第三話 その笑顔はずるい、かもしれない。
「では、以上で学年集会は終了。次は上級生たちが部活紹介を第一体育館でやってくれるから、代表者が呼びに来るまではここ、第二体育館から出ないように。この中でだったら、それまでは自由にしてていいぞ。それじゃ、解散!」
太い声で早口にそう言うと、学年主任は体育館から出ていった。他の先生方も後を追うようにして体育館を出ていく。
私は朝も読んでいるフリをしていた小説を持ち、各々自由にしている女の子たちを覗き見る。なぜ隣にいる鈴田さんではないのか。理由は簡単。学年集会中、最後尾に並んだせいで先生方が真後ろにいたため、鈴田さんは本を読めなかったのだ。……いや、集会中に本を読もうとするのはどうかと思うけど。
とにかく、約一時間鋭い視線を浴び続けたので、なんとなくそちらを向きづらいのだ。自分が見つめ続ける分にはなにも問題はないのだが、見つめ続けられることには全く耐性がないのだから、仕方がない。ついでにそんな自分を見つめているのがこんな美少女なのだから、もはや耐性なんてあったとしても役に立たないだろう。むしろ耐性のある人なんていたら、うらやましすぎる。……そう考えるともしかして、今のこの状況って実はとてもいい状況じゃないのか。美少女の視線を、独り占め。……なんていい響きなのだろう。
「ねえ」
「!?」
そんなことを考えていたら、お隣の鈴田さんに声をかけられた。まさかそんなことが起こり得るとは思っていなかったので、肩がビクリと跳ねる。
「な、なんでしょうか……?」
思わず、変に思われていないか、だとか、なにか気に障ることをしただろうか、だとか、いろいろと考えてしまう。いや、気に障ることならきっと、自己紹介のときから今までの、この一、二時間で山ほどしでかしている気がしないでもないのだが。
だが、鈴田さんが見ていたのは私ではなく、私の手に握られている小説だった。どうやら私は眼中にないらしい。……自分で思ったことなのに、わりとショックを受けている自分がいる。
「その本、もしかして、今日発売だった、あの……」
「エメラルドにアイを誓う、だよ! あれ、もしか――」
「やっぱりエメアイなのね! まさか同じクラスになる人に、エメアイを知っている人がいるなんて! 私も朝読んでて! 小説が原作で乙女ゲームになったのに、それをさらに小説化したのよね! あなたは誰が好きなの? 私は……」
すごい早さでまくし立てる鈴田さん。さっきまでのクールビューティーな感じは見る影もなく、私はどうしていいのか分からずに呆然としてしまった。
「ちょ、ちょっと、いきなり黙らないでちょうだいよ……」
これが普通のオタク友達だとしよう。それだったら私も今の鈴田さんと同じくらいか、それ以上のテンションで返すことができただろう。というか、自信を持って言い切れる。絶対にできた。だけど、相手は鈴田さんなのだ。さっきまでずっとツンツンしていた鈴田さんなのだ。そんな人が急にこんなに変わるだなんて予想外すぎて、完全に不意打ちを喰らった気分なのだ。
「あ、ご、ごめんなさい。その、すごく意外で」
「なによ。私みたいな美人が乙女ゲームをしちゃいけないわけ?」
「いや、そういう訳じゃなくて、というか自分で言っちゃうんだそれ」
私の言葉に、鈴田さんは顔の前に出てきていた黒髪をさらりと払いながら、当然でしょう? と言う。
「私の価値観の中では、わりと上位に組み込むほどの美人だと自負しているわ」
乙女ゲーマーな上に、鈴田さんはナルシストだった。その上に方向音痴要素。クールビューティーからのギャップ。……なんだろう、なんかここまでくるとまだまだなにかを隠し持っているような気がする。いつか、その隠してる部分を見ることができるのかな。
「一番最高に美人は誰なの?」
「母よ」
まさかの即答。
「そ、そうなんだ。なんで?」
「当たり前。だって私の母よ? いわば私の原型。美しくないわけがないでしょ」
