第2話:大竹先生の寝室

 1月2日。

 本当は大竹と一緒に初詣に行きたかったのだが、「先生の氏神様に初詣に行きたいな」と乙女チック(?)に言ってみたら、メチャクチャ都心の名前を出されたので、「そこはきっと行き帰りの電車で誰かに会うね……」と、2人で行くのは諦めた。


 大竹の部屋のチャイムを鳴らすと、先生は少し経ってから鍵を開けてくれて、すぐに居間に戻って行った。スカイプで誰かと話し中だったらしい。慌てたように英語で別れを告げる大竹にちょっとムッとして、「誰?浮気?」と意地悪を言ってみる。

「バカ、料理のレシピを訊いてたんだよ。昨日メールで送ってもらったんだけど、イマイチ分からないところがあって……」

「料理?俺作るよ?」

「お前の誕生日なのに?」

 当たり前のように設楽が返してくるから、大竹は思わず苦笑した。

 確かに今まで自分が仕事をしている脇で、設楽が料理を作ってくれるのがいつものパターンになっているが、大竹だって普段は自分で食事を作っているのだ。いつでも相手に料理を作らせるのが当たり前だと思っているような男だとは思われたくない。


「こういう時ぐらい、俺にも作らせろよ。お前ほど上手には作れないだろうけど、俺がガキの頃に誕生日っていうと作ってもらってた料理にチャレンジしてみようかと思ってさ」

「うわ、家庭の味?何かそういうの、嬉しいな。あ、じゃあ先生の誕生日には俺がうちの家庭の味を作るよ!」

「おせち料理をか?」

「も~!!」

 どうせ俺の誕生日はおせちしか出ませんよ!と憤慨する設楽を笑いながら抱きしめて、「誕生日おめでとう」と額にキスを落とす。


「早く18歳になって、ついでにさっさと卒業してくれ」

「神様が誕生日のプレゼントに、今日を卒業式にしてくれればいいのにな」

「そしたら大学受験どうすんだよ。浪人決定だぞ?」

「ほんっと先生の口は減らないなぁ!」

 ムカツク口を唇で塞ぐと、大竹も笑いながら設楽の舌に自分の舌を絡めてきた。

「先生、今年最初のキスだね」

「お前の、17歳最初のキスでもあるな」

「ふふ。なんか、嬉しい」

 そのまま設楽は大竹の胸に顔を埋め、嬉しそうに額を擦りつけた。


「せっかく正月なのに、どこにも行けなくてごめんな。こんな事なら少し遠出しとけば良かったか?」

「ううん。俺、家で先生の思い出の味食べる方が嬉しい」

 大竹の両親は喫茶店をしていたと言っていたが、詳しい話はよく知らない。お兄さんが今は跡を継いでいる、という話だが、そういうおうちの誕生日って、何か特別な物でも出てくるのかな……。


「先生、今度先生の実家の喫茶店、遊びに行って良い?」

「良いけど、普通のコーヒー専門店だぜ?まぁ、行けば姉貴や優唯が喜ぶんじゃね?」


 うちの田舎にはこないだ行ったから、次は先生の実家に行きたい。うぅ、お兄さんとかお母さんとかって、どんな人かな。イヤ別に家族にご紹介、とかを望んでる訳じゃないけど、でも先生がどんな環境で育ってきたのかものすごく知りたい。

 どうやったらこんな意地悪で冷たくてイケズで俺様でクソ真面目で優しい人が育つんだろう。イヤ、最後の優しいは俺限定かもしれませんが?ふふふ……。

 ニヤニヤと考えていたら、大竹に「何不気味な顔してるんだ?」と頬っぺたをつねられた。うぅ、前言撤回。やっぱりただのイケズだ。


 夕方まで何となくソファの上にいた。別に何をしていたわけでもないのに、2人で手足を絡ませてソファに横になっていると、あっという間に時間が過ぎていった。ちょっと話をして、ちゅっとキスをして、そのまま鎖骨やら背筋やらに指を添わせて……うぅ、時間なんて、いくらあっても足りないよ。


 そのうち夕方になって、「飯作ってくるから、ちょっと適当に寛いでくれ」と大竹は席を立ってしまった。なんべん手伝うよと言っても、「決して私が作っているところを覗いてはいけませんよ」と、大竹は頑として譲らない。キャンプの時は2人で普通に食事を作るが、何で今日に限って1人で作ると主張するのだろうか。1人でいたって、寂しいばっかりで、楽しいことなんか無いのに……。


