第18話好き

件名:ヒグラシ


「夏の終わりしか鳴かないと思っていたら、夏が来てすぐに家の近くでカナカナカナカナと聴こえて来て、蝉なのに何だか風鈴みたいに涼やかだなあと思っちゃったのでした。

今年も甲子園に行くんですか?

きっとテレビで見るのと全然違うんでしょうね

私の方はいつもと変わらない日々を送ってます。3日間の夏休みも予定を何も入れてないからきっとのんびりして終わりそうです

それはそれで贅沢かもです」


何でもなさすぎな内容でどうかと思ったけどまあいっかと思う


梅兄とスミレさんは入籍だけして、式は赤ちゃんが産まれてスミレさんの身体が落ち着く頃、来年の春に挙げることが決まった。だけど二人はもう一緒に暮らしてる。スミレさんの実家の近くに部屋を借りて楽しそうに新婚生活を送っている。つわりがきついからどっちの親も止めたし、梅兄も止めたけど

「二人で暮らす時間は今だけだから」

スミレさんは譲らなかった


時々食べやすそうな料理を作って顔を出した。スミレさんはほとんど食べれなかったけど、レモンで作ったゼリーは美味しいと言いながら食べてくれた

「ごめんね、水を飲むのも気持ちが悪くて」

そう言いながら大事そうにお腹をなでる

「まだお腹も出てないのにね、ほんとに小さいのにすごいよね。私の体の中でおちびちゃんが生きていきやすいように変わってくみたいなんだよね」

お腹を見つめるスミレさんはもうお母さんの顔になっていた


あの日酔い潰れてしまった私は、離れで寝てしまった。モモさんが私に無理やりお酒を飲ませてしまったことしてしまったことも知らなかった

桃田のおばさんはモモさんをずいぶん叱ってしまったらしくて、私はおばさんにとても謝られてびっくりしたし、困ってしまうし、モモさんに申し訳がなかった

「いいよそれくらい」

なんて言ってたけど、モモさんの配達の車で家まで送ってもらったら、私が事情を話す間もなく出てきた梅兄が二日酔いでぐったりした私を見るなりモモさんを殴ってしまった

「お前はさくに何してくれてんだ」

二発目はスミレさんが止めてくれて、モモさんは殴られずにすんだ

出てきた楓さんは私とモモさんを見て

「モモ、責任取る気あるのかい?」

なんて言うからモモさんは

「責任をもってさくちゃんはお嫁さんにもらいますから」

もう一度殴ろうとした梅兄の頭を楓さんが思い切りはたく

「梅はさくのことになると冗談がきかないね、どうみたってさくが馬鹿やったに決まってるだろうに。そうだね桜」

私はうなずいて、それからモモさんに、心配をかけてしまった園田家のみんなに頭を下げた


「楓さんや母さんに心配かけることはもうするなよ」

梅兄にはそう言われた。心配しても仕事に行くのが両親だったけど


帰り際にモモさんは小声で

「またいつでもおいで、お嫁さんの話も考えておいて」

さくちゃんのお兄ちゃんにばれないようにね

殴られた頬をさすりながら、帰っていった


楓さんは理由は聞かなかったけど、私はかなり怒られて

「ひどい顔だけど、なんだかちょっとすっきりした顔になったね

モモが助けてくれたんだね」

そういって、ネギがたくさん入った味噌汁を作ってくれた

この日飲んだ味噌汁は本当にすごくおいしかった


それから

時々モモさんと会って話をするようになった

モモさんは私の知らない梅兄の話をたくさんしてくれる

どっちかというと、失敗した話や、バカなことをした話が多くて

「早く幻滅できるかも」

そう言って笑える話ばかりをしてくれる

それから時々

「お嫁さんになる話も考えておいてよ」

冗談だか本気だかわからない顔で言う


モモさんは私がずっと捨て方を探していた気持ちを

捨てなくていいと言ってくれて

梅兄は絶対嫌いになったりしないと言ってくれる

もう私はこの気持ちを沈めなくてよくて

どうしても辛くなった時は(時々だけど)

モモさんに受け止めてもらった(缶ビールを購入して)


何かが変わったわけでもなくて

いつもの日常に戻った

園田家としては大きな変化はあるけれど

私は何も変わってない


梅兄が好き

どうしようもなく好き


一生その気持ちと一緒に生きていくのかもしれない

先はわからない

モモさんのお嫁さんとやらになってしまっているかもしれないし

今はまだ全くの知らない人と出会ってすごい恋に落ちてしまって世界の裏側へ

旅に出ているかもしれない


だけどきっと

ツナマヨさんにはなんてことのないメールをしてるんだろうな




















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ツナマヨさんへ さくらえび @hiraebi

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