「そんなに自信を持てるのはすごいと思う」
素直に感動している私に、そう? と鈴田さんは涼しげな表情で返す。そして興味津々といった目で私を見る。
「で?」
「え?」
「あなたは誰が好きなのよ」
どうやら話は元に戻ったらしい。
「私はやっぱり麗様かなぁ」
私の答えに、鈴田さんは意外だと言いたげに目をぱちくりとさせる。
「まさかあなたと被るとは思ってなかったわ」
「ということは?」
「私も麗様が一番よ。一度決めたことに対してちゃんと貫くところ、いいわよねえ」
「そうなんだよ! 麗様のヒロインへのあの熱い想い……。過去のトラウマから守られることをいやがる主人公ちゃんと、その主人公を守ろうとする麗様。最初はそれも、一族の頭だからこその行動だったのだけど、次第に主人公ちゃんに惹かれていって……。って、もうたまらないよね。しかも主人公もちゃんと強くあろうとするから、守られてるだけじゃなくて守ろうとするところとか。RPG要素も入ってるから、守ることが本当にできるのもいいんだよね。しかも他のルートと違って、麗様ルートだとなんとか麗様に追いつこうとする主人公ちゃんでさ。もういじらしくて可愛くて可愛くて……」
「……もしかして、あなた、主人公至上主義な感じ?」
若干引き気味な声色に、私はまさか、という予感を感じる。
「え……? あ、うん。あー、もしかして鈴田さんは自己投影型……?」
「……ええ」
予感は当たった。
他のジャンルのゲーム、例えばRPGでも、ひたすらレベルをあげてからストーリーを進める人や、ストーリーを進めつつ厳しくなったらレベル上げをちょこちょこやる人、アイテムや図鑑のフルコンプを目指す人など、いろんな楽しみ方があるように、乙女ゲームをプレイする人にも様々な楽しみ方がある。私は主人公というオリジナルキャラクターと、攻略相手の恋愛ストーリーを楽しむ派だけど、鈴田さんは主人公に自己投影して攻略相手との疑似恋愛を楽しむ派、というように。他にももっともっといろんな楽しみ方があるし、どちらがいい、悪い、という話でもないのだが、自分と正反対の楽しみ方の人とは、なんとなく話しづらい。
「正直に言うと、私、主人公の香矢ちゃん、一番好きなんだよね……」
「あー、うん。私も正直に言うと、実は、今初めて主人公の名前知ったわ。その……ずっと本名プレイ、してたから」
二人で顔を見合わせる。なんとなく照れくさくなって、私たちは笑った。
「あ、じゃあさ。鈴田さんはフルコン目指す人?」
「作品によるけれど、飽きなければフルコンを目指すわ。あなたは?」
鈴田さんの答えに、私は目を輝かせる。
「私も!」
鈴田さんが安心したように、柔らかく微笑む。私は嬉しすぎて思わず抱きつきたくなったが、すんでのところで踏みとどまった。
「あなた、なんで私の制服の袖、掴んでんのよ」
「鈴田さんに抱きつきかけたのを必死で堪えてて……」
「いちいちオーバーな人ね、あなたって」
はあ、と呆れ顔でため息を吐く。ああ、その顔でさえも美しい……。そんな人と乙女ゲームについて話すことができるだなんて、考えたこともなかった。そもそも、私の周りで乙女ゲームをしている人なんていなかったから、とにかくいろいろと語りたかった。
「じゃああの――」
「新入生のみなさん、準備ができたので移動して下さい」
だけどタイミング悪く、上級生が迎えに来てしまう。少しがっかりしながらも、移動するために列になる。順番は出席番号順に二列なので、二十四番目の私と二十五番目の鈴田さんは必然的に斜めに前後になる。ちょんちょん、と肩を叩かれて斜め後ろを向くと、鈴田さんが私を見ていた。
「またあとで、お話ししましょう」
そしてまた、柔らかく微笑む鈴田さん。
鈴田さんが、デレた……!
ただ、その感動で何も言えず、私は笑顔で強く頷いた。
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