第4話:バースデーディナー-2
「あれ?」
ナイフで切り分けて探ってみると、中から陶器でできた指輪が出てきた。
「え!?え、これって……え!?」
指輪!?
指輪が芋から!?
イヤ待て。コレってアレか?シャンパンから指輪が出てくるとか、そういう?いや、でも何で芋から?いや!いや、この際芋だって良い!
設楽がの反応を伺っていた大竹は、設楽がみるみる赤くなっていくと、あれ?なんで赤くなるんだ?と不思議そうな顔をして、それから何かに思い当たって、慌てて言い訳を始めた。
「え?イヤ、ごめん、違う!ハロウィンとかセントパトリックスデイとかにはコルカノンの中に1人分だけ指輪入れとくんだよ!入ってた奴はその年1年幸せに過ごせるんだ!た、誕生日の時にはヘルガがいつも主役のコルカノンに指輪入れてくれてたから、俺それが当たり前なんだと思ってて……!いやあのっ……」
それから大竹は肩で息をすると、真っ赤になった口元を手で覆いながら、「ごめん。もっと気の利いた物を仕込んでおいた方が良かったのか……?」と呟いた。
「いや!ごめん先生、ちょっと驚いただけ!か、形が指輪だから、ほら!」
「そ、そうだよな……。ごめん、紛らわしい物入れて……!」
「いやあの……えっと……」
2人はお互いに目を合わせるのすら恥ずかしいような気持ちになって、大竹は慌ててガツガツ食べ始めるし、設楽はシャンパンをガブガブ飲もうとしてむせて盛大に咳をするしで、もうグダグダな感じになってしまった。
「えと、この指輪って、お、俺の指にも入るかな……」
「いや……それ俺がガキの頃に貰った奴実家から取ってきただけだから、サイズは全く分からねぇんだ……。ごめん」
え。
先生が子供の頃貰ったコルカノンの指輪……。
「嘘!そんなお宝!?マジで俺これ貰って良いの!?」
「いや、沢山あるから!そんなお宝でもないから!」
大竹は慌てて言うが、数の問題ではない。大竹の子供時代の大切な思い出の品を貰って良いのだろうか。だが赤くなってシャンパンに手を伸ばす大竹に、設楽は素直に「ありがとう」と言って、指輪を軽くティッシュで拭くと、小指の先に嵌めて笑った。
大竹は子供の頃、この指輪が出てくるとどんな顔で喜んだのだろうか。
家族と暖かい隣人に囲まれて、祝日の食事に頬を染めて、自分の皿から指輪が出ないかとワクワクしながらフォークを入れる……そんな子供を想像しようとして、それが目の前の大竹となかなか結びつかなくて逆に苦笑する。大竹なら子供の時から皮肉っぽい顔をしていそうだが、まさかそんな子供だったわけではないだろう。
「先生って、どんな子供だった?」
「甘ったれたガキだったな。家族や周りの大人達に大事にされてるのが当たり前で、そのくせ自分で何でもできると思ってるような、どこにもでいる普通のガキだった」
「そういう事言える時点でひねくれたガキだったような気がするんですけど?」
「本当だって!昔はそれなりに可愛いげがあったんだよ!」
真面目に反論してくる大竹に「今だって可愛いじゃん」と笑うと、「可愛いのはお前だ」といつもの返しをされた。
「お前がどんなガキだったのかは大体想像がつくな」
「どんな?」
大竹の目に映る自分はどんなだろう。いつも設楽が「先生は可愛い」という度に「可愛いのはお前だ」と返されてしまう。2年になって大分背も伸びて、胸や腕にも大分良い感じに筋肉がついた。前ほど可愛くはなくなったと思うのだが、大竹の中では自分はまだ出会った頃のままなのだろうか。
だが、大竹の台詞は、あまりにも設楽の考えている物とは違って、ある意味大竹らしい台詞だった。
「今のお前をそのままミニサイズにしたら、ガキの頃のお前になるんだろ?」
「も~!どうせそんなことだと思った!俺がいつまでも子供のままだと思ってたら大間違いなんだからね!」
「しょうがねぇよ。お前が可愛いのは事実だから」
普段クソ意地が悪いくせに、こういう事をさらりと言えるのはどうしてだ!?
「俺が可愛いって言うと即座に否定するくせに」
「そりゃ誰がどう見たって俺が可愛いわけねぇし、お前が可愛いのは誰だって肯定するさ。このツラでこのでかさで俺が可愛いとか。ありえねぇし」
はっと嗤う大竹を、設楽は口を尖らせてじっと見つめた。
「……なんだよ」
「先生は可愛いよ。世界中の全員の人が先生を可愛げのないクソジジィって言ったとしても、俺には世界で1番可愛いよ」
その台詞に、一瞬の間が空いた後、大竹の顔が見る間に赤くなっていく。
「そ……そうかよ……」
「うん……」
先生、耳まで真っ赤じゃんかよ!何だよその顔!だから、その顔が可愛いんだって……!!
