11時の公園にて

 待ち合わせの11時にU公園美術館前広場に行くと、もう全員集まっていた。

 参加者は総計七人。双子、忍、拓也、夕子、そして5組の葉月翔子と吉村高澄が来ていた。

「おはよう、みんな!」

 はしゃぐ花乃に手を引かれてみんなの元へ駆け寄ると、拓也や夕子と話し込んでいた忍が微笑んで答えた。

「おはよう、十日ぶり……わっ、関口さん!? すごい、かわいいっ!」

 どちらのことを言われたのかわからず、二人は一瞬きょとんと忍を見返した。だがすぐに花乃がおずおずと背中に引っ込む佳乃を押し出し、満面の笑顔で笑った。

「そうでしょう? 佳乃ちゃんは何でも似合うんだもん、普段こういう格好しないのが勿体ないよね」

「ホントだよなあ、でも関口さん――ああ、ややこしいし名前で呼ぶね。ええと花乃ちゃんも似合うよ、その色なんかぴったりだし」

「ありがとう、やっぱり福原くんって優しいよね~」

 ほのぼのとした二人の空気に挟まれながら、佳乃はおそるおそる顔を上げた。忍の必殺褒め殺しも今は佳乃の耳には入っていなかった。それどころではなかったのが正直なところで。

「おはようございます、関口さん」

 案の定ばっちりと目があって、拓也は律儀に挨拶をしてきた。以前に喫茶店で見た私服とはまた違う、Tシャツに黒いジーンズ姿の彼は、端から見れば綺麗な顔をしたごく普通の少年だった。背丈は目立つほどではないのに、立ち姿がまた妙にすらりとして見える。佳乃は驚き、それでも何とか自然に振る舞おうと口を開いた。

「お、おはよう、神崎くん」

 自然な返答どころではなかったと気付いたのは、全員が目をむいて自分に注目したからだった。根本的なところを力一杯間違えたのだ……よりにもよって、クン付けしてしまうとは。これではまるで、自分が拓也に懐柔されたようではないか――そう考えてしまうと、今の格好すらそれに連結されてしまい、佳乃はいてもたってもいられないほど恥ずかしくなった。

「熱でもあるんじゃないの佳乃! その格好といい、この晴天に槍でも降らすつもりなの?」

「か、格好は関係ないでしょ!」

 訝しげな夕子をはたいて、佳乃は視線から逃れようとそっぽを向いた。どうにもこうにも、うそをつくことは苦手だった。たとえ自然に振る舞おうと努めても、何か後ろ暗いところが少しでもあるとすぐに態度に出てしまう。入学以来そういう所をずっと見てきた夕子には、それが一発でばれてしまうのだ。

「照れないでいいのに、関口さん。その服、すごい似合ってるよ」

 夕子の視線から逃げる助け船のように、翔子が佳乃の肩を叩いた。5組の委員の葉月翔子とは委員会で何度か話したことはあったが、改めて二人で会話をするのは今日が初めてだった。同じく吉村高澄も5組の委員で、二人は学年でも有名な公認のカップルだった。

「あ、ありがとう、葉月さん」

「あはは、関口さんって思ったより可愛い人だったのね」

 翔子はからりと笑い、チャームポイントのポニーテールを元気よく揺らして佳乃をのぞき込んだ。「あ、悪い意味じゃなくってさ。もっとキツイ人かと思ってたの、だって神崎君とはいつも喧嘩してるじゃない?」

「あ、あれは、アイツが悪いのよ」

 ふてくされて答える佳乃を見て、翔子はますます嬉しそうに笑った。

「神崎君といい花乃ちゃんといい、学園のアイドルも関口さんにかかればかたなしね」

「え、花乃がなに?」

 佳乃がびっくりして問い返すと、翔子はつり気味の目をくるんと大きく見開いた。

「あれ、知らない? 花乃ちゃんて学年では男子にすっごい人気あるんだよ。見るからに守ってあげたくなるタイプじゃない。そういうところが男子の中で理想化してるみたい」

「ええええー!?」

 佳乃は驚いて叫んだ。確かに花乃からは常にふわふわした微妙な周波が漂っている。普通は激しい天然ボケにしか見えないらしい――先日湯浅栞が花乃のことを「脳味噌まで天然醸造ではなくって?」などとバカにしているのを耳にして佳乃は激怒し、それ以来湯浅とは険悪な仲が続いていたりする――が、花乃に傾倒している佳乃はそれを「守ってオーラ」と密かに名付けていた。花乃は自分が守らなければ、という使命のようなものがふつふつとわき出てくるからだったが、まさかそれが学年中の男子に影響しているとは思わなかった。

(当然といえば当然かも……あたしでさえあの子にはメロメロなんだから。それにしたって、何で今まで気付かなかったんだろう)

 妙に複雑な気分だった。花乃の人気は素直に嬉しいのだが、それでも手放しで喜べないのは、花乃のことを狙う野獣がそこら中にごろごろしているということを知ったせいなのか、それとも同じ双子ながら自分だけが取り残された気がするからなのか。

(やだなあ、なんだろうこの気持ち)

「ねね、関口さんは福原君が好きなんでしょう?」

 突然翔子が声色を変えてとんでもないことを耳元で囁いたので、佳乃は飛び上がった。

「ちが、ちがう! そんなんじゃないよっ」

 そんな陳腐な否定しかできない自分に愕然としながら佳乃は必死で首を振った。前回の委員会で公然の事実になってしまったらしいこの状態を、恋と決めつけるにはまだ自覚が足りないのだ。確かに福原君を見ればどきどきするし、楽しくなったりはするけれど、これが恋なのかどうかを佳乃は知らない。夕子が言った『いつか訪れるそれ』も、まだ来ないのだから。

 そんな佳乃の気を知ってから知らずか、翔子は飛び跳ねるようにして笑う。

「やははー、カワイイ! 真っ赤だ!」

「ちがうってば、もー、葉月さん!」

「翔子でいいよ、あたしも佳乃ちゃんってよんでもい?」

 人懐こい笑顔で尋ねられると、佳乃には断ることなどできなかった。花乃を春の日向と喩えるなら、翔子は初夏の日差し。からりとした今日の天気のような、明るくて眩しい笑顔をする女の子。

「うん、いいよ、翔子ちゃん」

 ――こういう日も、たまにはいいかもね。

 佳乃は誰にも見られないように、そっとかすかに微笑んだ。

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