第4話 疑惑

 今日で雨が降り続いて四日目の朝となる。洗濯物も部屋干しし、室内は湿気で溢れている。健太郎は重い腰を持ち上げ、台所へと足を運ぶ。冷蔵庫を開けると腐った野菜や賞味期限切れの肉や乳製品で溢れていた。

仕方なく、栄養ドリンク二本を取り出し、棚からカップ麺を取り出してお湯を入れる。ごみ箱の状況からカップ麺での生活は約二週間以上は経過していた。

「いつまで、こんな生活続ける気だよ」胃はすでに堪忍袋の緒が切れていた。他の臓器達もそうであった。

プロジェクトを開始して健太郎の生活スケジュールは一気に忙しくなった。朝早くに出勤し、プロジェクトの調査及び書類作成に取り掛かる。それとは別に以前からの仕事も行わなければならなかったからだ。

仕事量が爆発的に増加したからと言って、遅く帰る訳でも無かった。最初の接待後、伊藤に気に入られた健太郎は仕事終わりに、ほぼ毎晩のように飲みに誘われた。部長に相談したが、

「絶対に行け。伊藤さんのご機嫌を損ねるような事はするなよ」と言われる始末。当の本人は飲みには誘われず、プロジェクトも健太郎に任せっきりだった。

毎晩、遅くまでお酒を飲み、朝食と昼食は時間節約のためカップ麺と栄養ドリンクで簡単に済ませていた。 

 臓器達も奮闘した。「出世の為に協力するんだ」と意気込んで、身体が弱らないようにと少ない栄養を必死にかき集めた。皆それぞれ、健太郎のバックアップの為、苦汁を舐めていた。

「みんな、本当に済まない。だけど、もう少しだ。プロジェクトの資料もあと三日後には終わる。完成すれば、発表までの四日間はゆっくり過ごそう。ここまで二週間近く、本当に頑張ってくれたな」

「そんな気にしないでよ。でも、終わったらしっかり休ませてくださいね」爽やかな小腸の声はいつもより掠れている様な気がした。

「大丈夫かい小腸」

「大丈夫だよ。気にしないでくれ。そうだよね。大腸兄さん」

「そうだよ。気にするなよ。それよりも、最近は良作が作れなくて申し訳ないな」

「大腸、悪いのは俺だ。仕事が落ち着いたらキャベツやゴボウをたくさん食べるからね」

「よろしくです」

「あと、肝臓は大丈夫か」肝臓からの返事を待つも一向に帰ってこない。普段から寡黙でおとなしいが、無視することは無かった。

「おい。肝臓大丈夫か。返事してくれ」

「うるせえな。寝かしてやれよ」肝臓の身を案じる健太郎に胃が答えてきた。

「胃、肝臓は大丈夫なの」

「こいつ、一晩中働き続けているから、今は少し休んでるんだよ。静かにしてやれよ。お前は早く仕事が終わるように頑張れよ」

「わかったよ。俺、頑張るから」

臓器達に励まされながら、健太郎は激務に向かった。食後だろうが、重たくなった身体に鞭を打ち階段を駆け上がり、道路を走り回り、仕事に追われた。たまの立眩みにも動じることもなかった。

そして、遂に念願のプロジェクト資料が完成したのだ。数字ミスや誤字脱字は一切みられない。ここまでの約二週間の激務はようやく終わりを迎えようとしていた。

健太郎をはじめとする臓器達も安堵ついた。ようやく激務が終わるのだから。二週間と長い期間であった。何度も諦めようと思ったが、互いに励ましあえたからこそ、ここまで出来たのだ。

健太郎は最終チェックを終え、部長の下に提出した。

「部長、プロジェクトの資料完成したので確認をお願いします」

「やっと出来たか、間に合わないかと思ったぞ」健太郎は資料に目を通す部長を待った。大量に作られた資料を一気に確認などは難しいだろうなと思い、健太郎は会釈をして自分の席に戻ろうとしたが、部長の言葉で止められた。

「駄目だな」思いもしなかった結果に啓太郎は思わず言葉を零した。

「どうしてですか」

「全体的に何を書いてあるかわからないな」

「この資料を元に説明を行えば、大丈夫な筈です。どこが駄目なんですか」

「だから、全体的に駄目なの」

「全体的にじゃ、わかりません。具体的にどこが駄目か教えてください」

「そこは自分で気づかなきゃ。教えてもらったら意味ないでしょ」

「そんな、もう時間ないんですよ」

「だって、君さ。残業もせず毎晩お酒飲みに行ってたんでしょ。だから、これは自己責任でしょ」

「そんな…」部長の言葉に胃が反応した。

「何言ってんだこの馬鹿は。俺達がどんな気持ちでここまでやって来たと思ってんだよ。ふざけるな」

「落ち着け、胃。お前が興奮すると身体が火照るんだよ」健太郎は怒る胃を宥めた。

「顔が赤くなってるが、言いたい事があるのか」部長は胃の怒りによって身体が震えだした健太郎を睨んだ。

「いえ、何もありません。会議までには作成し直します」健太郎は自分の席に戻り、机に俯せた。今は何も考えられない。頭の中が真っ白になっている。

こんな時は不思議と自然に周囲の声が耳に入ってくるものだ。

「やっぱり陣内さんに任せるべきだったんじゃないの」

「渡辺じゃ、荷が重たかったんだろ」

「やっぱり、あの噂は本当だったのかな」健太郎は耳に周囲の声を全て拾うようにお願いをして更に集中した。

「あぁ、あれね。プロジェクトの前日の飲み会で渡辺さんが料理に細工して自分がプロジェクトを持てるようにしたってやつね」何を言っているんだこいつ等は。俺が料理に細工をしただと。

「じゃないとあれだけ、大勢がお腹を壊したのに一人だけ、平気でいるなんておかしいわよね」健太郎の中で先ほど感じた胃の怒り以上の物が溢れ出てきて爆発した。

「ふざけるな。俺はそんな事やってない」約百m先で小さな声で噂話をしている二人の女子に対して健太郎はオフィス中に響き渡る大きな声で反論した。そんな健太郎の姿を皆は黙って注目した。

立ち上がって数秒経過し、ようやく自分の感情的な行動に気づき、黙って屋上へと走って行った。

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