お手伝い部!
奔埜しおり
第一話 運命の出会い、かもしれない。
今日は四月七日。高校に入って、人生二回目の登校日。
同じ中学校だった友人や、以前部活の試合で戦ったライバル、たまたま隣同士になった見知らぬクラスメイトがざわざわと挨拶を交わしていて、教室はどこか落ち着かない雰囲気に包まれている。
そんな中、中学三年生までずっと他県に住んでいて、親の転勤で高校からこの町に住むことになった私は、ポツン、と一人椅子に座って本を読んでいた。
――いや、本を読んでいるフリをしながら、ページとページの隙間から、会話をしている女の子たちを盗み見ていた。
別に覗き趣味があるわけじゃない。ましてや同性愛者というわけでもない。いや、人の恋愛は自由だと思っているし、同性愛者を否定するつもりはこれっぽちもないのだが、私は彼らとは違う。恋愛対象は男性だ。
ならなぜ、わざわざ女の子を文庫本の隙間から覗き見しているのか、というと。それはもちろん、可愛らしい女の子二人が少し恥ずかしそうにしながらも話している様子を観察するためである。
(ああ、目が、心が、癒される……)
そんな私の行いを止めるように、一限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。教室にいた生徒たちはみな、自分の席へと急いで戻っていく。
教室のドアがガラリと大きな音を立てて開く。キュッキュッとスニーカーを鳴らして中に入ってきたのは、ベリーショートの黒髪に、健康的な色をした肌、涼しげなつり目が印象的な、グレーのジャージ姿の女性の先生だった。先生は右脇に抱えていたファイルやノートを、教卓にドンと載せると、私たちの方を向いてニッコリと微笑みかける。スッと斜めに一本線を描いたまっすぐな眉毛により、その笑顔は凛として見えた。
「起立」
椅子を後ろに下げる音を立てながら、みんな立ち上がる。
「気をつけ。礼」
「お願いします!」
パラパラと息の合わない挨拶に、先生は目を細めて笑うと礼を返した。
「はい、お願いします。……着席」
再び椅子の音を立てながらみんな着席する。それを見てから、先生はカツカツと音を立てて、後ろの黒板に白いチョークで漢字を四つ書いた。チョークを置くと、先生はこちらをクルリと振り向いて、とびっきりの笑顔で話し始める。
「みんな、初めまして。私の名前は
よろしくお願いします、とみんなまたバラバラに返す。
「とまあ、そんなわけで。予想が付いていた人もいるかもしれないけれども。今からみんなには自己紹介をしてもらいます。それでは出席番号順で、前から。青木」
「はい」
古木先生に呼ばれて立ち上がったのは、一番右端の席に座っていた女の子だった。茶色の髪の毛をポニーテールにしていて、ザ・スポーツ系女子、という感じ。
「
出席番号が一番早い青木さんから順番に、みんな自己紹介をしていく。一言二言で無難に終わらせる人もいれば、受けを狙って滑る人もいる。
「――宜しくお願いします」
前の席の男子が軽く礼をしてから座る。いよいよ私の番だ。さっきからずっと、心臓がバクバクと激しく自己主張をしてくる。静かに一度深呼吸をしてから、私は立ち上がった。
「す、
ドッと笑いが起こる。私は赤くなった顔を隠すために急いで席に着いた。そしてそのまま顔を伏せる。ガラッと、後ろから椅子を引く音がする。瞬間、笑い声が一斉に感嘆の息の音となった。なんだろう、と気になって、私は後ろを振り向き――文字通り、息を飲んだ。
「
艶やかなまっすぐに伸びた黒い髪の毛。真っ白で、透き通るような肌。赤い唇に、スッと細い筆で描いたように整った眉毛。そして何よりも印象的な、切れ長の強い意志を持った鋭い瞳。
絵に描いたような美人が、そこにいた。私は瞬きすらできず、その短い自己紹介の間、じっと見つめていた。鈴田さんは小さく礼をすると、席に着く。
「
次の人の自己紹介が始まっても見つめている私に気づき、鈴田さんが睨む。
「なにか?」
声もすごく透き通っていて、落ち着いた響きを持っている。本当にこれは、私の――。
「もろタイプ……」
心の中で呟いたはずの言葉が、自分の鼓膜を揺らす。恥ずかしさにブワッと顔が赤くなる。何を言っているんだ私は。唯一の救いは小声だったことだ。もしかしたら鈴田さんに聞こえていないかも――。
「私、そっちの趣味はないの」
そんなことはなかった。しっかりと聞こえていたようだ。というか、誤解された。
「いや、私もそっちの趣味は――」
「そこ、うるさいわよー。はい、次は三鬼」
「は、はい……。
先生の言葉に、私は口を閉じて、三鬼さんの方を見る。ハーフらしく、フワフワとした天然パーマは、柔らかな金に光っている。可愛らしい女の子だが、私の頭の中には、鈴田さんしかいなかった。
そしてこの日から、私は鈴田さんを追い駆けるようになった。
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