波乱の実行委員会・3
次の日、佳乃は朝一番に階上の拓也の教室へ走った。案の定というか何というか、拓也はまだ生徒の数もまばらな早朝の教室で、几帳面に机に向かい分厚い本を開いていた。
「どういうつもりなの、神崎拓也ー!」
文字通り教室に怒鳴り込んだ佳乃は、拓也の机の前で仁王立ちになって捲し立てた。
「あたしは辞めるって言ってんのよ、何であんたなんかに邪魔されなきゃいけないの! あんたのどこにそんな権利があるのよ! 代わりの人はもう見つけたわ、それで文句はないでしょう!」
佳乃が怒鳴り終える頃に拓也はようやっと顔を上げ、佳乃を見た。
「辞退の理由を聞かせてもらいましょうか。一度引き受けたからには、それなりの責任というものがありますからね、関口さん?」
「知ってて聞いてるの? それとも本当にわからないの?」
笑い出したい気分で佳乃は目の前の端然とした顔を睨み付けた。
「じゃあ言ってあげるわよ、あんたとやるのがイヤだからに決まってるでしょう! あんたがいる限りあたしは絶対絶対何が何でも委員になんかならないの! わかった!?」
ぜえぜえ息を切らして反応を待つ佳乃とは対照的に、拓也はさして驚く様子もなく――どこかぼうっとしたような顔で佳乃を一瞥し、本を閉じた。そしていつもの単調な口調でこういった。
「ええ、よくわかりました。だとするとあなたは、僕に負けたことを自分で認めるわけだ」
「は?」
話が飛躍した方向を見失い、佳乃は眉を寄せた。
「誰があんたに負けたってのよ。いい、あたしはあんたがいやなの、嫌いなの。だから――」
「模試であなたを軽々抜いた僕が恨めしいですか。これ以上の恥をかきたくないから、背中を見せて逃げるということですね? それは試合では
このときの屈辱を、どう言葉に表せばいいのだろうか。全身の血が一気に頭頂に向かってのぼりつめ、冷静さの入り込む余地などなかった。
「違う! 逃げてなんかない!」
「今更恥ずかしがらなくてもいいでしょう。ご自分でそう認められるなら仕方がないですね、いいですよどうぞお辞め下さい。あとは僕がやりますから」
「ひっ……人の話を聞け! だだだ誰が認めたなんて――」
「そうですね。それで、代わりの人はどなたですか?」
「ふぬ―――――――ッッ!!!」
あまりの怒りと羞恥で、拓也の顔に浮かぶ笑みも見えていなかった。きっとその顔を冷静に見ていれば自分がからかわれていることなどすぐに気づいたはずなのに、このときは勝ち誇った傲慢な顔にしか見えなかったのだ。気づいたときには、階中に響き渡るような大声で叫んでいた。
「いいでしょう、やるわよやりましょうやりまくってやるわよ! あんたなんかコっテンパンのケチョンケチョンにのしてやる! 覚悟してなさい、あたしを本気にさせたあんたが悪いのよ!」
佳乃はついに、まんまと拓也の罠にかかってしまったのだった。
関口佳乃 VS 神崎拓也の対決は、じきに学園中の噂になった。それだけならまだしも、その噂の勢いに乗ってそれまで転校生の存在を知らなかった女子までもが一気に騒ぎ始めた。結果、神崎拓也は学園中でも一二を争う知名度を誇り、それがますます佳乃の怒りをつのらせた。
「なあによね、ちょっとばかりモテるからっていい気になって」
佳乃は聞こえよがしに大声を張り上げた。今日は修実の会議の日で、恒例になった拓也との対決の日でもあった。そしていつも先手をくらわすのは佳乃だと決まっていたので、その一言で委員たちはぴたりと無駄口をやめて二人を注視した。
佳乃の背後に座っていた拓也は、鼻で笑って静かに言い返した。
「まるでもてない女性のひがみそのものですね。そんな風にいつもツンツンしているから、誰も怖がって近寄らないんですよ。もっとも、多少笑ったくらいで何が変わるのかは疑問ですが」
「……あんったにだけは言われたくない、そのせりふ」
ばちばちと飛び散る火花に、ほかのクラスの実行委員はただ恐れ入って見守るしかない。忍と夕子は妙に楽しそうににこにことこの光景を眺め、花乃は逆に常に心配そうにはらはらと二人を見守っていた。だがここまでは顧問が来るまでの前座にすぎない。本番は、ここからなのだ。
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