星にねがいを・1

 Fate is kind

 She brings to those who love

 The sweet fulfillment of

 Their secret longing


 Like a bolt out of the blue

 Fate steps in and sees you through

 When you wish upon a star

 Your dreams come true


 運命はやさしく

 愛し合う人々の

 ひそやかな願いを

 きっと満たしてくれる


 青天の霹靂のように突然

 夢はあなたのもとにやってくる

 星に願いを託す時

 夢はきっと叶うでしょう……



 幕が降りても、どこか遠くでさざなみのようなものが鳴り響いている。押してはひいていく波の打ち寄せる浜辺に、独りで立っているような錯覚に襲われる。

 震える手に触れるものは闇。ただそれだけ。


(おわ、った……)

 観客との間をしきった幕の奥で、佳乃はやっと差し伸ばしていた手を下ろした。

 心臓はなぜか自分でも驚くほどに静かなのに、手の震えだけはいつまで経ってもおさまらなかった。

(ほんとうに、終わったの……?)

「佳乃――ッッ!」

 舞台袖からものすごい勢いで夕子が飛び出してきて、いまだ立ち尽くしたままの佳乃に抱きついた。反動で裾を踏みつけてあやうく転びそうになったことで我を取り戻し、佳乃は自分に抱きついて離れない夕子の顔を覗きこんだ。「夕子?」

「あんたって子は! なにが『成功は難しい』よ、おかげさまで大成功じゃないの!」

 いつものように砕けた物言いながらも、顔を上げた夕子の目には珍しく、いや、佳乃が知る限りでは初めて見る涙が滲んでいた。

 佳乃が思わず絶句すると、舞台袖から次々にキャストやクラスメートが駆けてきて、各々が佳乃を取り囲み好き勝手に叫び始めた。

「関口さんってばもうすごすぎ、お疲れ様ーっ!」

「もーっ、あたし感動して泣いちゃったよ~っ!」

「さすがだよ、もう最高のシメだったぞ」

「あ……ありがと……」

 周りの興奮についていけず、佳乃は半ば放心した状態でぼんやりと呟いた。自分が舞台の上で演技をしようなどと思う余地もなかったことが申し訳ないほどなのだが、予想外の騒ぎに呑まれてしまい思うように声が出ない。

「成功して、良かった」

 ただそれだけを言って、佳乃はようやく微笑んだ。まだ心がふわふわと宙を漂っているような状態だったが、皆の笑顔を見て、笑わなければと思った。一度思えば実行は簡単だった。

 そのとき、舞台の中心で団子になっている彼らのもとに歩み寄る人影があった。佳乃はその彼を見て、キャストのほとんどがもう制服に着替え終えている事に気がついた。ああじゃああたしも早く着替えたほうがいいかなと思いながら彼に向かって微笑むと、返ってきたのは予想に反した表情だった。

 いつもほがらかな微笑みを向けてくれるはずの彼――忍は、佳乃の笑顔を見てかすかに眉を歪め、痛みをこらえるような表情を浮かべた。

「ありがとう」

 忍は夕子がするのと同じように、その腕に佳乃を包みこんだ。抱きしめるというのではなくて、ただ包みこむという優しさ。

 佳乃は驚いたが、その手を振り払いはしなかった。

 知っているから――この手が、恋からはもうかけ離れたところにあるものだということを。


「本当にありがとう、佳乃ちゃん。……ごめんな――」


(やだ、あやまらないでよ、もう)

 せっかく笑えていたのに。簡単に組みたてた笑顔は、壊れるのもまた簡単だった。

 その時に判ったのは、この腕が自分の泣き場所として用意されたものであるということ。きっと見るに堪えないような自分の笑顔をこれ以上人目にさらすのはよくないと、優しい忍は思ったに違いない。けれど、涙腺は胸の痛みには負けなかった。

「ありがとう、福原くん。明日も頑張ろうね」

「……佳乃ちゃん」

 佳乃は忍の腕を押し返して、驚く彼を毅然とした目で見上げた。

 そうだ、ここはあたしの泣くところじゃない。まだ泣いてはいけない。

「え? 佳乃ちゃんって……花乃ちゃんじゃなくて?」

 二人の様子を見ていた大道具の一人の口から、不意に疑問が飛び出す。それはあっという間に波及して、舞台奥はささやかなパニックに陥った。

「紫の上は花乃さんのほうだろ?」

「いや、だってさっき花乃ちゃん倒れたんじゃ――」

「でも代役でこんな完璧にセリフできるかよ」

 あやうく全員に問い詰められそうになった佳乃を救ったのは、夕子の大きな手拍子だった。

「さーはいっはいっ、明日も早いんだから、早く舞台片付ける! 明日のセットも用意しなきゃでしょー! 着替え終わったキャストもね、全員でやるのよー!」

 うまい具合の大声でむりやり団子を散らした夕子は、くるりと佳乃に向きなおって裏口を指した。

「ホラ、着替えてきなさいよ……多少遅くなっても、見逃してあげるから」

 それが夕子なりの優しさだった。佳乃の望むものを、一番よく解ってくれている。

 佳乃は頷いて、講堂裏口をするりと抜けた。

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