「先生、2人で作った方が早くない?」

「……不器用に作って、まずそうに思われたらイヤだ……」

「思わないよ!ね、先生!」

「うるさいな、お前は宿題でもしてろ!」

「も~!すぐそうやって先生っぽい事言って誤魔化すんだから!!」

「うるせぇ!俺は先生だ!」


 いくら言ってもらちが明かないので、「じゃあ先生のアルバムとか見てて良い~?」と譲歩してみたのだが、「アルバムなんか無いぞ?」と、これもつれない返事だ。

「無いの!?」

「ガキの頃のは実家にあるし、デジカメが普及してからの写真はハードディスクの中にあるけど、あんまり記念写真ぽいのは撮らないな。撮るのは山行った時の風景写真ぐらいか」

「じゃあパソコンの中の写真見て良い?」

「パソコンの中は生徒に見られたらまずい物が色々入ってるから、ダメに決まってんだろ」

「じゃあ俺何してたら良いんだよ~!そしたら先生のクローゼット、勝手に整理して良い?」

「……なんで……?」

「え?先生の私物に興味があるから?」

「うわ……なんかそれもストーカーっぽくて怖いな……。ま、まぁ見られて困るモンは無いと思うから、別に良いけど……。あ、書類は見るな。学校の奴混じってるから」

「了解です」

 そう言うと、設楽は大喜びで大竹の寝室に入っていった。


 大竹の寝室に入るのは初めてだ。

 8畳ほどのゆったりした寝室なのに、セミダブルな上にロングサイズのベッドが置いてあるので、それだけで部屋がずいぶん狭く見える。

 ベッドはヘッドボードが棚になっているタイプで、そのヘッドボードには読み差しの本が置いてあった。海外推理小説の原書だ。へぇ、先生、こんなの読むんだ。

 窓際にはPCデスクが置いてあり、プリンターや、いつも居間で仕事をしてるノートPCとは別に、デスクトップ型のPCが置いてある。そこは充電ステーションも兼ねているのか、携帯やタブレットのACアダプタが、タコ足で配線されていた。


「クローゼットの中はどんなかな~」

 扉を開くと、大竹らしく几帳面に引き出しがずらりと並んだ収納が配置されていた。ハンガーラックの右側には学校に着ていくスーツやワイシャツ、ネクタイやコートが並んでいて、左側には私服らしいブルゾンやジャケット、山用のウェアが並んでいる。見出しのラベルが貼ってあるわけではないが、引き出しを上から覗いていくと、上の方の手の届きづらいところには登山用品や衣替え用の服などすぐ使わない物が、下の方には、下から順に靴下、インナー、ズボン、シャツ、と、体と同じ配置に服がしまってあって、あまりの大竹らしさに笑ってしまった。

 隣の列には文房具だとかPC系のケーブルやパーツの予備だとか薬だとか消耗品がしまってある。


 設楽はまるで宝探しのように大竹のクローゼットの中をいちいち覗いていった。「クローゼットを整理したい」などと言ったが、全く整理する余地など無いほどそこは整っていて、誰が見ても問題がないような健全な寝室だった。


 こう健全すぎると、逆に暴いてみたくなる。最初は「先生の私物を見てみたい♡そんで先生のセーターの匂いとか嗅ぎまくりたい♡」などと思っていた筈なのに、今や目的はもっとピンク色な物に替わっていた。大竹が何を見て自家発電しているのか、その萌えどころがどこにあるのか、気になるのは仕方がない。


「あれ?この引き出しは書類関係だ……。これは見ちゃダメな奴かな?あ、こっちは本だ。何でクローゼットの引き出しに本なんかしまってるんだ?リビングにも本棚あるのに。引き出し重くて開きづらいじゃん。……あっ!」

