第15話 想い

バラ園で告白された私は、竹田君と付き合い始めた

「手をつないでもいい」

「うん」

竹田君の手はいつも少しひんやりしていて、そっと握ろうとするから

ぎゅって握ってあげると嬉しそうな顔をされた



私達はよく手をつないで歩いていろいろな場所へ行ったし、その度にお弁当の腕は上がっていった

竹田君は変わることなく優しかった

少ししてぎこちないキスもした

穏やかでふんわり楽しい日々だったと思う


だけど

半年を過ぎた頃から、竹田君の表情は時々曇りがちになっていった


「悩みごととかあるの」

気になって聞いても首を振るし、会う時間もだんだんと減っていった。どうしてそうなるのかあの頃の私はわからなかった


そんな時、約束の時間になっても竹田君が来ない日があって、連絡も取れなくて、もしかして部屋で倒れていたらと思ったら自然に足が竹田君の家に向っていた

竹田君の家は知っていたけど、ノックをしたのは初めてだった


ドアを開けた竹田君の顔色は悪くて、あまり眠れていないのか目の下にはクマが出来ていて、あごには無精ひげも生えていて、ただでさえ細いのに頬もこけていてひどくやつれて見えた

そんな竹田君を見たのは初めてだったから、驚くよりも不安になった

「よかった、倒れてるかと思ったんだよ。お弁当も持ってきたからよかったら一緒に食べよう」

笑いながらちょっと上ずってしまった私の声はきっととても不自然だったんだと思う。それでも竹田君はドアを開けて中に入れてくれた


部屋の中は小さなテーブルが真ん中にあって、折りたたみの将棋盤があったり、本はいたるところに置かれていた。着替えは壁に掛けてあって必要な物しかない感じの部屋たった

寝ていなかったんだろうか、布団がきれいにたたまれて隅に置かれている

「今、お茶入れるよ」

薬缶でお湯をわかそうとする竹田君に

「水筒にコンソメスープを入れてきたから飲もうよ」

持ってきたお弁当を広げる

「今日はチキン南蛮とポテトのサラダ、それにカボチャの煮物ね」

カボチャはすごく美味しいって喜んでくれていたから最近よく作っていた

「あとは、おにぎりを」


そのときだった

何が起きたかわからなかった

背中にどんと衝撃が走って

私は竹田君に押し倒されていた

両手は押さえつけられてびくともしなかった


竹田君は私の上で泣きそうな顔をしていた

「竹田君・・」

どうしたの?なんで泣きそうなの?どうしてこんなことするの?

聞きたいけれど声にならない


「好きなんだ」

「私も竹田君が」

違うと遮られた

「君はそうじゃない。いくら僕が鈍くても・・・

君と一緒にいられる時間がどんなに大切だったか、どんなに大事だったか、どれだけ嬉しかったか。君といる時間が増えるほど・・・君はそうじゃなかった」


うめくような声

押さえられた腕は痛さで悲鳴をあげている

「ねえ、園田さん。僕は頼りないけど、これでも男なんだよ

こうしたら、君は逃げることだって出来ない。力ずくで君をここに閉じ込めることだって出来るし、君を無理やりにでもだ、抱くことだって出来る

出来ればそうしたいぐらいなんだ」


君が好きだ


その声はかすかに震えて

竹田君の想いが痛いぐらい突き刺さった

私は目を閉じた


「いいよ、閉じ込めて。竹田君が望むなら抱いて」


そのまま抱き起こされてぎゅっと抱きしめられた

息が出来ないぐらい強い力。男の人ってこんな力が出せるんだと

感心してしまった


それじゃあだめなんだ・・


そう言いながら竹田君は泣いていた

私を抱きしめたまま静かに泣いていた


「君が好きな人は僕じゃない」

「そんなことない・・竹田君が好き」

私の言葉は竹田君には届かずに部屋の隅へ転がっていった

「園田さんの心に誰がいてもいい、ずっと一緒にいてほしい。それでもいいって、そう思おうとしたけど・・・無理だ」

竹田君の両手が私の顔を包み込んだ

「なんで僕じゃだめなんだ」


「こんなに苦しい気持ちは初めてなんだ」


竹田君はとっくに気づいてた


「好きだといえば好きと言ってくれた。僕が抱きしめたら受け入れてくれた

だけど、君と会うほど不安になった。君の心の中には僕じゃない誰かがいるのがわかったから」

辛そうな顔の竹田君に、辛い思いをさせてしまった私がかけられる言葉なんてなかった


梅兄を忘れたくて

梅兄の代わりを探して

自分の事しか考えてなかった私は

優しい竹田君にどっぷり甘えきっていたから

竹田君を傷つけて、苦しませてることにも気づかなかった

自分の苦しさを背負うので一杯だったから

けれどこの時の私は

竹田君を好きだと思い込もうとし続けている自分の中の嘘を認めることが出来なかった


だから私を抱きしめている竹田君に言ってしまった

「ねえ竹田君、私の中には竹田君しかいない。竹田君がこれまでもこれからも

ずっと好き」

私から竹田君にキスした


人の顔はこんなにも歪むのかというぐらい

竹田君の顔は歪んで


頬を叩かれ

乱暴に

強引に

竹田君は私を抱いた


口の中は血の味がして

体は痛くて

細いはずの竹田君は重たくて


竹田君を受け入れるほど

私は

梅兄を求めて


その気持ちを押し殺して

竹田君を傷つけ続けた


取り返しのつかないことをしている私は

どうしようもなく最低だった




















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