第2話 健太郎の幸運


 電車に揺られること三十分、ようやく朝日駅に到着し会社に向かった。

会社に入ると、二人の受付嬢に軽く会釈をし、エレベータに乗る。三階で降りて右に曲がると所属している第三部署に着くのだ。

「おはようございます」

健太郎の挨拶を掻き消すかのようにオフィス内には電話の音が嵐の様に鳴っていた。

大量の電話処理をたった二人のパート職員の中年女性が対応しており、健太郎は何も聞かずに受話器を手に取り協力に入った。

「おはようございます。竹内会社、第三部署の渡辺です」

「あぁ、渡辺くんか。俺だ。陣内だ」声の主は先輩の陣内さんだった。

「どうしたんですか。陣内さん」

「いや、昨日の飲み会で出た刺身が当たったみたいで、今日は休ませてもらうよ。部長いるか」

「まだ、来てませんが、来たら伝えておきます」

「ありがとう。他のみんなは来てるか」

「それが、飲み会に来なかったパートのおばちゃんと自分しかいなくて」健太郎は受話器を一旦、口元から離して二人に確認をとった。

「もしかして、全部、休みの電話ですか」

「そうですよ」二人の困ったような返事を聞いて電話に戻る。

「やっぱり、みんな休みみたいです」

「まずいな。せめて部長だけでも」陣内の弱った声を聞いていると、口に大きなマスクをつけた青白い顔の男が入って来た。

「おはよう」、

「陣内さん、部長が来たみたいです。とりあえず、休むことは伝えておくので、また体調が良くなったら連絡ください」

「部長、来たなら一安心だ。そしたら、また連絡するな」健太郎は受話器を置いて駆け足で部長へと向かった。

「部長、大変です。昨日の飲み会の料理でほとんどの人達がお腹を壊したみたいで、今日の出勤は恐らくこれだけです」

部長は頭を抱え、弱々しい声で答え始めた。

「俺も腹壊したよ。でも、今日は大事な取引があるんだ。これだけは、出ないと行けないんだ。陣内から電話はあったか」

「ありました。先輩も腹壊したみたいで休ませてくれと」

「そうか。あいつに任せようと思っていたが、無理そうだな」しばらく、両手で頭を押さえて、うな垂れる。

「お前は体調、悪くないのか」

「自分は特に問題ないです」

「相変わらず、体は丈夫だな」部長は悩んだ末にある決断にたどり着いた。

「よし。今日の取引はお前と行く事にする。先方は大手会社の太陽会社だ。くれぐれも阻喪のないようにしろよ」

「わかりました」

「言っておくが、今回のプロジェクトは確実に成功させないといけないから。集中していけよ。それと夜七時から宮古亭で接待するから、今日はそれまでに自分の業務を終わらせておくように」

「はい」席につくなり健太郎は臓器達から声を掛けられた。


「やったね。健太郎君」爽やかな声の小腸がいち早く、反応してきた。

「それもみんなのおかげだよ。昨日の刺身を食べて、腐ってるからこれ以上、食べないようにて言ってくれたからね」

「接待って事は、また飲み事ってことだろ」すでに怒り気味なのは、やはり胃だ。

「そうなるね。ごめん。出世の為なんだ。しばらく接待で飲み事が多くなるかもしれないけど手伝ってくれないか」

「しょうがねえな。俺たちも頑張るから、お前もしっかり仕事して出世しろよ」

「胃くん、今日は優しいんだね」

「うるせよ。小腸。そんなんじゃねーよ」

「胃も小腸もありがとう。他のみんなもよろしくお願いします」健太郎は臓器達と話し終え、業務に取り掛かった。

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