第2話
「気持ち悪い」
桜は散り、アスファルトの通学路には夏独特の青臭さが満ち溢れている。
その臭いがあの風呂場で起きた悪夢を思い出させ、落ち込んだ気分になった。きっと今俺の目は死んだネズミの様な目をしているだろう。
そんな俺とは反対に、太陽は「元気出せよお前! おっおっ? 青春だろこん畜生め」みたいな、暑苦しい感じで日差しを落としてくる。周りにいる通学途中の学生達も暑苦しいノリでギャーギャーと騒いでる。
その元気を分けてくれ、と思った。だが同時に必要無い、とも思った。
どっちなんだよ、と心の中で一人ツッコミを入れ、頭を横に振った。
有耶無耶な思考を振り払い、足早に学校へと急ぐ。こんなどうでもいいことで悩んでる暇はない。今朝カンナから言われた無理難題をこなさなければいけないからだ。
「待てよ、正之輔」
学校の校門の前に着くと、後ろから誰かに肩を小突かれた。
「よっ奇跡の男」
「なんだよ桜井か、おはよう。あとその呼び方止めてくれ」
肩を小突いたのは、クラスメイトで幼馴染の桜井豊だった。
桜井豊は成績優秀で容姿端麗、両親が上場企業の幹部という三種の神器を持っている勝ち組の男だ。それに明るく社交的な性格なので、関わった人間は桜井の事を嫌わないーー俺以外は。
桜井はハンカチを取り出して汗を拭った。その動作は上品で、周囲の通学途中の女生徒が黄色い声を上げるほどだった。
「途中からお前をずっと呼んでたんだぜ。なのに早足でスタスタ行くもんだから走った走った……」
「ごめん、全く気づかなかった」
「別にいいよ。でも退院してから日が浅いってのによく早く歩けるな。さすが奇跡の男! 」
「だから止めろって、メンドクセ」
奇跡の男、学校で俺はそう呼ばれている。
一ヶ月前、俺は車に跳ねられた。
見た瞬間「無理です」と医者が言うほど怪我が酷かったらしく、誰一人助からないと思っていた。
だが運び込まれた病院には人間の振りをして働いていたカンナがいた。
カンナに助けてもらい、怪我は1日足らずで治った。
翌日、怪我一つない俺を見て医師は「何で生きてるんだ!」と驚いた。
そして身体検査を何十回と受け、治った理由は回復力が超人的で物凄い人、というツッコミ所満載のものになった。
その事が病院外部に漏れて、地元のテレビ局にまで広がり、俺はテレビに映ってしまった。
ニュースのタイトルが「奇跡の男!」とド派手な赤文字だったので、それ以来、奇跡の男と呼ばれている。
うんざり、という表現がピッタリの顔を俺がすると、それを見た桜井が「もったいないね」と言った。
「俺は奇跡の男って呼ばれたいな。合コンとか行った時にネタで使えそうじゃん。何より目立つしさ」
「お前は目立ちたがり屋だから、そう考えるんだろうよ。でも俺は目立ちたくないんだ。俺の性格を知ってるだろ」
「あぁそっか、お前根暗だったな」
面と向かってこの幼馴染は何て事を言うのだろう。だが嫌な気はしない、これが俺と桜井の普段のやりとりだ。
地味な罵り合いをしながら桜井と一緒に校門をくぐると、正面の校舎から甲高い女の声が聞こえた。
「またあの女か」
桜井は大袈裟にため息を吐いた。
「あの女って? 」
「正之輔はまだ知らなかったな。最近隣のクラスに転校してきた上野菖蒲って奴がいるんだけどよ」
「かみのあやめ……」
「俺は霊とか信じないけど、あの女は何か憑いてると思う。禁止用語ピッタリな奴だよ。嫌だな〜今日の合同体育あいつと被るんだよ」
「お前が女子を嫌うなんて珍しいな」
女好きの桜井が嫌うのだから、余程の変人なのだろう。少し会ってみたいな、と興味が湧いた。
下駄箱に着くと、胸ポケットに入れた携帯が鳴った。
桜井に「先に行ってくれ」と告げ、俺は使われてない職員トイレに向かった。
「何ですか、カンナさん」
小綺麗にされた洋式便所の個室に入り、携帯を開いた。そう言えば便所の個室で電話すると、相手側には自分の声が反響して聞こえるというがどうなんだろう。
考えていると、カンナの間抜けな声が聞こえた。
「あーあー私はカンナ。神様です。偉いのです」
「知ってますよ。それで用件はなんですか?」
「今朝私が言った事を覚えてるかなーっと思って」
「あぁ……覚えてますよ。天使を見つけろ、ですよね」
三角折りされたトイレットペーパーを元に戻しながら、今朝家を出る直前カンナに「天使を見つけろ」と言われた事を思い出した。
「今朝はバタバタしてた(物体Xの始末)ので詳しく聞けませんでしたが、天使って何ですか?」
「天使ってのは神と同じ天界に住む者よ。地上界にもいるって聞いた事あったから、そいつらを見つけて欲しいの。もしかしたら天界に戻る方法知ってるかもだし」
「えっと、特徴とかは? 羽とか、天使の輪みたいな」
「知らなーい。あっでも天界にいる天使は露出狂ばかりだったから、地上の天使も露出狂なんじゃない?」
「かなり無理があるんですが、それに天使じゃなくて妖精の可能性の方が高い気が」
「とにかく今日中に見つけてね。もし見つからなかったら、正之輔が密かに貯めてる五百円玉貯金箱の蓋を缶切りでパックリと開けるから。安心して、中は盗みはしないわ。ただ開けるだけだから」
「えっ」
そして電話は切れてしまった。
「……何だかなぁ」
あの人は嫌がらせをしたいだけなんだ。露出狂なんて見つかるわけないじゃないか。
落ち込んでると、バタンと音が聞こえた。どうやら誰かが入ってき様だ。
パタパタと足音が聞こえ、丁度俺の個室の前にくるとピタリと止まった。
シンと静まり返る空気。冷たい緊張感の様なものを背中に感じたーー何故入ってきた人物は俺の個室の前で止まっているんだーーもしかして和式が嫌いなのか?
出てしまおうか、と悩んでいると、ドアをノックする音がした。
「開けて、例の物持ってきたから」
自分の耳を疑った。女の声だった。何故。
頭が真っ白になっていると、しばらくしてまたノックされた。ちょっと強め。
出る、出ない、出る、出ない……好き、嫌いと恋する乙女の花占いの様に二つの選択肢が頭の中で点滅するーーどうするべきだ、出るべきなのか
ドアをノックする音はいっそう激しくなるばかりだ。
「早く開けてよ。ドアぶっ壊すわよ」
その言葉を聞き、俺はドアノブに手を置いた。
神様、早く帰ってくれ @hurahura
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