 ひょっとしてエロ本とかここに隠してるんじゃん!?と思ったが、そこにあるのは専門書とか受験関連のデータ本ばかりで、目当ての本は見あたらなかった。

 いや、どこかに何かあるはずだ。

「……コンドームとか、エロ本とか、エロビとか本当にどこにも隠してないの……?先生のこの収納だったら、ゴムだってこの部屋に置いてるだろ?」


 ベッドはがばっと上に開くタイプの収納ベッドらしく、わざわざ開いてみたけどそこにはテントだとかキャンプ用の椅子だとかツーバーナーとかキャンプ用品を詰めたコンテナだとかが詰め込まれていて、ここにもエロ関係の物は何もなかった。


「……嘘だ。成人男性が全くエロ関連の物を身の回りに置いてないなんて、絶対嘘だ!」


 設楽はムキになってスプリングとベッドの間とかプリンターの下とか部屋中探してみたのだが、やっぱり何も出てこない。

「じゃあ洗面所とか!?じゃなかったら意外と盲点で居間のテレビラックに普通のDVDと一緒に並べてるとか!?いや、やっぱりPCの中がエロだらけとか!?!??!?」


 はっとしてタブレットを起動しようとしたが、パスコードがかかっていて開かなかった。

「先生!タブレット見て良い!?ロック解除してよ!」

 キッチンに向かって叫ぶと、大竹が「え!?」とちょっと慌てた声で返事を寄こした。


 ビンゴ!

 これはタブレットの中にエロ関係入ってるな!?


 バタバタと大竹がキッチンから寝室に入ってきて、設楽の手からタブレットを奪い取る。

「人のそう言うモン見るなよ!」

「へ~え?見られちゃ困るようなモン入ってるの?」

「……いや、別に入ってないけど……?」

 このすっとぼけた顔が絶対怪しい!

「入ってんだろ?何入ってんの?」

「入ってねぇよ!つうか、何入ってると思ってんだよ」

「エロ関係に決まってんじゃん。どんなので普段抜いてるか気になるし、何にも無いなんて不自然だもん。ゴムとか置いてないの?」

 大竹の顔には「心底設楽を寝室に入れたことを後悔しています」と書いてある。仮にそういう家捜ししたとしても、普通隠さないか?それ堂々と言う?


「ねぇ先生、マジでゴムどこ置いてんの?洗面所?トイレとか?」

「……無ぇよ」

「無いの!?何で無いの!?まさか付けない派!?」

 驚いたようにこちらを見る設楽に、慌てて大竹が首を振った。

「違ぇよ!使う予定もないのに買い置きしても、劣化したらやだろ!?アレ消費期限あるって知ってるよな!?使う時に買えば良いじゃん!俺その予定、今んとこ無いだろ!?」

「でもゴムって2、3年は保つじゃん!前使ったのいつよ!?残ってたりしないの!?」

「そんな消費期限ギリギリの使うかよ!女と別れたら、ゴムは捨てるぞ!?」

「今日俺とするかもしれないのに!?」

「だから、しないから!」

「ちなみに俺はいつ先生としても良いように、持ち歩いてるよ?」

「持ち歩かなくて良いから!!」


 大竹の真っ赤な顔を見て、それなら浮気はしてないな?とちょっとにんまりする。それから「じゃあ、俺もちゃんと古いのは捨てて、新しいの買って持ち歩くね?」と付け足してみる。

「いや!だから、後1年はしないんだから、今買って持ち歩くな!」

「分かんないじゃん!弾みでするかもしれないじゃん!」

「しないから!も、料理途中だから、俺戻るからな!?お前ももうこっち来いよ!」

「じゃあビデオラックのチェックしよ。エロビないの?」

 当たり前のように言いながらひょこひょこついてくる設楽に、大竹は頭を抱えた。


「も~!何なんだよ!そんなに俺のエロネタ探してぇのかよ!言っとくけど、ここんとこずっと、二次元のズリネタ使ってないから!」

「じゃあ何で抜いてんだよ!」

「何でってそりゃ……」

 大竹は何か言いかけて、それからはっと口を噤んで、「何だって良いだろ!」と怒って行ってしまった。


 え?何?あ、まさか、俺とか!?今の先生のズリネタ、俺とか!!?!?


「マジで!?ね、先生、あのタブレットの中、俺の写真とか動画とか入ってるの!?」


 嬉しくて後ろを付いていきながらワクワクして尋ねると、思いっきり頭にゲンコツがめり込んだ。プリプリしながらカウンターの中に戻っていく大竹に、「マジで!?」と答えも聞いてないのに設楽はニヤニヤが止まらなくなった。

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