双子クローゼット


「佳乃ちゃん、このワンピースどうかなあ?」

 花乃がパウダーピンクのノースリーブワンピをあてて、鏡の前で体ごとくるりと振り返る。花乃にピンクという色はとてもよく似合うのだが、このとき佳乃はベッドの上で頬杖をついてぼんやりと宙を見ていたため反応が遅れた。

「え? ――ああ、うん可愛いよ」

「……ホントに見てた?」

 珍しくぷうと頬を膨らまして、花乃は佳乃の横に腰かけた。

「最近佳乃ちゃんてば元気ないんだもん。ねえ、もしかしてこの間わたしが言ったこと気にしてるの? 進路のこと……」

「ち、ちがうよ、ちゃんと見てたってば。ホントに可愛いっ」

 花乃に図星を指されそうになって佳乃は慌てて首を振った。たしかに進路の答えは未だ出てこないし、勉強のやる気スイッチは相変わらず凹んだままだ。けれど今佳乃の頭の大部分を占めているのは、花乃などが聞いたらびっくりするに違いないような人物のことだった。

(今でも幻でも見たんじゃないかと思うもの……神崎拓也の家の事情)

 気にするような間柄ではないと自分でも解っていたが、あの苗子の豹変がどうしても気になっていた。言い争いの原因が明らかに拓也の存在であることも、数秒の会話で読みとってしまった。

(あの歪んだ性格の原因ってもしかしてああいう事情なのかしら)

「佳乃ちゃんってば、もう!」

 肩を揺さぶられて佳乃ははっと我に返った。頬を膨らませたまま花乃がじっと顔をのぞき込んでいた。

「んもー、わたしはこれに決めたよ。佳乃ちゃんはどうするの」

「うーん、あたしは適当でいいや」

 クローゼットの中の引き出しをあけてTシャツとジーンズを引っ張り出し、ベッドの上に放り投げる。するとタイミング良くそれをキャッチした花乃が頓狂な声を上げた。

「佳乃ちゃん、まさかこれ着てくの!?」

「え、うん。いつもそんなだし」

 それを聞くなり花乃はがばっと立ち上がり、佳乃の手を掴んだ。

「ダメだよぉっ、わたしが選んであげる! もったいないよ何でも似合うんだから、佳乃ちゃんは!」

「いいってば―――わあっ」


 8月2日、晴天。

 この日こそ、あの喫茶店の帰りに忍が提案した委員たちと遊びに行くという計画発動日だった。参加者全員の予定がぴったりと合うのはこの日だけで、おまけに天気まで味方してくれたとあって花乃などは朝からはしゃぎっぱなしだった。普通なら佳乃もはしゃぎすぎて尋常じゃない状態だったろうが、拓也の一件が心の重石となって冷静さを保っていられるのだった。

 待ち合わせの11時まで、まだ少し間がある。佳乃と花乃はお互いのクローゼットを行ったり来たりしながらおめかしに余念がなかった。とは言っても標準的な女の子の持つたしなみや粧いへの興味と比べると佳乃のそれは3割あるかないかくらいのもので、要するに花乃が渋る佳乃を引っ張り回している構図だったのだが。

「はいっ、できたあ! うん、さすが佳乃ちゃん超可愛いっ」

「あんた双子だってことわかってる……?」

 照れ隠しに呟いた佳乃は、振り返って澄んだ姿見に全身を映してみてぎょっとした。

 盛夏に映えるさわやかなラベンダー色のスリップドレスは花乃のとっておきのものらしく、裾が幾重にも重ねられたチュールレースで、微かに身動きするだけで頼りなげにふわふわと揺れる。その上に羽織る柔らかなシフォンの上着はこっそり紫乃のクローゼットから拝借してきたものらしいが、これが意外によく合うのだった。手首の銀のブレスレットもしかり――もし母親にばれたら大騒ぎになるだろうが、妙なところで花乃は思い切りが良いのだ。それに、花乃のセンスがとてもいいことは佳乃も紫乃もよく知るところだった。

 自分が好んで着ようとも思わなかった類のものが、花乃の引導で総力を結してこの身を飾り立てた結果がこれなのかと、佳乃は感嘆にも似た気分で姿見を見つめていた。

「花乃が二人いる」

「何言ってるの? 双子だって言ったのは佳乃ちゃんじゃない」

 花乃は呆れてくすくすと笑ったが、佳乃は目から鱗が落ちる気分だった。最も驚かされたのは、身にまとうものによってこんなにも雰囲気が色を変えてしまうということで、こんなにも自分と花乃は似ているということに気付いたことだった。いくら双子で同じ顔とはいえ、正反対の性格ゆえ誰からも似ているとは言われなかったし、自分たちにしても到底同じとは思えなかったからだ。

(そう、だよね。あたしと花乃は、双子なんだもん――)

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