄の進学校。顔も性格も声も、何もかも私の納得がいくようなイケメンがいるはずがいない。せめて顔だけでも納得のいくイケメンがいればいいのだが、それもあまり期待しない方がいいかもしれない。
イケメンが見つからなければ、暇そうな部活に入ろう。そう決めている私は、各部活の説明を聞きながら、私の直感に刺さるようなイケメンを漁ろうと決めていた。
「あの、田代君、だっけ? よかったら場所交換しないかな?」
「え、いいの?」
いつの間にかこちらを振り向いていた彼女が、私の横に座っている男子に話しかけていた。男子は驚いたようだが、嬉しそうに笑うといそいそと彼女と場所を交換した。結果として私の隣には今、彼女がいる。彼女はじっと私を見てくる。
「なに」
「あのさ、もしかして鈴田さんって……」
そこまで言ってから、彼女はチラリと自分たちの前に座っている男子二人を見てから、私の耳元に口を近づけてささやく。
「男子苦手?」
「は?」
どうしてそう思われたのか分からず眉間にしわを寄せる。
「いや、だって、なんとなく後ろ見てみたらすごい顔で田代君と佐藤君を睨んでたから、そうなのかなあ、と」
「ああ、それは――」
ただ二人が邪魔だったからだ。
そう言おうとしたときだった。
「きゃぁぁぁぁああああああああっ!」
文字通り黄色い悲鳴が体育館中でわき上がった。その声に驚いて舞台を見て――。
私は視線を奪われた。
さらさらと流れる髪の毛は、体育館内に差し込む太陽の光に照らされて薄茶色に輝いている。すらりとした身体、半袖から伸びた細い腕には、うっすらと筋肉の筋が見える。ポンッとすぐそばにいた男子の蹴りによって放たれたボールを軽々と操り、足と胸を使って弾ませる。そして最後に頭で打つと、先ほどボールを放った男子がそれを両手で受け止める。瞬間、割れんばかりの拍手と歓声がわき起こる。体育館内をわかせた男子は一礼すると、袖へと戻っていった。
「えー、サッカー部です、こんにちは! 少しお手伝い部の
いつの間にか部活紹介は野球部からサッカー部に変わっていたらしい。だけどそんなこと、今の私にはどうでもよかった。
「今の人、すごかったね! 芸能人か何かみたい! ね、鈴田さん! ……鈴田さん?」
「天野、さん……」
舞台上でパフォーマンスを見せたということは、おそらく先輩なのだろう。
身体がふるえている。心臓がバクバクしている。ああ、見つけてしまった。顔までは見えなかったし、声も性格もわからない。だけど直感が身体を使って、これでもかと言うほど私に叫んでいる。
天野という先輩は、間違いなく私のタイプだ、と。
「鈴田さん?」
「黙って」
予想以上に低い声が出た。ビクッと彼女の方が揺れたのが分かったが、今の私にはどうでもいいことだ。
先ほどサッカー部の部長らしき人が、天野先輩はお手伝い部で、今回はパフォーマンスをお願いしたと言っていた。もしかしたらここから先も出てくるかもしれない。私は体中の全神経を、舞台上に集中させた。
結果として、ほとんどの部活動の紹介でお手伝い部の部員だという人がなんらかのパフォーマンスをしたり、アシスタントという形で舞台上にあがっていた。もちろん先ほどの天野先輩も出ていた。
「さてさて。長かった部活紹介も次で最後です! お待ちかねの方々もいるんじゃないでしょうか!? 我が校の名物部活、いつもお世話になってる何でも屋。お手伝い部です!」
「くぉおおおんぬぃいいいいいちうわぁぁぁあああ!」
キィイインっと言う音が耳を刺すほどの大声。それと共に舞台上に上がったのは、一人の小さな女子だった。
「お手伝い部のパワフルリトルレディー、もとい、お手伝い部部長の、河内なな《かわちなな》です。今までの部活紹介を見ていただけたら、だいたいの活動内容はご理解いただけたかと思います。活動は不定期です。興味のある方は第三会議室まで来て下さい、以上!」
お手伝い部の部長さんが袖に下がる。
「以上で部活紹介は終わりです。仮入部届の締め切りはゴールデンウィークの前日まで。変更する場合は五月二十日までに届けを出して下さい。それでは、解散です」
ざわざわとざわつきながら移動を始める生徒たち。私たちもそれに流されるようにして足を動かす。
「ねえ、鈴田さん」
「なに」
「鈴田さんはどこに入るの?」
「お手伝い部」
それ以外の選択肢なんて、私の中にはあるはずなかった。
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