また先程のように甘酸っぱい雰囲気に戻ってしまったので、設楽は上目遣いに大竹を見て、もっと甘酸っぱいことを言ってみた。
「あの、もっと気の利いた方のは、俺がちゃんとした社会人になったらもう1度仕込んで貰っても良い……?」
「え……?」
一瞬、大竹は「もっと気の利いた方の」の意味が分からないような顔をした。
それから、それが先程の自分の台詞だと気がついて、赤くなった顔を更にうなじまで真っ赤に染め、テーブルの上の1点をじっと見つめで黙ってしまった。
大竹は暫くそうして黙っていたが、急に思い出したように「……分かった」と言うと、「暑いな」と言いながら慌てたようにシャンパンを煽った。
そのまま2人は下を向いて、微妙な空気のまま「た、食べちゃおうか」とフォークを握り直した。
その小指に、まだ設楽は陶製の指輪を付けている。その嬉しそうな姿に、大竹はどうして良いのか分からなくなった。
さっき自分で「外国で式挙げて」なんて言ったくせに、指輪1つでこの体たらく。ザマァねぇなと思う反面、自分の人生の中にこんなプロポーズめいた場面があることに狼狽えて、大竹は恥ずかしいような幸せなような居たたまれないような嬉しいような穴を掘って埋まりたいような、様々な感情に押し包まれて、もう溺れ死にそうだった。
なんとなくモジモジとした空気のまま食事を終えると、大竹はテーブルを片付けてコーヒーを淹れた。設楽が皿を洗おうかと言ってくれたが、「お前が今日の主役だから」と座らせておいて、テーブルをセットし直すと、ケーキを冷蔵庫から出してきた。
「うわ、こんな可愛いデコレーションケーキがあるんだね!」
2人で食べるのだからと3号のケーキを買ってきたのだが、もう少し大きい方が良かっただろうか。だが、その小ささに喜んでるようだからまぁ良いかと、そのままろうそくを用意する。
「このサイズで年の数だけろうそく立てるとすごい事になるから、ろうそくはコレな」
1と7の形をしたろうそくを取り出すと、「わ、先生マメ!」と設楽は更に大喜びしてくれた。
「俺、ケーキのろうそく消すの初めてだよ!俺の誕生日が正月なせいか、父さんも母さんも自分の誕生日遠慮して、パーティーめいたモノした事無いんだよね。願い事してから一気に吹き消すと、願い事が叶うんでしょ?あ、先生!ハッピーバースデーの歌、歌ってよ!」
「俺が!?お、お前も歌えよ!」
そう言えば、今まで1度も大竹と2人でカラオケに行った事はない。酔っぱらって歌う鼻歌を聴いた限りではそんなに下手くそではなさそうだが、ちゃんと歌うときはどんな声で歌うんだろう。
ワクワクしながら大竹が歌い出すのを待っていると、大竹は「もう今日はどんだけ羞恥プレイだよ」と前置きしてから、低く囁くような声でHappy Birthday to youを歌い出した。
うわ。
うわ、なんて低音ボイス!歌の巧さは正直普通だけど、自分のために歌ってくれてると思うと、何か直接腰に来る。しかもこの声で!低音ボイス最高!イエス、ウィスパーボイス!!
歌が終わると、設楽は必死になって手を叩き、大竹から「拍手は良いからろうそく消せよ」と突っ込まれた。
「あ、そうか!でも先生の歌、すごい良かった!メッチャ腰に来た!!」
「良いから早く消せ!」
大竹は真っ赤になった顔を歪めて、設楽の背中をバンと叩いた。うぅ、相当痛い……。いや、でももうコレは学習した。コレは最上級に照れているのだ。照れまくっているのだ。くそう、可愛いなぁ、先生!!
ろうそくは1と7の2本しかないのだから、一息にすぐ消えた。ろうそくが消えて部屋の電気が暗くなるなり、大竹は「誕生日おめでとう」と額にキスをしてくれた。
「設楽、誕生日プレゼントなんだけど」
そう言って立ち上がろうとした大竹の腕を、設楽は咄嗟に掴んだ。
「設楽?」
「先生、プレゼントは先生が良いって言ったの、覚えてる?」
「だからそれは……」
「うん。先生を頂戴とは言わない。だけどお願い。一緒にお風呂に入らせて貰ったら、ダメ?」
「え…」
大竹が頬に朱を走らせて設楽を見つめると、「いつも温泉に一緒に入るじゃん!お願い!」と設楽が重ねて言った。
断られるかと思っていた。いつものように、「それはない」と一言で切って捨てられると。
だが大竹は暫く逡巡した後、意を決したように顔を上げた。
「風呂、一緒に入るだけだよな……?」
「うん!」
本当は全くそんな気はないが、大竹にNoを言わせないためにはコクコクと首を縦に振って肯定するしかない。
「本当に一緒に風呂に入るだけか……?」
「もちろんだよ!!」
それきり、大竹は黙り込んでしまった。まるで彫刻のように全く動くことのない大竹に、段々不安になってくる。
どれだけそうしていたのか。
「……バスバブル入れても良いんだったら……」
大竹が、小さな声でぼそりと呟いた。
「え…?」
それって……。
大竹は設楽の返事を聞かずに、立ち上がって風呂の準備をしに、バスルームに消えていった。
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