第二話 迷惑な出会い、の間違いでしょ。
「ねえねえ、鈴田さん」
私の前には今朝買ったばかりの、大好きなゲームをノベライズした小説。発売が決定してからずっと楽しみにしていたのだ。当然我慢なんてできるはずもない。自分で作ったブックカバーに包んで、登校手段である電車の中から読んでいた。もちろん、さっきの時間も夢中で読んでいた。……読めていたのだ、自分の自己紹介が始まるまでは。
「ねえったらねえ」
自己紹介が終わってから、ずっと私に絡んでくるこの人。そろそろ邪魔だ。
「すーずーたーさん!」
「……なに」
顔を上げずに問う。
「そんなにその本、おもしろいの?」
少なくとも、あなたにじろじろと見られるよりはおもしろいに決まっている。
「ええ、とても。だから邪魔をしないでくれる?」
「う……。邪魔だったんだ、ごめんなさい……」
少しだけ目線を上に上げる。茶色くて丸い、純粋そうな瞳。少しだけ太い眉。ふわりとした焦げ茶色のボブがとてもよく似合っている子だ。どちらかというと小型犬。しかも垂れ耳の、わりと人なつっこい子犬。そんな容姿をしているだけに、今の彼女はまるで、飼い主に叱られた子犬だった。彼女の飼い主になった記憶はないが、少しだけ罪悪感で胸が痛む。
「私は本を読みたいの。ずっと楽しみにしてた本だから。だからごめんね、静かにしていてくれるかしら」
私の言葉に、彼女はニッコリと笑った。
「わかった。でも、次は学年集会だよ?」
「……は?」
言われてみればさっきの時間の最後に、そんなことを先生が言っていた気がする。周りを見回してみれば、なるほど、私と彼女以外誰もいない。
「なんでもっと早く言ってくれないのよ……」
「何度も呼んだのに無視してたのは鈴田さんだよ?」
むうっと彼女は膨れる。もしかして、彼女は動こうとしない私を見て、声をかけてくれていたのだろうか。だとしたら、申し訳ないことをした。
「……そうね、ごめんなさい」
謝られると思ってなかったのか、彼女は目をぱちくりとさせる。
「その、無視して悪かったな、と思ったのよ」
「あ、うん、その、うん。なんか、このまま他の子たちが移動しちゃって、私と鈴田さん以外いなくなれば、成り行き上鈴田さんは私と一緒に体育館に行かざるを得ないよなあ、とか、こんな美少女と一緒に行動できるとかどんな天国なんだろう、とか、考えてないから。うん、全然考えてないですはい」
前言撤回。申し訳ないなんて思うこと、なかった。
私は無言で立ち上がると、筆記用具と読みかけの小説を持って、そのまま歩き始める。後ろから、待ってよ、と彼女の声が聞こえてくるが、無視をする。
「ねえ、鈴田さん! ねえ、ちょっと! 鈴田さん鈴田さん鈴田さぁぁああんっ!」
「今度はなによ変態!」
無視できなかった。当たり前だ。こんなにしつこく名前を呼ばれて無視できるはずない。
「変態じゃないよ? ただちょっと、鈴田さんが私の好みの女の子像だっただけで――」
「私はそっちの趣味はないの」
「私だって、恋愛対象は男の子です! というか、鈴田さん、体育館そっちじゃなくてこっちだよ?」
彼女がそう言ったのと同時に、チャイムが鳴る。私たちは顔を見合わせた。お互いの顔は、真っ青だ。
「やばい!」
高校生活二日目にして授業に遅刻、なんて恥ずかしすぎる。
「だだだだだだ大丈夫だよ、すじゅたさん! 授業が開始してから十五分経つまでに席にちゅいてればけっしぇきにはなりゃないかりゃ!」
「あなた、この学校で十五分も迷い続けるつもりなの!? というか、噛み倒しすぎてあなたの方が全然大丈夫じゃないでしょ! ほら、早く走って!」
「だって鈴田さん方向音痴――」
「し、しょうがないでしょ! 慣れてないんだから!」
私たちは全力で走った。この速度で五十メートル走を走ることができれば、きっとクラスで一番早くなれるであろうくらいには。そのおかげか、開始十五分後どころか五分後までには体育館にたどり着くことはできた。が、先生やクラスメイトの視線が痛かったことは、言うまでもない。
ついでに言うと、遅刻したせいで列の最後尾に座ることになり、持ってきた小説を読むことは、できなかった。
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