波乱の実行委員会・4

「だからうちのクラスは北海道がいいって言ってるでしょう! そうよね夕子っ!」

「あ、へ、うん」

「あなたのクラスの希望だけで通ると思ってるんですか。現に僕のクラスは、沖縄を希望するものが過半数でした。そうでしたね、湯浅さん」

「ええ、その通りですわ」

 もはやここまでくるとほとんど3組vs9組の闘いだった。拓也のクラスパートナー・湯浅 栞は、べったりと拓也に張り付いて佳乃を睨み付けている。巻き込まれる形になった夕子は、途方に暮れて延々と続く言い合いを流し聞いていた。

「あくまでも対抗する気ねこの根性悪!」

「それはこちらのせりふです。少しくらいは遠慮というものを知らないんですか」

「あんたに遠慮するくらいならサルにでも遠慮した方がましよ!」

「ああ、あなたの同類ですしね」

「なにをう――――!!」

 すでに顧問の瀬田ですら口を挟めない。呆然と口を開けた委員たちが見守る中、二人の言い争いはますますヒートアップしていった。

「多数決も五分五分でしたし……かくなるうえはこれですか」

 佳乃の目の前にすっと差し出された手を見て、佳乃は一瞬虚を突かれた顔をし、それから我に返ったように後ずさった。「な、なによ。和解しようったって、そうは問屋が……」

「なに勘違いしてるんですか。ジャンケンですよ」

「え……」

 お嬢様然とした栞が、ここぞとばかりに意地悪く吹き出す。佳乃はカッと顔を赤らめ、負けじと力一杯握った拳を差し出した。「いいわよ、やってやろうじゃない。一回勝負、負けても何も言わないでよ!」

「そちらこそ」

 一息おいて、両者に睨まれた夕子が仕方なく音頭をとる。「じゃーんけーん」


 ぽんっ


 クラス中の視線を集めたこの決闘の結末は、佳乃の奇声で締めくくられた。

「やああった――――! やった、やったわ夕子! これで決定よ!」

 ぴょんぴょんと夕子の手を取って喜ぶ佳乃の横で、拓也は仕方がないとばかりに軽くため息をついた。そのとき、いままで黙ってなりゆきをみていた顧問の瀬田が二人の間に顔を覗かせて言った。

「盛り上がってるところ悪いんだが、行き先はもう近畿に決定しているんだ、実は……」

 ぴたりと二人の動きが止まった。それまでの喧噪が嘘のように静まりかえる教室。沈黙の重さに顧問が汗を拭いたところで佳乃は我に返った。

「ここって、一応私立なんでしょう!? なんで中学と同じ所へ行かなきゃいけないんですか! それならまだ沖縄の方がマシ……」

 口を滑らせそうになって佳乃は慌てて口許を押さえた。拓也がちらりと自分を見たのがわかったが、気づかない振りをした。瀬田は体質ゆえか、あふれ出る汗を拭き拭き言った。

「いやいや、確かに行き先は中学と同じかもしれないが、日数が違うぞ。今年はなんと一週間まるまるの6泊7日だ! すごいだろう」

「一週間。そんなにあるんですか」

 拓也も驚いた様子で聞き返したが、その声に必要以上の感嘆は含まれていなかった。生徒たちの目にも海外旅行が当たり前となりつつあるこのご時世、近畿で一週間を過ごすことへの戸惑いがあふれていたが、瀬田はそれには気づかぬ様子で嬉しそうに手を叩いた。

「そう、エリアは京阪神と奈良、和歌山までだ。広いだろう!」

 委員たちはそれぞれ中途半端に笑みを漏らしたが、花乃だけは心底嬉しそうに勢いよく頷いた。



「何が悲しゅうて中学と同じところへ行かなくちゃいけないの?」

 委員会解散後、花乃と一緒に家に帰る道すがらも佳乃はずっとそればかり呟いていた。帰宅して着替えをすませた二人がリビングで再び顔を合わせても、佳乃の口からは同じ言葉が漏れた。

「でも一週間もあるんだよね。中学の時は3日だけだったでしょ? いっぱい観光できるよ」

 花乃は案外嬉しそうにティーカップを両手の間でころころ転がしている。そうかなあ、と佳乃が天井を仰いだとき、母親の紫乃がキッチンからひょいと顔を覗かせた。

「修学旅行どこ行くか決まったの?」

「うん、京都とか奈良とか、近畿の方だって。ママも飲む?」

 花乃がティーポットを持ち上げて誘うと、紫乃はそそくさとリビングのソファまでやって来て腰掛けた。佳乃の手から委員のプリントを奪い取ると、目を通して明るい声を上げる。

「へえ、いいじゃないの、京都・奈良。古都の風景はロマンティックよ~。私が学生の頃は、修学旅行って言えばみんな気負ってたし。今でもそうなんじゃないの?」

 年の割に気の若い母親は、今にも弾んで飛び上がりそうな声で笑った。佳乃と花乃は言われた意味が分からず、きょとんと瓜二つの顔で聞き返した。「気負うって、何を?」

「あらっ、またまたとぼけちゃって! 修学旅行って言うのはね、カップルの発生率がものすごく高いんだから。佳乃と花乃も実は考えてるんじゃないの?  コ・ク・ハ・ク♥」

 年甲斐もなく、女子高生の如く口許に手を当ててきゃあきゃあと嬉しがる母親に一瞥をくれて、佳乃は冷たい声で言い放った。

「あのねえ、母さん。修学旅行ってのは、勉『学』を『修』めるって書くの。いったい何しに行くと思ってんのよ、恥ずかしい」

「んまー、可愛くない。学生最後の修学旅行を無駄にするつもり?」

 佳乃はあきれ果ててため息をついた。どうもこの母親は、我が親ながら時々ついていけなくなる。むしろ夕子との方がそれはそれは似合いの親子になるんじゃないかと思う。

「どっちが無駄なのよ。そんなに言うなら母さんが行って若くて可愛い彼でも探せば? まあ、いくら気は若くてもその歳じゃあねー……」

 ほとんど言ってしまってからはっとした。年の話は御法度だった。

「佳乃ッ! あんたいつからそんな口をきくようになったの!」

「佳乃ちゃんってば言い過ぎだよ! ママも落ち着いて、ねっ」

 花乃が慌てて仲裁に入り、佳乃は走ってその場を逃げ出したためなんとか落雷は免れたが、どうにもよくない兆候に気づかされた。

(いけない、あたしってば……どんどん口が悪くなってる)

 天敵のアイツとの対決は、よからぬところで佳乃の力を確実に高めているようだった。

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