06:後夜祭サプライズ

 更衣室と控室の片付けを任されていた佳乃たちは、後夜祭に賭ける同チームの女子たちの働きによって、何とか時間までに終わらせることができそうだった。両手をはたきながら、佳乃は衣装ケースを抱えて収納庫に向かおうとする花乃を振り返った。

「よし、こっちは大分片付いたね。そういえば花乃どうするの? 後夜祭。行くならそろそろ出ないと、ファイアーストーム始まっちゃうわよ」

「……うん、折角だから行こうかな? ……ね、佳乃ちゃん。その前に屋上寄ってもいい? 昨日お昼食べるときに上がったでしょう? あのときにお箸箱を忘れてきちゃったみたいで」

「あ、じゃああたし今から取ってきてあげようか? 花乃それプレハブまで運ぶんでしょう?」

 なんの疑念も抱いていない顔で佳乃が花乃の衣装ケースを指差したので、花乃はちらりと腕時計を見た。17時前――そろそろ、いい頃かもしれない。

「うん、じゃあお願いしていいかな? ありがとう、佳乃ちゃん」

「オッケーオッケー、まかせて」

 珍しく顔色を読まれなかったのは、やっぱり舞台で培った演技力のおかげかもしれないなあ、と。

 階段を駆け上がって行く双子の妹の背中を、花乃は感慨深く見送っていた。



 鼻歌を歌いながら屋上までやって来た佳乃は、いつものようにその扉を開けた。沈みかけた夕日が西の空を染め、校庭からはざわざわと興奮冷めやらぬ生徒たちの喧騒が聞こえてくる。

「えーと、昨日お弁当食べてたのはあの辺だっけ……」

 中庭が一面に見渡せるフェンスのそばまでやってきて、コンクリートの床に目を凝らす。もともと視力があまり良くない上に、夕暮れの薄暗さが重なって、集中しなければ踏んでしまうかもしれないと思ったからだ。だが、何度手探りで床をごそごそ探ってみても、それらしいものは見つからない。

「あれえ? おっかしいな……ない……?」

 そのとき、扉が金属の擦れるような音をたてて開いた。花乃がやってきたのだと思った佳乃は、振り返って大声を上げた。「花乃ぉ、お箸なんかないみたい――えっ?」

 一瞬何を見ているのか解らなくなった。


 どこか不慣れな、迷子になった子供のような顔で首を巡らせていた彼は、フェンスの脇で小さくなっている佳乃を見つけて顔をほころばせた。

 前に会ってから2日しか経っていないのに、進む道を見つけ出して身辺整理に徹していたらしい彼は、今までに散々見てきた明らかに皮肉じみたクセのある微笑ではなく、感情をそのままストレートに顔に浮かびあがらせた、見ている側が恥ずかしくなるような笑顔を向けてくる。

 佳乃は混乱し、あわあわと回らない舌を絡ませて近付いてくる影を見つめた。

「おつかれさまでした、関口さん」

「ちょ、ま、な、な――なんで、だってもう来客は全部追い出される時間」

 彼の背後の扉が、気付かれないようにという明らかな意思を持った動作でゆっくりと閉まっていくのが見えた。はっとして目を瞠った佳乃とばっちりコンジャンクションした、その視線の持ち主は。

「ちょっ……福原くんっ!?」

「ごゆっくりい!」

 忍は一声大きく叫んで、もう隠れる意志もなくばたんと扉を閉じた。呆然と目を見開いて立ち尽くしている佳乃の目の前までやってきて、彼――拓也は笑った。

「忍に呼び出されて来たんですけど……気をつかってくれたんでしょうか」

「気をつかってって……これ明らかに作戦じゃないの! あんた知ってたの!?」

 拓也は退学したにもかかわらず制服を着ており、たしかにこの姿では校内に入ってきても生徒にしか見えない。わけがわからず怒鳴り散らす佳乃に、拓也は一つため息を返した。

「いいえ。どうやら忍と、誰かさんが共謀してくれたみたいですよ」

「だれかさんって――」


 花乃!


 みるみるうちに真っ赤になった佳乃は慌ててドアに向かって駆け寄ろうとしたが、拓也はやんわりとその肩を押し返した。開き直った拓也の微妙な強気とその行動の早さは佳乃の知るところでもあったので、はっきり言って佳乃は心臓が飛びあがるほど驚いた。

「ど、どういうつもり! やっぱりあんたもグルだったっての!? サイテー!」

「違いますって……野暮ですね、あなたも。忍にチャンスをあげたらどうですか? あなたがいては、忍も思うように行動できないでしょう」

 佳乃ははっとして拓也を見上げた。

 後夜祭――そうか、彼は今夜花乃に『振り絞る』のだ。その残り火を――“伝えるための勇気”を。

 佳乃は一つ大きな息を吐き出して、肩をいからせたまま言った。

「そういうことなら仕方ないわね。協力してあげてもいいわよ。かつがれるのは腹が立つけど、実際はあたしが協力してあげてるみたいなもんなんだから、ま、いいわ」

「そうですね。それに、僕もあなたといられるのは嬉しいし」

 烈しく照れ屋の佳乃が言葉の意味に気付いて暴れ出す前に、小柄な体をすっぽりとその腕の中におさめてしまってから、校庭で燃え始めた炎を眺めて拓也は思い出していた。

 昨夜忍からかかってきた電話。

 けっして彼らの想い人には言えない、男同士の密約を。

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